街角の錬金術師
第121話 街角のアトリエ
トーナメント決勝で、救助のために陛下や各国大使をはじめとした要人が大勢いる前で転移してみせた事により、知らぬ間に巫女としての名声がこれ以上ないほどに高まってしまったので、ほとぼりが冷めるまでガイアで生活することとなった。
これ幸いとガイアの探索を進めた私は、前々世のオーストラリアのような、南半球で孤立した大陸に目をつけ、そこで近くに高原がある中規模の街を見繕い、ちょうど店仕舞いを考えていた老夫婦の雑貨屋を借り受ける形を取りつつ、実質買い取って拠点とした。
街の中では神仙石を使った特殊な結界で
カラン、コロン♪
「いらっしゃいませ」
店のドアを開くドアベルの音に顔を上げて挨拶をすると、近所の大工のおじさんが腰に手をあてて店内に入ってきた。
「おうメリアちゃん、また薬を買いに来たぜ。ちょっと腰を痛めちまってよ」
「なら中級薬にしますか?ひと瓶で銀貨五枚になります」
近くの高原に癒し薬に非常に似た薬草が生えていたので、試しに神聖錬金術でポーションを作ってみたところ、中級ポーションが出来上がった。どうもテラの癒し草と比べると格段に薬効が薄いようで、私でなければ低級ポーションすら作れるかわからない。
そのためか、ポーションというものがガイアには存在しなかったので、ガイアの素材で作った中級ポーションや、それを薄めた低級ポーションは便宜的に中級薬と低級薬と呼んで、試験薬として格安で販売している。
「念のため、ふた瓶もらおう。ひぃ、ふぅ、みぃ・・・ほい、銀貨十枚」
「はい、丁度いただきます。薬は効いていますか?」
「おう、信じられねえほど良く効くって近所でも評判だぜ!」
「まだ試験中だから、試してくれる人がいて助かるわ」
一応、鑑定で効果は確認はしているものの、念のため臨床試験は必要よね。
そんなことを考えながら店を出ていくおじさんを笑顔で見送り、時計を確認すると、お昼になろうとしていた。
丁度いいと、ドアに立て掛けた札を裏返して閉店にして、店の奥の居住スペースに行くと、奥でメリアスティから届いた書類に目を通していたブレイズさんが声をかけてくる。
「今日はもう閉店するのか?」
「ええ、昼食をとったら、午後からは山の中腹で植生調査よ」
そう返事をした私は、そのままキッチンスペースに移動して昼食の準備に入った。
まず、魔石冷蔵庫から朝に
これにキャベツに似たキャスという野菜を千切りにして添えて、大盛りご飯と一緒にいただくのが最近のお気に入りだった。
「鶏肉のしょうが焼き、キャス添えよ!」
保温の
「クハァ!何度食べてもうめぇ!」
『ガフッ!ガフッ!ガフッ!おいしい!』
それにしてもフェンリルちゃんは良く食べるわ。青龍は一切食べないのに不思議ね。そんなことを考えていると、青龍が私の疑問に答えてきた。
『
「でも、フェンリルちゃんのお母さんや鳳凰はがっつり食べたり飲んだりしているわよ?」
『・・・それは、我にも理解できぬ事だ』
最初に鳳凰に会った時、火山から出てきてクッキーを摘んでブランデー紅茶を嗜んでいた鳳凰の様子を見るに、別腹とか思っていそうね。
だって、こんなにもご飯は美味しいもの。何も食べないなんて損だわ!
