マローブルー

大学の講義を終え、一人暮らしの部屋に帰る。


梅雨も終わりに近づき、隣の家のアジサイは夕方のしっとりとした陽の光を浴びている。


歩きながらリュックのポケットをまさぐり、部屋の鍵を取り出すと、付けているストラップがちゃり、と音を立てた。


靴を脱ぎ、重いリュックをおろすと、僕は準備を始める。


時刻は17:50。パソコンを立ち上げると、既にコメントが届いていた。


『今日の歌枠も楽しみにしています♪』


ヘッドフォンを装着し、マイクの音量調節が終わる頃には配信時刻だ。


他の誰でもない、僕のためだったこの配信は、いつのまにか顔も知らない人々の耳に届くようになった。




時折、なぜ僕は歌を歌うんだろうと考える。


好きな曲をカバーしたり、リクエストで知った曲をカバーしたり。今のところ自分で曲を作りたいと思ったことはない。


僕には、歌を通して表現したい自分がいるのだと思う。それは普段生活しているときの自分とはちょっと違う、子供の頃からずっとある思いを大事に抱えた自分で、僕はその自分のために表現がしたい、と強く願っている。


それができている今、僕は本当の意味で幸せだ。家族や友人には配信のことは話していない。それでいい。


歌を歌う僕だから出会えた人や、曲があって、それらもまた僕を作り上げていく。


そして今日も僕はパソコン越しに繋がりながら、歌を歌う。




【マローブルー】

鮮やかな、青色から紫色のお茶になる。

レモン汁を加えるとピンク色に変化する、

楽しく不思議なハーブティー。

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