第25話 いざ、フィリス公爵領へ

 カラッとして過ごしやすい初夏が過ぎると、青空が眩しい真夏の季節がやってきた。私たちは、フィリス公爵領にある避暑地として有名なクレーン湖畔の別荘に向け、馬車を走らせていた。


 プシュシュシュシュシュ!


 私達を乗せた馬車を引く蒸気機関は、ブレイズさんの操作のもと小気味よい蒸気の音を立てながら、時速30キロを少し超えるくらいの速度で力強いリズムを刻んでいた。既存の馬車の10倍のスピードという目標にはまだ届いていない発展途上の馬車で、早馬で駆けるのと比べたら流れる風景もゆっくりとしたものだった。それでもサスペンションや座席に仕込んだバネによる乗り心地は快適で、なおかつ通常の馬車より3倍くらい早く着くのは画期的だった。


「馬要らず、疲れ知らずでこの速度を維持するとは便利なものだな」


 それなのに王家の馬車とでも比較にならないほどの快適な乗り心地だ。そう言うエリザベートさんは、流れる風景を見ながら感心しているようだった。これを主要都市間で常時走らせれば兵站の常識が変わるぞ。そんなことを言う姫様、もとい、エリザベートさん。姫様と言ったら姫扱いするなと怒られたので気をつけないとね。


「それには鍛冶師の人が総出で必要台数を造ったり、運転できるよう御者を教育したり、警備も含めて発着場の土地を確保したりと、多くの人員を揃えないといけません」

「なんだ、そんな簡単なことでいいのか」


 ・・・へ?ああ、エリザベートさんには簡単なのね。王家にとって土地を用意したり人手を揃えて配置するのは日常茶飯事なのかもしれない。まあ、製作に協力してくれたテッドさんの利益も考えて特許登録などの手続きを考えますというと、それならもっと簡単で強力なものがあるという。よくわからないけど、それはよかったわ。折角の旅行だし、私は面倒ごとを考えることをやめて避暑地に思いを馳せた。


 ◇


 フィリス公爵家への道中の半ばで蒸気馬車を止め、魔法鞄から机やテーブルを出して、ブレイズさんに集会イベント用の大きさのテントを設営してもらって日を遮り、その下で昼食を取ることにした。次の出発から到着までは長いことを考慮して離れた場所に簡易トイレも出しておく。


「定番だけどお昼はサンドイッチよ」


 いきなり鉄板で焼肉やバーベキューをしてもいいけど、それは到着してからにしたいわね。そう言いながら魔法瓶から料理長に用意してもらったスープや果汁のジュースを出したり、アイスボックスから惣菜を出してレンジで温めてテーブルに並べて昼食を取り始めた。


「なんだこれは!」


 パンが柔らかすぎる。なぜ温めてもいないのにスープが温かいままなのか。それに何故ジュースが冷えている。箱に入れたら出来立ての様に湯気を立てているのは何故か。

 そんなことを矢継ぎ早に聞いてきたエリザベートさんに、天然酵母を使ったパンの存在や、魔法瓶による断熱効果、魔石を利用した冷却効果や調理器具を説明していく。


「それはわかったが、なぜここまで美味うまい?」

「えっと・・・それは、もう普通になってしまったので料理長の研鑽も含め色々な積み重ねとしか」


 なんということだ。そう言った後に絶句したエリザベートさん。まあ、料理長に弟子を取らせれば錬金術同様、広まっていくかもしれませんと言うと、帰ったら早速うちの料理長を弟子に向かわせると言い出した。うちの料理長というフレーズに何か引っ掛かるものを感じたけど、今は旅行中なのだから後で考えればいいわね!


