第20話 三度目のドナドナ

「メリアスフィール・フォーリーフ、お前を異端審問のため中央教会に連行する!」

「なんでよ!私が何をしたっていうのよ」


 なんと、異端審問に関しては王宮もブレイズさんも手が出せないようで、気がつけば私は強制的に王都にある教会本部に連行されていた。

 脱税もしていないし、別段教会の教えに背くような活動や悪事を働いた覚えもないのにどういう事かと、私は軟禁された教会の一室で首を傾げる。

 二度あることは三度あると言うけれど、また連行されるとは思わなかったわ。嫌だ!その理屈だと三度目の過労死もあるって事じゃない。

 メリアは嫌な予感に身震いした。

 それにしても教会の一室にしてはやけに贅沢な造りをしているわ。私の記憶には好好爺とした人の良さそうなお爺さんが慎ましやかに教義を伝えていたと思うんだけど、だいぶ変わっているようね。


「査問の用意が整った、こっちに来い!」

「そんな引っ張らなくても行くわよ」


 まったく、これでは罪人のような扱いじゃないの。てくてくと長い通路を歩いて行くと、講演でも行うような広場に出た。前には中央の席と両側一列に教会のお偉方と思しき人が座っており、その前に書類を片手にした査問官のような人が鋭い目でこちらを睨んでいた。

 外側を囲むような傍聴席には、貴族が座っていて、外周の方にブレイズさんの姿も見えた。やがて私は中央に設けられた査問席に着くと、席について大人しくした。


「それではこれから異端審問会を開く」


 前の中央の席に座った教会お偉方が壇上に立つ査問官に合図をすると、査問官は嘘偽り無く答える事、そして虚偽の申請をすると目の前の水晶が赤く光る事を説明して査問をはじめた。


「汝、メリアスフィール・フォーリーフで相違ないな」

「はい、間違いございません」


 私が答えると水晶が青く光った。ずいぶんと便利な嘘発見器だわと、こんな状況にも関わらず感心しているうちに、私に対する疑惑というか査問の理由が読み上げられた。


「汝、メリアスフィール・フォーリーフは…


 大木を丘ごと引き裂く魔剣を作り出し、

 悪魔のような甘味かんみで貴族女性を堕落させ、

 鉄で出来た暴走する魔獣を生み出した。


 相違ないか?」


 はぁ?最初の大剣の一文はともかく、貴族女性うんぬんと魔獣のくだりはまったく覚えが無いわよ。


「大剣以外は覚えがありません」

「質問には、はいかいいえで答えるように!」

「…いいえ」


 水晶が赤く光った。つまり最初の一文はその通りだから偽りという事になるようだ。こんなの、部分的な否定が出来ないじゃないの!

 ブレイズさんを見ると言わんこっちゃないという風に顔を天に上げて目を覆っていた。ちょっと!ブレイズさんまでそんな態度じゃ信憑性が出るじゃない!まったく…


「以上、疑惑は正しいと証明されました」

「異議あり!大ありよ!」


 しかしそんな私の意見は無視されて審議は進行していく。


「では、神の鑑定にかける。枢機卿、前へ」


 なんと、一部とはいえ人物鑑定が出来るようだ。やがて、枢機卿と思しき人が前の列から降りてくると、驚いた表情を浮かべて結果を紙に記載して、前の席に座る人達に回覧した。


 神罰:無し

 加護:創造神フィリアスティンの慈悲(この者、過労死させるべからず)


 枢機卿たちは、神罰対象がないのはともかく、加護欄に記載された一文に驚いていた。加護でも祝福でもなく、。教会の長い歴史でも初めてみる加護の種類に騒然となっていた。ただ、間違いなく言えるのは、目の前のメリアスフィール・フォーリーフは創造神自らが目を掛けた存在だということだった。


「異端だ!」


 前例の無い結果に枢機卿から思わず口をついて出た言葉に、メリアは言い放った。


「別に異端でも構わないわよ!フィリアスティン様も好きなようにしろって言ってたわ!」


 シーン・・・


 騒然としていた枢機卿たちが鎮まりかえっていた。メリアは知らずに決定的な一言を発していたのだ。そう、枢機卿以上しか知らないはずの神の御名を。


(まさか使徒か!不味い!)


