開明の錬金術師

第21話 知識のミッシングリンク

「カルボナーラ美味しいわ!」


 思いの外早く出来上がってきたパスタ製造機を使って、パスタの生地を細長い棒状に切り分けたあと、錬金術で乾燥処理をかけて作った乾燥スパゲティを使ってカルボナーラを作ってもらった。そんなに特殊な材料を必要としないのに、どうしてこんなに美味しいのかしら。


「確かにこれは幾らでも食えそうだな」


 お菓子騒動で懲りたのでお菓子以外を開発することにしたけど、料理長の研鑽もあって、びっくりするほど美味しく昇華されていく料理に満足していた。この調子でケチャップを作るためにトマト相当のナス科の野菜を探せば、一気にミートスパゲッティやピザなどのイタリアン展開が可能になってしまう。

 また食文化の格差が広がって面倒ごとが起きる気もするけど、二度あることは三度ある、逆に言えば、三度目を経験した私にはもうドナドナはないってことよ!


「そういえば、しばらく弟子も増やせないわけだし、辺境伯領に戻らない?」


 騒動の元になった辺境伯夫人が自領に戻っていったことを思い出した私は、自分も辺境伯領に戻って伸び伸びとした生活を送れるのではと期待して聞いてみた。


「・・・当分、戻ることは無理だな」

「どうして?ライル君も自分で鍛錬していけると思うわよ?」


 なんなら、一時的でも辺境伯所属なのだから一緒に辺境で修行してもいいでしょうし。そういう私にブレイズさんは渋い顔をして答えた。


「引き留める者が多くなり過ぎた」


 慈悲という微妙な加護とはいえ加護持ちは珍しいらしく、加護持ちがいる国には攻めないという暗黙の了解から、外交や安全保障上の観点で引き留める。あるいは、ポーションを欲しがる貴族の多さ。あるいは、騒動の元になったグルメの拡散期待。気が付けば本業以外の色々なしがらみが出来てしまっていた。

 仕方ないわね、じゃあ日帰りできるように蒸気自動車でもつくろうかしら。


 ◇


「というわけで馬車の10倍早く走れる乗り物を作りましょう!」

「おお、やっと作る気になったのか!」


 今までの10倍は早く走れる蒸気機関のパワーを見ておきながら、日の目を見ずに死蔵するなど、テッドさんも心の中では残念だったのだろう。教会の免罪符も得たことだし、もう問題はないはずよ!


「10倍早く走ると色々な問題が出てくると思うわ」


 まず、事故を起こしたらそれだけで中にいる人間は衝撃で死んでしまう。

 通常の状態でも、硬度強化で無理やり実現しても乗車している人間が乗り心地に耐えられない。一時間もしないうちに酔って吐いてしまうわ。当然、路面の凹凸を吸収するサスペンションが無ければ、運が悪いと席から投げ出されてしまう。今までと違ってゴムタイヤもつけたいわ。それにブレーキがなければ、停車させることもできない。時速6キロや早くて10キロの馬車とはわけが違う。それに曲がれなければ崖下がけしたに真っ逆さまよ。ステアリング機構が必要だわ。


「なるほど、ブレイズの強度にも限界はあるしな」

「俺をまるで部品のように言うな」


 更に時速50キロを超えたら差動歯車デファレンシャルギヤも欲しくなるかもしれない。さらにスピードを上げたら、スロットのオンオフでアクセルの役割が果たせるといっても、低速と高速でギアを変えないとトルクがでなくなるから、蒸気機関と変速機トランスミッションそしてクラッチが必要だわ。

 ある程度の完成形は頭にあるのだし、できる出来ないは一旦おいて機構の狙いと仕組みをテッドさんに話していった。


「こりゃもう馬車じゃねぇな」


 机に描かれた自動車のような蒸気自動車を見てうなるテッドさん。

 幸いミニチュアなら常温鋳造の錬金術ですぐ作れそうなので、鋳型用の粘土を持ち帰って、簡単な模型を作って渡すことにした。そう、できる出来ないは別としてオイルダンパーもつけて内装もスプリング入りのクッションを入れるのよ!無理なら低速で走ればいいわ。

