異端の錬金術師

第16話 新たな発展の予感

「メリア師匠、この蒸気機関というのは一体・・・」


 ついにこの時が来てしまったわ、知識のライブラリを共有したら避けられない問題が。師匠から継承した知識は純然たる錬金薬師のそれだったけど、私の代からオーパーツというべき転生前の知識が詰め込まれている。つまり、一度絶えた錬金薬師のライブラリが私を起源ルーツにして広まっていくと、不完全ながら科学知識も伝承されてしまうのよ!


「まだ考え中なの、そのうちテッドさんに作ってもらおうかと思っているわ」


 よって、いずれは拡散されてしまのだから、もう自重する必要はないということね!

 概念だけとはいえ分子や原子まで伝わってしまうのだから、千年もすれば科学とファンタジーが融合した世界になっていることでしょう。ならば、内燃機関ではないのだから出力も限られている蒸気機関など、かわいいものだわ。私はそう結論付けた。


「それよりポーション作成はどうなの?」

「はい、たまに良品が混じるようになってきました!」


 それは良かったわ。あとは体を鍛えて地脈の通りを良くして、師匠式だと自力で薬草を採取してこれるだけの護身術を身につけるだけね。そんな私の言葉にブレイズさんが茶々を入れた。


「あの過剰な護身術か」


 単に、錬金術の知識と共に武術や体術の体系も洗練化されてしまっただけなのよ?千年、二千年と薬師が苦労して薬草採取に山岳地帯や秘境に入り込んでいくうちに、必要に迫られて試行錯誤をした積み重ねなのだ。その中には、武術を学んで活かせばいいと考えて実践したものもいれば、武術の才能がない代わりに武器を強化したら楽になるのではと考えたものがいる。知識はともかく、運動神経は人それぞれ、


「だから、ライル君も先人たちを例に自分に合う護身の技を選んで体得していくといいわ」

「わかりました、色々試してみます」


 ライル君は頷き、ブレイズさんも納得したようだが、その理屈で言うと過去の錬金薬師の中で盗賊を捕まえて特殊な縛り方をして引きずるような強者つわものがいたのかなどとブツブツという。


「何を言っているの?それは伝承知識とは関係ないわ」


 盗賊を捕まえて換金するのは常識でしょう。縛り方も、私が前世で本で読んだものだし、原型となった「市中しちゅう引き回しの上、打ち首獄門ごくもん」は江戸時代の産物よ!そんな私を「やはりな」という目で見るブレイズさん。また失礼なことを考えているわね。


「ところで、ライル君の所属はどうなっているの?」


 一応、錬金術の習わしとして名の一部を受け継ぎ、ライル君はライル・フォーリーフとなったけれど、元々、王宮で囲われていたわけだし、国または王侯貴族の誰かの所属になっていてもおかしくない。


「・・・上で調整中だな」


 錬金薬師を安定して輩出していくには、ライル君も外から弟子を取ったり、通常通り確率の高い血族に継承していく。そんな代々続く錬金薬師を自領に抱える権利を巡って、鍔迫り合いが起きているらしい。それは大変だわ。


「よって、当分決まらないので、今は暫定処置で筆頭錬金薬師の下、つまりファーレンハイト辺境伯所属ということになる」

「言っておくけど、ライル君が継承した知識をさらに継承させるには十年必要よ」


 知識が脳に定着するまで同調は行えない。さらに言えば・・・


「ちなみに私も最低でも二年は間を置かないと厳しいわ」


 送られた方ほどじゃないけど、送る方も脳に負担がかかるのよ。連続して行ったら知識が抜け落ちて失われてしまうわ。できれば三年欲しい。


「それを早く言え」


 ブレイズさんは急いで書状をしたためはじめた。なんと、王宮にいた錬金薬師の素養を持つもので上手くいったからと、自領に錬金薬師の素養を持つものを抱えていた貴族たちも我も我もと言い出したのだとか。


「うぇぇ、勘弁してほしいわ」


 そんな、ねずみ算式じゃないんだから、一人しかいなくなった状態で急に増やせるなら錬金薬師の血脈は絶えたりしてないわよ。とはいうものの、しばらくは余裕ができたのだし、スローライフに向けて便利な道具を作っていかなくちゃね!