 枢機卿たちは内心で驚愕の声を上げていた。今まで糾弾していたはずの教会側の重鎮の顔色が目に見えて悪くなり、風向きが一気に怪しくなっていた。一部の貴族夫人の金銭的な働きかけで査問会を開いたが、想定外の事態に動揺を隠せなかったのだ。

 ややあって、重鎮の一人がこんなことを言い出した。


「別にいいんじゃないか?木の一本や丘や山脈の一つや二つ…」


 それだと言わんばかりに、続出する日和ひよった言葉の数々。


「そうだな、むしろ地方説教の帰りにいつも邪魔だと思っておったところだ!」

「甘味も美味ければ正義だろう。むしろ広めるべきだな!」

「ああ、鉄の魔獣などおるわけがない!便利な乗り物が増えただけじゃろうて!」


 手のひらを返したように疑義をみずから否定する枢機卿たちに、今度は傍聴席に座っていた貴族達が騒然となった。そこにメリアから鋭い声が上がった。


「ちょっと!私にも見せてよ、その鑑定結果!」

「いや、別におかしな結果は出ていないぞ?」


 枢機卿の一人が思わず反射的に答えたその瞬間、中央に置かれた水晶が赤く光った。

 私は黙って赤く光った水晶を指差して枢機卿を見つめると、観念した様に鑑定結果を記載した紙を私に渡した。


「なによ!この注釈!」


 加護:創造神フィリアスティンの慈悲(この者、過労死させるべからず)


 加護なのに、これでは但し書きをする為に付けたみたいじゃない!メリアはそんなことを漏らしてプンプンしていたが、問題はそこではなかった。

 それを聞いた傍聴席の宰相やフォーリン伯をはじめとした王宮官僚貴族達が、鬼の首を取った様な表情で糾弾し始めた。


「これはどういう事ですかな枢機卿」

「まさか教会が加護を持つものを査問にかけたのですか」

「枢機卿におかれましては、どう責任を取られるおつもりか?」


 今度は糾弾する側からされる側となった枢機卿たちは、自分達が持ち出した水晶パワーにより洗いざらい査問を開いた裏事情を暴露することになり、責任を取って揃って枢機卿の位から退く事になった。


 ◇


「もう、とんだ目にあったわ!」

「少しは懲りただろう」


 一項目と三項目は雷神剣と蒸気機関の事だってなんとなくわかるけど、二項目の「貴族女性を堕落させ」って何よ。まったく覚えがないわ。そう言ってブチブチと不満を漏らした私にブレイズさんはとんでもない事を言い出した。


「なんだ、知らないのか」


 どうやら辺境伯夫人が王都のお茶会に呼ばれた際に、私と料理長で再現していった前々世のデザートをこれでもかと喧伝してまわったらしい。毎年、王都の夫人達に先端の流行を散々自慢されてきた積年の鬱屈した感情を晴らすかのように、常であれば辺境伯夫人として相応しい立ち振る舞いで控えるところを、完膚なきまでに王都のお菓子の遅れを指摘したとか。

 反論しようにもぐうの音も出ないどころか、美味し過ぎて食べるのをやめられない至高のデザートを口に頬張ったまま悔し涙を流した夫人たちの一部が、原因の一端が私にあることを調べあげ、異端審問で追い詰められた私を適当なところで助け出すことで、私ごとレシピを我が物にしようと画策したとか。


「まったく私のせいじゃ無いじゃない!」


 とんだとばっちりだわ。雷神剣も蒸気機関も単なる口実で問題ないじゃない。でも、これで免罪符が手に入った事だし、これからは自重する必要もなくなったわね!


「もとから自重してないだろう」


 そうともいう。そう言って笑う私にブレイズさんはため息をついて「ほどほどにな」と漏らした。


 こうして王都中の貴族を巻き込んだ異端審問騒ぎは幕を閉じたのであった。

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