第26話 レジャー旅行が齎した結果

「というわけでクレーン湖畔のドライブを満喫するのよ!」


 余暇の遊びとして準備してきた一人乗りの4台の蒸気自動車、バギーを魔法鞄から取り出すと使い方を説明して運転してみせた。発進や停止の際のクラッチの使い方やアクセルのオンオフ、ブレーキ、ハンドル操作などを説明すると、エリザベートさんは直ぐに乗りこなしてみせた。ライル君もライブラリを通して知識が伝播していることから原理の説明が不要な分、楽に乗りこなしているようだった。


「時速60キロは出るけど安全に運転してね」


 三人は頷くと湖畔の道を駆け抜けていった。ブレイズさんはやはりというかアクセルベタ踏みで飛ばしているようだ。エリザベートさんも同じスピードで後をつけている。まったく、とんだお転婆姫様だわ!大目に見てもらうどころか、こちらが保護者の気分になってきたところよ。どうやらこちらが本性ね。

 それでも、湖畔の木漏れ日の眩しさと流れる風の開放的な心地よさに、思わず笑いが込み上げてくる。ああ、私、スローライフしちゃってるわ!


「これは素晴らしい!」


 クレーン湖畔を一周したところで元の広場に停車させると、開口一番エリザベートさんが声を張り上げた。道中の蒸気馬車に疲れ知らずのメリットを感じていただけあって、一人乗りの蒸気自動車にも同じメリットがあることを直ぐに理解したエリザベートさんは、これも沢山作って配備したいと言い出した。う〜ん、量産できるのかな?まあ後日考えるという事で次にいきましょう。


 プシュシュシュシュシュ!ヴィーン!


 お次は蒸気ボートよ!これは二人乗りで二艘用意していた。前を確認する人と後ろで舵を切る人というように役割分担すれば、以前のように陸に乗り上げて大破は避けられるというブレイズさんの考えを採用した結果よ。


「ありえない!なぜ船がここまで早く進むんだ」


 またも驚きの声を上げるエリザベートさんを横目に、私はボートから手を差し出して湖の水を直接感じてみる。気持ちいいわ!やっぱり夏は水辺に限るわね。これで泳げたら最高なんだけどとブレイズさんに話したら、まだ水着という概念がなかったので止められたわ。

 船着場に戻ると、また沢山配置したいとエリザベートさんが言い出したけど、小さなボートより大型の蒸気船で運河や海上の船の輸送を効率化した方がいいのではと漏らしたところ「それだ!」と声を上げていた。


「これで海上や河川を利用した輸送が今までの何倍も早くなるな」


 またもやエリザベートさんの頭の中にある計画に組み込まれていったようだった。なんだか当初の「アイスクリームで懐柔作戦」とは違う方向に邁進まいしんしているような気がするのだけど・・・まあいいわ!今は、そう、今は遊ばせてよ!

 こうして、私は全てを忘れて魔石を使った鉄板プレートでの焼肉やバーベキューを目一杯楽しんだり、シャーベットを混ぜた柑橘系の果物を乗せたトロピカルジュースで避暑地の納涼を演出したり、夜はポーションを作成しながら地方料理を満喫して大いに楽しんだのであった。


 ◇


「楽しい旅は一瞬で終わるものね」


 フィリス公爵領での楽しい夏の余暇は終わりを告げ私は王都に戻っていた。宿泊費は城で作ったポーションで十分どころか貰いすぎだということなので、気兼ねなく、また機会があったら再訪したいものだわ。


「料理長には大変なことになっちまったがな」


 あの後しばらくして、エリザベートさんの働きかけで王宮料理長が辺境伯邸の料理長に弟子入りに来てしまい、辺境伯邸では大変な騒ぎになった。王宮料理長を辺境伯家の料理長に弟子入りさせるなどとんでもないと、エリザベートさんを嗜めようと王妃様が小言を言おうとしたその眼前に、お土産のアイスクリームを差し出したらしい。


「今すぐに、アイスクリームの作り方を教えてもらいに行きなさい!」


 止める側から強力に推進する側に180度転換した王妃様を止められるものはいなかった。


 なお辺境伯側は、料理界の権威である王宮料理長の弟子入りは勘弁してほしいということで、今は研修という形で辺境伯邸に通っている。料理の出来の判定は変わらず私で、辺境伯邸の料理の進化のスピードが二倍になった気がする。

