第31話 錬金術師同士の語らい

「あら、南の大陸には錬金術師はまだ残っていたのね!」


 南の大陸の商人との顔合わせ当日、両者の面子が揃う中で開口一番に発せられた私の言葉に周囲が固まった。そんな微妙な雰囲気を感じ取り、はじめが肝心と気を取り直して挨拶をする私。


「私は、メリアスフィール・フォーリーフ、ファーレンハイト辺境伯直属の錬金薬師をしています。よろしくお願いしますね」


 そう言って胸に手を当て錬金薬師としての礼を取ると、周囲も我に帰ったように互いに挨拶を交わしていく。和やかな雰囲気でスタートするはずが、ブレイズさんとビルさんは何故か鋭い視線を南の商人たちに送り、南の商人たちは額の汗を拭うようにして焦っている様子だった。どうしたのかしら?


「あの、錬金薬師殿は何故、私どもの中に錬金術師がいるとわかったのですか?」


 へ?ああ、そういうことね。


「知識伝承を終えた錬金術師は地脈の通りが一定以上になるからそばまで来ればわかるわ」

そばにいるだけでわかる手法なんて伝承されたライブラリにはなかった・・・」


 南の大陸の錬金術師、ダーミアンさんがつぶやいた。きっとまだ知識伝承の歴史が浅いのね。近くまで寄れば足元の地脈の流れが自分以外に流れていることくらいわかるわ。そう説明すると、ぶつぶつと独り言を始めたダーミアンさん。

 よし、大したことでもないし話を進めてしまいましょう!


「樹液が白くてネバネバしているような木材を探しているんです」


 切り口から白い樹液が出てくるような木があれば、切り倒すというよりはその樹液を輸入してゴムを作りたいという説明をする。こちらでは気候的に育たないわけだし、木を生かしたまま生産地で樹液を取り出してもらわないと、継続して手に入れることはできないわ。


「ああ、それなら心当たりがあります」


 ただ、さわるとかぶれるので商品としては・・・と言いよどむ商人さん。ゴムの木の樹液はかぶれるものよ。私は幹に傷をつけて流れ落ちる樹液を据え付けた容器に落とし込む採取方法を説明し、その白い樹液、ラテックスと呼ぶそれに酸を加えることで伸び縮みする物体になる、そういった樹液を持つ木を探していると説明した。

 私は魔法鞄から材料を取り出し、錬金術で合成ゴムの輪っかを生成して見せ、伸び縮みさせたり袋の入り口を閉じたりして利便性を示して見せた。


「とまあ、このような弾力性を持つ材料の性質を利用して、色々なものに使うのです」


 水道管同士の接合部分に挟んで水の漏洩を防止したり、蒸気馬車や蒸気自動車バギーの車輪につけてゴムの弾性を利用して振動を吸収させたりと応用例ユースケースを紹介していった。


「なるほど、錬金術無しでも生産していければ気軽に使えるようになりますね」


 商品性を理解したのか南の大陸の商人は意欲を見せ、後で該当する木材を見せてもらえることになった。ふふふ、これでゴムの生産も少しは移管できるようになるわね!用途別に配合とか色々と研究しないといけないけど、やがてはたどり着くでしょう。


「ちょっと待ってくれ、今のはどうやって生成したんだ?」

「え?原料から抽出した原子を指定の分子構造にして軟質非晶性樹脂の相で固定しただけよ」

「・・・」


 押し黙ったダーミアンさんに、遅ればせながら私も気がついてしまった。ああ!しまった。原子とか分子の概念がなかったわ。相転移そうてんいの概念もあるかあやしい。まあでも本題じゃないしどうでもいいわね!理科の授業なんてしたくないのよ。

 私は誤魔化すようにして、そう言えば喉も乾いたでしょうとコーヒーとチョコレートのお菓子を勧めた。


「チョコレートやコーヒーも錬金術で生み出されたとか」

「最初だけで、今は錬金術無しで作れるようになりました」


 だから今後は大量の輸入が始まるでしょうし、航海に便利な羅針盤を作りましたので活用してくださいと方位磁石をプレゼントして機能と使い方を教えた。


「素晴らしい!これがあれば難破の確率はかなり減ります」

「これも錬金術で作られたのですか?」

「そうですね、でも羅針盤に使うような弱い磁石なら工夫すれば錬金術なしで作れるかも」


 商業ギルドに特許登録してあるので詳細はそちらを見てくださいと言った。だって、電気や磁気の概念を理解してもらった上で磁気モーメントを一定方向に揃える加工法なんて説明してられないわ!何か聞きたそうにしてるダーミアンさんから目を逸らす私。


「これから蒸気船もどんどん竣工していきますし、無風の季節でも安定した貿易ができるようになりますからバンバン輸出してくださいね」

「それはいいですね、蒸気船も錬金術で作っているのですか?」


 流石さすがに船みたいな馬鹿でかいものは作れませんよと笑い、中の火炎の魔石と冷却の魔石だけだと答えたところ、またダーミアンさんが食いついてきた。


「そんな大型船をどうこうするような出力の効果付与なんてできないはずだ!」


 えぇ・・・ん?ははぁ、体の鍛え方が足りないのね。私はダーミアンさんに流れていく地脈の量を推し量って原因を突き止めた。


「えっと、体をもっと鍛えれば地脈の通りが良くなってできるようになると思いますよ」


 ちょうどいいので、新造船の材料として渡されていたワイバーンの魔石を魔法鞄から二個取り出し、右手で火炎の魔石を、左手で冷却の魔石の効果付与をおこない、こんな感じですと目の前に見せた。


