親交の錬金術師

第72話 疫病に侵された港町

「これを飲んだらついてきて」


 私は魔法鞄からキュアイルニスポーションを二本取り出し、一本をブレイズさんに渡し、もう一本をグイッと一気に飲み干した。


「おいおい、あの看板に書いてあることは大丈夫なのか?」

「それを飲んだら少なくとも二週間は問題ないわ」


 私は港町サリールの門を通り、噴水のそばで座り込んでいた男の人にキュアイルニスポーションを飲ませると、おぼろげだった意識が明瞭になったのか、男性の目の焦点が目の前の私にあった。


「ここは・・・俺は、一体どうしたんだ」

「疫病に罹って意識を朦朧とさせて座り込んでいたのよ」

「そ、そうだった!あれ?どうしてなんともないんだ」

「もうポーションで治したから問題ないわよ」

「あんたは一体・・・」


 絶句した男性に薬師であることを告げ、街の現状を話してもらうと、二日前くらいから街の三分の一くらいが症状を発症してバタバタと倒れていったという。

 まずいわね、最初に症状を出した人は生きていたとしても、もうギリギリじゃない。


「ブレイズさん、今、ここで、キュアイルニスポーションを作りまくるから街の人全員に配って飲ませて!もう時間がないわよ!」

「わかった!任せろ!」


 神仙水を使えば一本で十本分は作れるわ。助けた男性にも旅の道中で作っていたポーションを渡して配ってもらい、空き瓶を回収して戻ってくるように伝えると、早速、キュアイルニスポーションの量産に入る。八重合成で四本ずつ、希釈して四十本分だから百回で四百本ほど作れば四千人は救えるわ!


 ◇


「やれやれ、一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったわね」


 あの後、助かった人達もポーションの配布を手伝ってもらい、なんとか港町に住む住民全てにキュアイルニスポーションを飲ませることができた。これで、ネズミやノミなどのキャリアがいたとしても二週間は安心ね。


「街に設置された通話機で王宮に知らせてきたぞ」

「お疲れ様、これでも飲んで休んで」


 冷やしたビールを渡すと、ブレイズさんは一気に飲み干してプハーっと疲れを吹き飛ばすような息を吐いたかと思うと、もう一杯と言ってきた。面倒になってビールの小樽と氷を渡して自分で飲んでもらい、私もジュースを飲んで一息つく事にした。


「ありがとうございます、錬金薬師様。貴方様がおられなかったらどれほどの人命が失われていたかわかりません」


 街の責任者をはじめとして住人が一斉に頭を下げてきたけど気恥ずかしいわ。薬師がいなくなり過ぎて疫病も防げなくなっていたようだけど、これくらい昔ならここまで悪化する前に、街に一人はいた薬師が簡単に防いでみせたはずよ。


「お礼はもういいわ、それよりさっき言った通り血のついたシーツの処分や天日干し。それからネズミ向けのキュアイルニスポーションに浸した肉団子の設置をお願いね」


 ミンチにしたイノシシの肉と小麦粉を混ぜ合わせて、それにライブラリで伝えられるネズミなどのキャリアを引き寄せる効果を付与した魔石の粉末を入れ、ネズミ取り専用の特性肉団子を作ってキュアイルニスポーションを浸し、キャリアの疑いがあるネズミも癒すというわけよ。

 これで問題はないと思うけど、他の街はどうかわからないから、王宮には王国の全ての街に警戒するように伝達してもらったわ。最悪、私が三日以内に着ける場所ならほとんどの人を助けられるはず。

 それにしても、最近では下水処理も進んでいるはずのベルゲングリーン王国で疫病なんて、どこから発生したのか気になるので、もう少し詳しく経緯を聞いてみた。


「おそらくですが、コリアード諸島との交易を経由して伝染したのではないかと」


 役人の話では、ここ一週間で人の出入りがあったのは船の往来だけだったという。ん?ということは、コリアード諸島の人もまずいんじゃないの?