 王宮の組織力で国中から食材を発掘できるので、探していたトマトのような野菜も簡単に見つかってしまい、今はピザやミートスパゲッティをはじめとしたイタリアン展開が絶賛進行中よ!そのうち、ドリアやラザニアも食べられるようになるかもしれないわ。

 そんなワクワク気分の私に、料理長騒ぎで連想されたのかブレイズさんが別件を伝えてきた。


「そういえばテッドさんも何か大変な用があるようだぞ」


 何かしら。特に発注中のものもないから、蒸気自動車でブレイクスルーでも起こしたのかもしれない。とにかく行ってみることにした。


 ◇


「メリアの嬢ちゃん、一体、フィリス公爵領で何をしてきたんだ」


 なんだか疲れた顔をしたテッドさんが開口一番にそう言った。


「別に思いっきりレジャーを楽しんできただけよ」


 テッドさんに用意してもらった蒸気自動車でフィリス公爵領のクレーン湖畔の城に行って、ブレイズさんとライル君と姫様と一緒に、蒸気バギーや蒸気ボートで遊んだり、火炎の魔石の鉄板プレートでバーベキューしたり、料理長が進化させたアイスクリームやシャーベットを食べたりしただけだわ。そう続けた私に「それだ」というテッドさん。


「王家御用達の紋所をもらっちまった!」

「なにそれ、おいしいの?」


 どうやら紋所を振りかざすことで、王家からの蒸気自動車などの納入要請に必要な職人を強制的に召集したりできるようになるらしい。さらに、蒸気機関を利用した応用技術については特許申請しなくても王家が保護する技術ということになり、私やテッドさんの許可なく勝手に使えなくなるらしい。

 なるほど、エリザベートさんのいう、もっととはこういうことね。


「これでいくらでも作れるようになってしまったわね!」

「そりゃそうだがよ、忙しくてたまらなくなるぞ。メリアの嬢ちゃんもな」


 なんですって?ああ!よく考えたら魔石をはじめとして、常温鋳造など、まだ錬金術でしか作れない部品が沢山あった気がする。


「全力でスローライフの象徴であるレジャー旅行を楽しんだと思ったら、いつのまにか過労死ルートに入っていたわ!」


 どうしてこうなったのかしら。まったく覚えが・・・あるけど、あの姫様、本気で国中のインフラを整えるつもりじゃないでしょうね?なんだか陸運と海運の効率化とか、新築してでも水洗トイレ化するとか色々画策していたような気がするけど、レジャー中は嫌なことは忘れるようにしてたからあまり詳しく覚えていない。


「なんだか国中の主要都市を蒸気自動車で繋いだり、大型蒸気船で海上輸送を効率化したり、屋敷を新築して水洗トイレを普及させると言ってた気がするわ」

「嬢ちゃん、本業はどうするんだ?」

「そりゃ・・・もちろんやるでしょ、錬金薬師は二人しかいないのよ?」

「体に気をつけてな」


 がっくり。まあいいわ。どちらにしてもできることを一つ一つやっていくしかないのよ。それに前向きに考えれば、より多くの人間が技術を伝えていくのだから、改善されるスピードも何倍にもなるはず。そうすれば、需給逼迫により必要に迫られて自力で部品を作っていけるようになるに違いないわ!


 ◇


 こうして国の主要都市を結ぶ形で蒸気自動車が配備され、海運や運河で大型の蒸気船が配備されることになった。

 また、研修を終えた王宮料理長の手により、王宮でのパーティの料理やデザートの質が飛躍的に上がり、王都のグルメは革命的なスピードで進化していくことになる。

 そして、水道の配管と水洗トイレの設置のため、王宮をはじめとした貴族家の新築ラッシュが発生したことで空前の好景気が訪れ、一気に近代化が進むことになる。

 後世の歴史家は、近代化に大きく貢献したメリアスフィールの偉業を讃えて、薬師である彼女をこう呼んだという。


 開明の錬金術師メリアスフィール・フォーリーフと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る