◇
皿洗いをしながら昼食の片付けをしていると、ブレイズさんからメリアスティからきた書類の内容がもたらされた。
「メリアスティの方は順調に建築が進んでいて、商売、物流については既に本格的に動いている。メリアスティを経由して南大陸、エルザード、ヒータイト、ブーレンと国内や同盟三国との間で活発に貿易が行われているそうだ」
「各国の空港が完成すれば、一気に大陸一の貿易拠点になってしまうわね」
王家直轄領だから地上の街での関税処理は全て王宮でやってくれることから処理が早いし、浮島は私が関税を取らない方針にしたことからタックスフリーで通過できてしまうという、実に物流ハブらしい強みを発揮しつつあった。
「国外ではフィルアーデ神聖国の空港が教皇様のトップダウンで一番早くできそうだとさ」
「それは助かるわ」
フィルアーデに離発着できれば、隣接するキルシェも近くなる。そうすれば、超低温冷凍庫を使ってマグロも運んで来れるわね。
今なら、三十倍の氷結の魔石でかなり大きい冷凍庫もいけるはずよ。
「あと同盟国が飛空艇の技術供与を要請しているそうだ」
当分は外交で調整するというけど、それは難しいわ。
「神仙石を人為的に割ったりしたら結界処理が解けてテラの環境に影響するかもしれないし、信頼のないところには渡せないわ」
「それはバートさんが伝えてるそうだ。おそらく王家のみだな」
王家専用飛空艇というなら、まあ大丈夫かしら。というか王家というなら自国にも渡してないわ。
「陛下もお持ちではないけどいいのかしら?」
「それが返事を遅らせる口実になるから問題ないそうだ」
あまりに急展開すぎて、自国の王家も持っていないのにといって検討する時間を確保したいのだとか。空路という概念自体がなかったわけだし、法整備が間に合わないのかもしれない。
考えてみればレーダーも無いから途中の国を無断で通過してもバレないし、空はやりたい放題の無法地帯なのよね。今までは上空を通過するのはキルシェの竜騎士か青龍という特殊な存在だけだったけど、一般の商人も空を通るとなると、色々、看過できない問題が出てくるのかもしれないわ。
そんなことを考えているうちに片付けが終わり、午後の素材探索の時間がやってきた。
◇
「これは
「それも薬草なのか?」
「いいえ、食べ物よ。マグロを巻いて食べたり、オニギリに使うと美味しいの。ドレッシングにも使えるのよ」
そうして
「お客さんだ」
フォレストマッドベアー?でも四本の腕がある。テラとは違う進化を遂げたようね。私が裏打ちの氷炎刀を腕輪の収納から抜こうとしたところ、ブレイズさんがナイトソードで熊の首を刎ねていた。
「まあ。以前と違ってやる気なのね」
「お前に先に飛び出されたら、また爺さんにどやされるからな」
トーナメントの後、ブレイズさんのお爺さんには私設騎士団の団長に就任してもらい、メリアスティの下の街や薬爵邸周辺の警護にあたってもらっている。訓練ではブレイズさんも呼ばれて若返った肉体を活かして更に鍛えているらしく、ブレイズさんの剣筋は以前にも増して鋭くなっていた。
「フォレストマッドベアーの亜種だと思うけど、一応、冒険者ギルドで美味しいかどうか聞いてみようかしら」
「わかった。こいつは俺の魔法鞄で運んでいく」
私が錬金術で血抜きをしてブレイズさんが魔法鞄に獲物を収納すると、あたりに静けさが戻った。
「さて、日が暮れる前にもう少し上にある薬草の群生地に行くわよ」
「わかった。ん?待て。まるで見てきたような言い方だな」
「空を飛べばすぐわかるでしょ?青龍の水鏡を通して大雑把には事前に確認してるわ」
今更そこに気がつくとは、空を飛ぶことに慣れていないというか頭が硬いわ。そう言って前を進む私に、不思議そうな声で問いかけてくるブレイズさん。
「なら、なんで今すぐに飛んで行かないんだ?」
「飛んで行ったら、キノコとか山芋とか地中の食材が探せないじゃない!」
「・・・聞いた俺が馬鹿だった」
呆れたように言うけど、昼間の鶏肉の
「どうせなら酒の素材も見つけて欲しいんだが」
「さっきの
「それを先に言え。というか、帰ったら作ってくれ」
ブレイズさんは酒と聞いて俄然やる気が出たようで、私の前に出て先導を始めるのだった。
◇
食材を探しながら中腹の高原に辿り着くと、そこには月光草に似た薬草の群生地が広がっていた。
「月光草に似た薬草がこんなに生えているなんて壮観だわ」
試しに一本引き抜いて乾燥処理をかけた後、テラで上級ポーションに相当する材料で神聖錬金術と神仙水を使ってポーションを作成してみると、上級ポーションが出来上がった。やっぱり、テラ産の薬草のようにはいかなわいね。
「結局、食材は見つからなかったな」
「その代わりガイアの素材でも上級ポーションが作れるようになったから十分よ」
テラでは動植物の体内に凝縮されるものが、ガイアでは大気に拡散されてしまうのか、魔獣を倒しても魔石は取れないし、薬草の薬効も薄いようだわ。
ガイアの大地に多く含まれる神仙石とのバランスを取って、魔素が魔石として
そんな薬効の考察から派生した新たな研究題材に探究心を高めつつ、その日はホルキスのアトリエに戻るのだった。
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