 私はビールでくだを巻いていたブレイズさんの口にキュアポーションを突っ込んで無理やり酔いを覚ますと、続いて上級ポーションを渡しながら言い放った。


「な、なんだなんだ?」

「水上バイクで、今すぐにコリアード諸島に向かって、不眠不休でキュアイルニスポーションを飲ませて回るわよ!」


 どうやら、安心するのはまだ早かったようね。このままでは私の工芸品が絶滅してしまうわ!第一、私の前でペストごときで死んでもらってはフォーリーフの名がすたるわよ。

 こうして、点在するコリアード諸島を巡っての救援活動が幕を開けたのであった。


 ◇


「やりきったわ・・・」

「そうだな。もう水上バイクは当分乗りたくねぇ」


 幸か不幸か、観光地に少しでも長くいるために現地でポーション作成をできるように大量の薬草を持って出かけていたので、材料は潤沢にあった。港町サリールよりコリアード諸島の方が罹患したのが先だったから時間的に助からない人もいたけど最善は尽くしたわ。


「これで工芸品の技術が永遠に失われるのは避けられたわね」

「お前、そんなこと考えていたのか」


 疫病に侵された街の真っ只中に突っ込んでよくそんなこと考えていられる余裕があったなと呆れていたけど、薬師にとっては疫病なんて日常的茶飯事よ。

 それよりも、コリアード諸島を全て回った結果、ブリトニア帝国との取引がある島で被害が大きく、地理的条件からベルゲングリーン王国としか取引をしていない島では罹患者がいない島もあった。この事実が示すことは、コリアード諸島も疫病発生場所ではなく、ブリトニア帝国が疫病発生場所だということよ。


「ブリトニア帝国には錬金薬師はいないのよね?」

「公表されている限りではベルゲングリーンにしかいない」

「このままだと、よくて四分の一、最悪で半数のブリトニア国民が死ぬわ」

「・・・王都には伝えておく」


 発生源を元から断てないとなると、国境封鎖しないと国内でいくら駆逐してもキリがないわね。商人の出入りまで制限するのは厳しいと思うけどどうするのかしら。


「それはさておき、もう遊ぶ時間がなくなってしまったわ!」

「これ以上ないほど水上バイクを楽しんだじゃないか・・・」


 非常時で仕方ないとはいえ、水上バイクの存在を隠していたことを忘れていた。活躍しすぎて王宮に伝わり、帰ったらバギー同様に水上急行用として水上バイク量産することが決定してしまったじゃないの。また魔石を量産しないといけなくなったわ。


「あれほどコリアード諸島をまわったのに、一つも工芸品を見れなかったわね」


 陶磁器の有無だけサリールに戻った時に聞いたらあるという。存在の有無だけわかってしまい余計に無念だわ。こうして潜伏期間も過ぎて再発生がないことを確認した後、港町サリールを後にしたのだった。


 ◇


 帰りのキャンピングカーの中で、行きで作り置きしてノルマを達成した後、疫病撲滅活動で使ってしまったポーションの補充に再びポーション量産体制に入った私はため息をついて思わずこぼした。


「まったく休んだ気がしないわね」

「そうかもしれんが、俺は初めて薬師の護衛騎士になった実感が湧いたぞ」


 大勢の人を助けたんだ、もっと誇れというブレイズさん。でも、それはそれ、これはこれなのよ!でも、


「何本作っても安心できないわね」


 いつ必要になるかわからないので、これでもかとキュアイルニスポーションを作成していくうちに、ほとんど無意識で作れるようになっていた。

 あの後、王宮の取り決めでブリトニア帝国から来た商人は二週間の隔離期間を設けないと街に入れなくなり、もともと細々としか交易のなかった商人の往来は割りに合わないということで限りなくゼロになったようだけど、安心できないわ。


 私はブリトニア帝国がある北の方向を見据えて、今後起き得る事態を想定して気を引き締めた。

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