「馬鹿な!何故、違う効果の付与を同時にできる!」

「薬師ですからポーションで二重合成には慣れています」


 もっともらしい説明をすると、ぐっと息を呑み込むダーミアンさんだったが、気を取り直してさらに突っ込んできた。


「それに、この付与強度は古くから伝わる王家の宝物庫にあるフォーリーフの氷炎剣と同等じゃないか!・・・ってフォーリーフ?そういうことか!」


 あら、随分と懐かしい名前を聞いたわ。フォーリーフの名でえにしに気が付いたようだし説明しても問題ないわね。


「あれはドラゴン用に抑えられているから蒸気船用と同じくらいですね」

「なっ!どういうことだ?」


 ドラゴンの可食部位で一番美味しいドラゴンハートに焦点を当て、火炎剣はその場でミディアムレアで食べられる火加減で、氷結剣はお持ち帰り用に心臓まで凍らせることがないように、そう、細胞組織を氷結破壊して味を落とさないように冷気を抑えて作られています。

 というか、前世で私がそのように作った!と心の中で付け加えた。まさか遠い南の大陸に持ち運ばれているとは歴史を感じるわ。


「まさかの調理剣か」


 静まり返った室内にブレイズさんの独り言がやけに大きく聞こえた。


「手加減無しだとどれくらいなんだ!?」


 雷神剣の威力を見せるわけにもいかないし、どう説明したものかと頭を捻ったところで、そばにいたブレイズさんの影打ちの大剣が目に入った。ああ、これならフォレストマッドベアーの魔石で作ってあるから大丈夫ね!

 私はブレイズさんの大剣を刺して答えた。


「これならフォレストマッドベアーの魔石だから遠慮なく付与してありますよ」

「ちょっと試し斬りして見せてくれないか?」


 まあ、減るもんじゃないし親交を深めるということでいいでしょう。私が頷くと、商人さんがちょうどいいからと木材を収めた倉庫に案内してくれた。・・・けど、木材かぁ。


「これでいいだろう」


 そう言ってダーミアンさんは人間の胴体程度の加工前の木材を持ってきた。


「いや・・・それはちょっと足りないです」


 そう言って私は魔法鞄から同じ太さで人間の身長くらいある円柱の鉄のインゴットの塊を出した。


「ブレイズさんの腕と合わせて考えるとこれくらいは欲しいわ」


 私はブレイズさんを見て合図すると、ブレイズさんは目を瞑って溜息を吐いたが「わかった」と言ってインゴットの前に立ち、大剣を抜いて横一文字に剣を走らせた。


 キンッ!


 澄んだ金属音が聞こえて、ブレイズさんが大剣を納めた。


「さすがブレイズさんね!」

「これでも筆頭錬金薬師の護衛騎士だからな」


 肩をすくめるブレイズさん。しかし、ダーミアンさんは不思議そうに尋ねてきた。


「なんともなってないじゃないか、失敗したのか?」


 はぁ?本当に鍛え方が足りてないわね!私はインゴットの前に行き軽く発勁を発動させると、ゴォーン!と鉄でできたインゴットの円柱の上半分が吹き飛んで行った。


「切れてますが何か?」

「・・・」


 とまあ、こんな感じですよ!流石に至近距離で発勁を使ったから鈍いダーミアンさんでも私に流れる地脈の太さがわかったようで、以降は無事に持ってきてくれた木材の検分に集中することができたわ。

 その後、ゴムの木相当と思しき木材を紹介してもらい、集めた樹液に試しに酸をかけてみると目的の天然ゴムができた。また、くきに甘みのある植物も見つかり、錬金術で抽出してみると砂糖が生成できた。やったわ!今までの甜菜糖も悪くはないけど、錬金術なしならサトウキビが望ましい。あとはバナナやパイナップル、ココナッツとかもあればなぁ・・・。

 そういった果物類はまたの機会という約束で、天然ゴムとサトウキビの輸入の段取りをつけて、その日の会合は幕を閉じた。


 ◇


「では、いにしえの錬金術師、いえ、錬金薬師と同等の力を持つということですか!」

「・・・そういうことだ」

「なんということだ」


 力無くうなずいたダーミアンに、ベルゲングリーン駐在大使は絶句した。錬金術師の失伝も多い中で、いにしえの過去と同等の錬金薬師の知識を伝承するベルゲングリーン王国を止められる周辺国はいない。しかもその錬金薬師は創造神の加護持ちなのだ。文字通り手も足も出せない。もはや最友好国として擦り寄っていくしかない。そう判断した大使は、『異国の錬金術師恐るべし』と題して、今回の視察団の調査結果報告とともに本国に向けてベルゲングリーン王国との友好関係を最大限に重視するよう書簡を宛てた。


 後日、南の大陸からの働きかけで、ベルゲングリーン王国と南の大陸との間で相互不可侵を含めた永年友好条約が結ばれたという。

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