 ◇


「こんにちわ、テッドさん!」

「おう!メリアの嬢ちゃんじゃねぇか、今日は何の用だ?」


 私は店に入り、シリンダーブロックとピストン、クランクシャフト、部品を止めるナットやネジ、それから水の吸排気機構に稼働部部分にさす油の注意書き、シリンダーからの位置が可変な火炎の魔石と、シリンダーに固定された冷却の魔石を取り付けた蒸気機関、そして回転エネルギーを伝えるシャフトやギア、軸受となるボールベアリングの図を机に広げて見せた。


「なんだこりゃ?」

「魔石を使って回転運動を起こす魔道具よ」


 メリアは蒸気機関の仕組みを簡単に説明した。うまくいけば、馬なしで馬車の車輪を回転させたり、船を推進させたり、水を汲み取ってくだを通して部屋まで通したり、自動的に布を織らせたり製粉のための石臼いしうすを引かせたりと色々できるはず。電撃の魔石から直接使用できる電気を取り出すのは難しいけれど、磁石と銅線で発電機を回せば似たような構造でモータを動かせるし夢は広がるわ。


「嘘だろ、嬢ちゃん本業の薬師はどうしたんだよ」

「ちゃんとやってるわよ、この歳で弟子も取ったのよ」


 それにポーション作ってばかりじゃ過労死してしまうじゃない!


「ポーションの代わりに何か作っていたら世話ない」

「それはそれ、これはこれ。別腹なのよ!」


 またかと溜息をつくブレイズさん。大体、さっさとモータまで行き着かないとハンドミキサーやジューサーはどうするの。生クリームを手軽に作れるところまで来れば、だいぶスローライフ感が出てくるわ!そうよ、まだ若いのだから老後までに楽する道具をいっぱい作っておけばいいのよ。

 その老後にたどり着くことなく二回も過労死したことを頭から追い出して、目的に邁進まいしんするメリア。そのうちガントチャートや作業分解図――WBS(ワークブレイクダウンストラクチャー)でも作りそうな勢いだ。


「こりゃおもしれぇな!」


 そんなメリアと混ぜたら危険なテッドが声を上げた。鍛冶師としての集大成とも言える予算制限なしの大剣も面白かったが、まったく新しい機械部品やギア機構もまた、頭をガツンと殴られたくらいに衝撃的だったのだ。


「素人考えだから多少の強度不足が発生するかもしれないけど・・・」


 そういってメリアはポーチを逆さにして硬度強化を付与したフォレストウルフの魔石をドザァーと机にぶち撒けて言い放った。


「試作段階では硬度強化の魔石で無理矢理解決よ!」


 なるほど!テッドは目から鱗が落ちる思いだった。鍛冶師としての目から見て、強度的に無理がある箇所も散見されたが、硬度強化の魔石を湯水のように使えるなら話は別だ。メリアの硬度強化の魔石の効果を大剣で知っていたテッドは、最早もはややる気になっていた。


「嬢ちゃんとならなんでもできそうな気がしてきたぜ!」

「頼んだわよ!」


 おう!とばかりにパァーン!と手を合わせるメリアとテッドを見て、ブレイズは少し前の戦略級武器の既視感デジャヴを感じ、このまま放置しておくととんでもないものが出来上がってくる嫌な予感を拭いきれず、思わず言葉が口を突いてでた。


「なぁ、それ爆発したりしないだろうな?」

「科学の進歩に犠牲はつきものなのよ!」


 やっぱり危ないものだった!

 その後、ブレイズは十分な安全の確保をメリアに懇々と言い付けたが、「わかってるわよ」というおざなりな返事に不安を覚えつつも、図面を広げた机で激しく討論するテッドとメリアを見て止めるのを諦めるのだった。

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