「デザートのアイスクリームです」


 アイスボックスからバケツ大の4種類のアイスクリームを出した。今回選んだのはバニラアイス、ミントアイス、オレンジアイス、木苺のアイスだ。

 ナッツ入りやクッキー入りのもあるけどいっぺんに出して溶けても困るし、シャーベットはワインがあるから道中はこの種類で我慢してもらいます。そう言って私はバケツから削り取る大きめのスプーンを並べて好きなのをどうぞと勧めた。

 ブレイズさんはミントとオレンジを半々、私はバニラと木苺を半々すくって食べてみせた。う〜ん、やっぱり夏はアイスクリームに限るわね!それを見てエリザベートさんとライル君は全種類、少しずつすくって、その一つを口に含んだ。


「「美味おいしい!」」


 これが悪魔の甘味というやつかと呟き始めたエリザベートさん。失礼しちゃうわ!口に合わないようなら下げますとバケツをアイスボックスに収めようとすると、エリザベートさんは慌てたように言う。


「悪かった!くっ、食わせろ…!」


 はい、いただきました。ククク・・・この日のために準備してきたよ、主に料理長が!これでクレーン湖畔の別荘で多少の羽目を外しても、大目に見てくれるでしょう。そう内心でほくそ笑んだものの、物凄い勢いでガツガツ食べ始めたエリザベートさんに少し心配になって声をかける。


「あの、あまり食べ過ぎるとお腹を壊しますよ」


 しかし遅かったようだ。そりゃ合わせてバケツ半分も食べればね・・・。お腹を下した様子のエリザベートさんに、少し離れた場所に設置した簡易トイレに案内して簡単に水洗トイレと錬金術で作ったトイレットペーパー、備え付けた手洗いにある蛇口の使い方を教えると、エリザベートさんを残してテーブルに戻った。


「俺はワインのシャーベットがよかったんだが」

「飲酒運転は事故のもとよ!」


 それにブレイズさんはスピード狂の気があるからと伝えると残念そうにしていた。


「本当に師匠は次から次へと色々なものを実現していきますよね」

「避暑地への旅行なんて初めてだったから、少し、はしゃいだ結果よ」


 クレーン湖畔に着いたら、湖畔を一人用の蒸気自動車で駆け抜けたり、湖に蒸気ボートを浮かべて涼を取るのよ!そういう私に「楽しみですね」と同意するライル君。そう、ライル君だってポーションばっかり作っていたらノイローゼになってしまうわ。過労死まで伝承したらまずいもの、適度な息抜きの必要性も伝えていかないとね。

 そんなやりとりをしているうちに、エリザベートさんが戻ってきた。


「あのトイレと水が出る蛇口というのは屋敷に設置できないのか?」

「できますけど、水道管、水を通すくだを部屋まで通す必要がある関係で、屋敷を工事したり作り直したりしないといけないので、建築の人員が・・・」


 なんだ、建物を建て直すでできるのか。そう言い出したエリザベートさんに、色々な常識の違いを感じ、困惑してブレイズさんの方を見ると、なんだか私を見てニヤニヤしていたので聞いてみた。


「・・・なに笑ってるのよ」

「いや、少しは俺の気持ちを理解したかと思ってな」


 どういう意味よ!まったく・・・こんな常識的な私を捕まえてなんのつもりかしら。

 結局、エリザベートさんは、帰ったらトイレの設置も依頼したいということで、説明のため簡易トイレを貸してほしいと言われたので了承した。まあ、旅が終われば簡易トイレも必要なくなるし問題ないでしょう。

 さあ、余計なことは忘れてクレーン湖に向かうわよ!


 ◇


 夕方になると、夕陽に照らされる美しい夕景の湖畔の様子が見えてきた。そのほとりには別荘・・・というか城が立っている。


「はぁ!?別荘というより城じゃないの!」

「公爵家の別荘が城じゃないとでも思っていたのか」


 ブレイズさんの突っ込みにそういうものなのかと納得したけど、夕陽に赤く染まった湖面と白亜の城のコントラストがとにかく美しい。


「水洗トイレを設置するために、この城は廃棄しないとな」

「えぇ!それを捨てるなんてとんでもない!」


 その後、水道管は細いから全部壊さなくても大丈夫なはずと説得し、なるべく廃棄したりつぶさない方向で納得してもらった。まったく、どうみても文化遺産級の城が水洗トイレにつぶされるところだったわ!

 危うく城を捨てる一択の進行不能のループに陥りつつ、私たち一行は日が暮れる前にクレーン湖畔の城に到着した。

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