陶器人形と語らいを

らんぐどしゃ

赤い日記帳

 講義の帰り道、ふらふらと路地裏を歩いていると、ふと、目に留まる店があった。

 傾いて今にも外れそうなボロボロの木の看板、曇ったガラス窓に色褪せたポスター。

 そして、高々と積まれた古本の数々。

 いかにも古書店と言ったお店だった。

 普段から本はあまり読まないのだが、何故かその時はああ、入ってみようと思った。

「どうもー…。」

 人の気配のないお店の中に小さく声を掛けつつ、敷居を跨ぐ。

 渦高く積まれた古本のバニラのような甘ったるい香りに包まれながら、やけに赤茶けた様なセピア色のようなお店の中を見渡した。

 もはや壁と同化している本棚の中に1冊気になる本を見つけた。

 赤茶けた店内には似つかわしくない、やけに新しい赤い表紙。

 まるで、ついさっき誰かが売っていったばかりのようなその本に、俺は吸い寄せられるように手を触れた。

 手に取ってみるとなんてことは無い、誰かの日記帳のようだった。

 表紙には金文字でDiaryと書いてある。

 パラパラと中身をめくってみる。

 驚くことに中身は白紙だった。

 何一つ書かれていない、まっさらの白紙。

 こんな物が古書店にあることに驚いた。

 表紙だけでなく中身も新品だとは。

 なぜ古書店にこんな新品の本があるのか、少し考えをめぐらしていると後ろから急に声を掛けられた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 俺は驚きのあまり本を取り落としそうになった。

 ぐるっと体を回転させて後ろを振り向くと、そこには人形が立っていた。

 いや、正確に言うと人形のような人が立っていた。

 切り揃えられた長い薄水色の髪、陶磁器のように白く滑らかな肌、サファイヤのような煌めく瞳に薔薇色の薄い唇。

 そして、極めつけの人形のようなフリフリとしたドレスにボンネット。

 この古書店には似つかわしくない服装に驚いて、俺が固まっているとその人はもう一度同じ言葉を繰り返した。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 聞こえていないと思ったのか、何なのか。

 少し不気味に思いながら、俺は手に持っていた本を見せた。

「こ、この本が気になって。」

 赤いピカピカの表紙をぐいっと見せつけるように目の前に出すと、その人はにこりと微笑んだ。

「その子がお気に召したんですね。

 宜しければお迎えになってはいかがでしょう?」

 変わった言葉遣いをする人だと思った。

 本をこの子と。

 でも、本が好きな人なら有り得るのか、と自分に無理やり言い聞かせ、ごくりと生唾を飲み込む。

「じゃっ、じゃあ買います、この本。」

 俺は少しでもこの異様な雰囲気から早く逃れたいがために、この日記を買うことを選んだ。

「い、いくらですか、この本。」

「そちらの子はお代は頂かないことになっております。」

 ポケットから財布を出そうとしながら、その言葉に俺は思わず驚いた。

「えっ、でも、この本まだ新しいし…。」

「この子をお迎えになる方からはお代は頂かない。

 それが前のご主人からの言伝でして。」

 随分変わった店だ。この人もその前の持ち主とやらも。

「わかりました、ありがとうございます。それじゃっ…。」

 俺は挨拶も言い終わらないうちに店を飛び出した。

「ありがとうございました、またお越しくださいませ。」

 二度と来るか、こんな変な店。

 俺はそう心に誓いながら、赤い日記帳を手に握りしめ、家路についた。

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