雨そして雷【一人読み10分】
【概要】
「いつかこの天の光で、安穏たる池の全てを灼かねばならないのだ」
美しく生まれたらその美しさにすがらなければならないと、いったい誰が決めたのか。
閉じた池に生きる錦鯉は、ある嵐の夜、池を飛び出す。
雨に尾を打って、ただひたすら天を目指す。息もできない
(朗読につき、読み手の性別は問いません)
【PCやタブレット使用であれば、画面右上の「ぁあ《ビューワー設定》」から、組み方向を縦組みにすると読みやすいかと思います】
利用規約はこちらです。ご了承の上でのご利用をお願いいたします。
https://kakuyomu.jp/works/16817139555946031744/episodes/16817139555946036386
<以下本文>
絶望だ。未来は決定してしまった。
私のすむ場所には、滝がなかった。最近この池にやってきた黒鯉がわたしを嗤った。それでわかった。わからされた。
私はこの身を人間に眺められるためだけに与えられた命なのだと。例えば滝壺に世を受けたならば、この斑の身はやたらと目につき即座に喰われてしまうだろうと。
黒鯉は卑屈にぱくぱくと言葉をつむぐ。俺たちはあんたを引き立てるためにつれてこられた惨めな命だ。この惨めさに酬いるためにも、あんたはその派手な鱗をひけらかし、この小さな池で生きて死ねと。
絶望だった。未来は決定してしまった。
私は父母から伝え聞いた「龍」というものになりたいのに。私の胸ひれ背びれ尾ひれを力の限りに打ちつけ、滝を昇って天に至りたかったのに。
ただただ私は、この身の斑にすがって生きのびるだけだったのか。
美しいから別に良いだろうと黒鯉は言う。お前はそれで満足しておけと吐き捨てる。
美しく産まれたら、美しさにすがらなければならないのか。
決定された未来は絶望だ。私の生に滝はなかった。
時折なげこまれる餌を食い、無為に生きることが役割だったか。
絶望だ。
季節は巡り、水が温くなった頃だ。水面が激しく乱れる日があった。
雨。それも激しい雨。暗い水面がときおり強く光る。側線にどぅんどぅんと水の震えが届く。
嵐だ。大きな嵐だ。
私は水面に口をつけ、ただ生きることをあきらめた。
はるか天から水がくるという点において、滝と嵐の間にどれほどの違いがあるというのか。
美しく産まれたから、その美しさに甘んじなければならないと誰が決めた。
滝は昇れて嵐は昇れないと、いったい誰が確かめた。
私は深く潜り、力を込めて水面を打った。
尾ひれで雨粒をはじきながら、暗い空だけを見る。
空の光にこの身を灼かれてなお私は昇る。昇っているはずだ。なにも見えず、何も聞こえず、それでも昇っているに違いないのだ。
私はそうして、いつかこの天の光で、安穏たる池の全てを灼かねばならないのだ。
あそこに残した私の絶望とともに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます