第30話 南国から来た錬金術師

 南の大陸の錬金術師であるダーミアンは、ベルゲングリーン王国の宰相の許可を受けて、南の大陸から視察団の一員として同国を訪れていた。


「なんだあれは!」


 プシュシュシュシュシュ!


 馬車が馬もなしで自走していく様子を見てダーミアンは驚きの声を上げていた。


「あれは蒸気機関を利用した乗り物で主要都市の間の荷を定期的に運んでいます」


 続いて、王国騎士団トップ十剣士による蒸気自動車バギーの機動併走が披露された。先ほどの蒸気馬車の倍以上の速さで自由自在に曲がって加減速する中でピタリと併走してみせる様子は、十分な完熟訓練を積んでいる事を知らせていた。


「あれらは時速60キロほどで何時間でも継続して走ることが可能な特別仕様車です」


 ベルゲングリーン側の外交官の説明では主要部品は錬金術で作られているとか。まてまて、錬金術でそんなことできたか?ダーミアンは自身のライブラリを確認するも答えは得られなかった。とんでもない発展を遂げつつあるというベルゲングリーン王国の原動力が錬金術にあると聞いた大臣が、ダーミアンを錬金術師として見極めをつけさせるために視察団に紛れ込ませたのだが、いまいち理解できないものばかりだ。

 なぜ船や馬車が錬金術で動くのか、どういう原理で水が勢いよく飛び出してくるのか。それに冷蔵庫やアイスボックス、レンジ、魔法瓶、シャーベット製造機などは原理がわかっても調理や保存を魔道具でするという発想は理解はできない。


「一体、どんな錬金術師がこんなことを考えたのか」

「錬金術師と申しますか錬金薬師殿ですな」


 余計わからなかった。なぜ薬師が誰も考えつかないような乗り物や魔道具を数多く発明したり魔石に効果付与したりできるのか。薬師と言ったらポーションを作るものではないのか?

 そんな驚きに包まれたまま午前中の視察が終わり、昼食の時間になった。


「お口に合うかわかりませんが、貴国の香辛料を使用した新しい料理でございます」


 両国の親交の証としてご賞味くださいと、目の前に平たいパンと妙に食欲をそそる独特の匂いが立ち込める黄色いシチューのようなものが置かれた。勧めに従って食べてみると、複雑に絡みあった香辛料が、肉や野菜の旨味成分と共に口の中に広がった。


「辛くて旨い!なんだこれは!」


 香辛料を使っていることはわかる。わかるが複雑過ぎて何種類使っているのかわからないし、こんな料理は自国にもない。あったとしても別次元の何かだ。ダーミアンは気がつけば全て平らげてしまっていた。


「こちらは貴国の豆類を加工して作られたチョコレートを使用したフルーツパフェ、それとこちらも別種の豆を使ったコーヒーゼリーというデザートです」

「・・・」


 どのあたりが我が国の生産物なのか全くわからないが、先ほどのカレーで熱くなった体に染み込むような冷たさと微かな苦味をアクセントとした濃厚な甘さに感銘を受けながら食べきってしまった。コーヒーゼリーというものも、素で食べてもミルクを掛けても癖になるような苦味と程よい甘さのハーモニーが素晴らしい。

 限りない満足感と共に満腹で部屋に戻った視察団一行は、早速、午前中に視察した蒸気機関を始めとした発展の原動力となっている魔道具の吟味をはじめた。


「ダーミアン殿、いかがですか。本国で再現できますか?」

「冷蔵庫などはともかく、出来るわけなかろう」


 やはりそうですか。随行した者たちも錬金術は使えないまでも出来る事と出来ない事くらいは想像がついていたようだ。一体、どうしてこんな急な発展を遂げているのか。


「やはり噂の錬金薬師殿にお会いするしかありませんな」

「しかしそう簡単に会えはしまい」


 聞けば錬金薬師であるだけでなく創造神の加護付きだとか。そんな外交上の重要人物を他国の人間に会わせるなど、親善大使として王太子にでも御出座いただかない限り参列の理由が立たないだろう。


「確かにには無理でしょうな」


 非公式なら、昼食に出された料理やデザートの食材について、取引を大幅に拡大したいという貿易商のツテからコンタクトが取れそうだという。


「何を言っている。料理と錬金薬師とは関係なかろう」

「あの料理を錬金術で生み出したのも、その錬金薬師殿ですよ」

「そんな錬金術があってたまるかぁ!」


 ダーミアンは思わず声を張り上げた。だが、外交官として駐在している者が調べたところによると、その錬金薬師は南大陸の食材や草木などの素材に興味津々だそうで、売れそうにないと思うものでも持ってきて見せてほしいと貿易商を通して要請しているという。