 最後に錬金術でゴム――1,3-ブタジエン (CH2=CH-CH=CH2)―― を作って見せて、車輪に巻き付けるタイヤの鋳型をお願いした。面倒な化学プロセス無しで成分抽出と構造指定と一様化で直接生成できるのはメリットだけど、幅広の大型のタイヤが必要になったら、その面倒なプロセスを考えないといけないでしょう。


 ◇


 帰りがけに商業ギルドによって中級ポーションを卸した。今回はお試しに石化解除のキュアストーンと麻痺解除キュアパラライズも持ってきていた。バジリスクや神経毒を使うような昆虫に遭遇するような冒険者でもないと需要はないとおもうけどね。


「メリアスフィール様、聖水は作れませんか?」

「は?教会で作ればいいのでは?」


 その言葉にブレイズさんが私の肩に手を置いたので振り返るとゆっくり首を振る。なんということでしょう、教会なのに聖水が作れなくなっていた!

 そりゃ作れますけどね、辺境の神父やシスターが薬師を兼務するのは珍しい事ではなかった。なので、当然、ライブラリには聖水の作り方も伝承されている。でも酷く儀式的で錬金術というわけではなかった。

 百聞は一見に如かず。仕方ないわねと、私はその場で瓶を前に置き、膝をついて祈りの姿勢を作った後、朗々と名乗りをあげた。


「我、メリアスフィール・フォーリーフ、創造神フィリアスティン様の敬虔な信徒なり」


 パンッ!


 両手を前で打ち鳴らした後、ゆっくりと額突ぬかづき、両手を開いて手のひらを上に向ける。


「我、して願いたてまつる、御身が清らかな始まりの雫を今ここに」


 ぽちゃん!


 私はゆっくりと姿勢を戻すと、両手を組んで感謝の祈りを捧げた。


「ぷはぁ!慣れない事するもんじゃないわ!」


 私は一気に脱力すると念の為、鑑定をしてみた。


 聖水(++):創造神の聖水、不死系特効、呪い解除、特級


「よっし、さすが私ぃ!」


 聖水は技術より心の有り様がモロに結果に反映されるので厳しいのよ。これ一本作るより最上級ポーション100本の方が気楽だわ!

 とまあこんな感じよと振り返ると、受付嬢が土下座していた。


「なにしてるんですか!」

「聖水を作れる御方におそれ多く…」


 地脈にアクセスできる素養がわずかでもあれば、あとは祈る心さえあれば誰でも作れるわよ?ライブラリにはそう伝えられているわ。受付嬢さんを起こしながらそう言う私に、本当かという訝し気な顔をしてくる二人。


「というかさっき呼びかけたのは神様の御名なのか?」

「は?まさか神様の御名を忘れるなんて…」


 えっ!そういう事なの!?まさかの事案に言葉を失う。


「神様の御名は枢機卿以上しか伝えられていないはずだ」

「そうなの?でもそれなら枢機卿以上なら聖水を作れそうじゃない」

「あの枢機卿たちが信心深い心を持っていたら異端審問会なんて開かれてなかっただろ」


 ああ、なんとなくわかってしまった。これはきっと神様の力の独占による権威付けの結末だわ。教会の者のみ、一部の者のみ、そうしてエスカレートしていったのね。最終的に自分たちも出来なくなっていたら世話ないわ。


「薬師にしろ錬金術にしろ神職にしろ、失伝してるの多過ぎない?」


 教会までこれでは、なんだか私を再度転生させて送り返した理由もわかってしまった。忽然と現れたかのような知識のミッシングリンクが生じても、この知識の欠落を埋めるべきだと考えたのではないかしら。あれ?欠落したまま進行すると地球のような科学文明になるのでは?それは少し興味深い結末だわ。

 でも地球と同じ結末を見ても面白くないわ!折角だから、いいとこ取りしたらどこまで行けるのかみてみたい。そのためには錬金術も神様の御名も、もう一度広めていかなくてはならない。でも教会の権威付けの影響でみだりに神様の御名は広められない。どうすればいいのかしら。


「私のライブラリを伝承する人たちを増やすしかないということね」

「気の長い話だな」


 なぁ~んだ、結局、今までと同じじゃない。なにも悩む必要はなかったわ。

 とりあえず聖水は量産できるものではないと伝わったのか、たまに卸すことにして商業ギルドを後にした。

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