「とにかく、会えるのであれば錬金術なのかどうかわかるな」


 きっと、錬金術とは違う別の何かなのだろうというダーミアンに、真面目な顔で随行員が誤解を正す。


「ダーミアン殿、くだんの錬金薬師殿は、普通の錬金術が不得意というわけではありませんぞ」


 少なくとも、大木を丘ごと引き裂く大剣を作り出したことは、教会の異端審問で肯定したという調べはついております。その言葉に仰天するダーミアン。


「なんだ、その国宝級の大剣は」


 全くではないじゃないか。そのようなものはドラゴンを倒すような勇者や英雄に王命をもって国王の宝物庫から貸し与えられるものだ。おそらく多くの人数を通して伝聞するうちに、大袈裟に伝えられたのであろう。

 とにかく、ベルゲングリーン王国における発展のキーパーソンである錬金薬師とコンタクトを取るため、まずは色々な素材を自国の商人に集めさせるということで、話は後日に持ち越された。


 ◇


「南の大陸の色々な木材を見せてもらえるんですって!?」


 ビルさんが南の大陸の新しい素材について相談があるということなので会いにいくと、ボルドー商会の要請に応じて南の大陸の商人たちが通常は商材とならないものも含めて色々な木材を運んできてくれたという話を聞いた。それは嬉しいわ。そうだ、お近づきの印に正確な航路のトレースや悪天候の航海を想定して、羅針盤代わりに方位磁石をプレゼントしましょう。


「ほう、これは興味深いですな」


 ビルさんが南の大陸の商人へのプレゼントに興味を示したので機能と利用法を説明すると、南の大陸との貿易で多くの船を抱えるビルさんも船に載せる有効性に気がついたようで欲しくなったようなので、後日、棒状の磁石を渡すことになった。台座はビルさんの方で船の羅針盤に似合う立派なものを用意するそうなので、私は磁石だけ用意すればいい。数日の距離とはいえ、暗礁や渦潮のような危険ゾーンを避けたルートを正確にトレースできるようになるから、これでより確実にチョコレートやコーヒーが輸入されてくるようになるはずだわ!

 後日、南の商人たちと会う日取りをセッティングして知らせてくれるというということで、磁石の寸法などを打ち合わせて商会を後にした。


 ◇


蒸気自動車バギーの生産はどうかしら」

「月3台くらいだな。他は主要都市の連絡蒸気馬車にかかりきりだ」


 帰りがけに、職人のまとめ役になってしまったテッドさんに蒸気自動車バギー生産の現状を聞きに行くと、王宮から指定された優先度の都合により、私がかかりきりになるほどの生産量じゃなくてホッとした。

 そうであればと言ってはなんだけど、均等に焙煎できるようにゆっくり回転させる機構を持つロースト、焙煎したカカオ豆から皮を分離する振るい、分離したカカオを砕くミキサー、粗挽きカカオを石臼を回転させて粉末にすり潰す製粉機、そして水温に応じて上下する浮きと連動させることで特定温度に調整できる攪拌機の図面を次々と机に広げた。

 チョコレートをテンパリングするために50℃と30℃に調整してゆっくりかき混ぜる作業を自動化するのに、少し手間がかかったけど、井戸水を汲み上げるポンプのオンオフの機構をヒントにして、温度に応じて変化する水位を利用して火炎の魔石の位置を移動させることで制御できたわ。


「これは何をする機械なんだ?」

「チョコレートを大量に作るための機械よ」


 初めて聞いたという顔でチョコレートってなんだというテッドさんに、「差し入れよ!」とアイスボックスごとチョコレートのお菓子セットを渡した。それとは別に説明用として板チョコを一欠片割って渡した。板チョコを食べたテッドさんは、「ああ、最優先案件か」と脇に置いたアイスボックスの方に顔を向けて遠い目をしながら頷いた。

 その後、普及用に書いた手回し式のコーヒーメーカーの図面を渡し、錬金術で作った見本でコーヒー豆を挽いてみせ、その粉末状のコーヒーで出来上がる飲み物と話して、試行用の焙煎豆と共に魔法瓶に入れたホットコーヒーとアイスコーヒーを渡した。


「ほう、こいつはうまいな!」


 テッドさんは、こいつは弟子に作らせておくと言って図面を受け取った。やっぱりコーヒーは男性には受けがいいわ。出来上がったら、初期ロット以降はボルドー商会のビルさんに焙煎したコーヒー豆と共に注文と販売を委託する段取りを話した。


 これで、チョコレートもコーヒーも一般流通ルートに乗るわね!

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