第13話 王都の鍛冶師

「例の錬金薬師が出仕しました」


 フォーリン伯爵は研究棟を出て王宮に到着すると、足早に宰相の執務室に赴き報告をあげた。


如何いかがであった、その錬金薬師は」


 フォーリン伯爵はメリアの様子を思い浮かべながら慎重に答えた。


「見た目は十二歳の少女ですが、錬金薬師としての礼儀作法には一部の隙もなく、私を前にしてもいささかも動揺した素振りを見せません」


 まるで熟練の内務官と接しているかのような印象だった。少なくとも、調査させた村娘の生い立ちで身につくものではない。いずれにしても、ファーレンハイト辺境伯直属の筆頭錬金薬師なので、辺境伯の許可なしには手は出せない。そんな報告をすると、


「辺境伯は、弟子をとらせてやってくれと言っておる」

「は?十二歳の娘にですか」


 宰相は重々しく頷くと、驚きの内容を告げた。


「辺境伯から届いた書状には、辺境伯の目の前で、四重合成で最高品質の上級ポーションを二本同時に作ってみせたと書いてある」


 失伝したポーション作成方法も含めて全て習得していると、しかし辺境伯領に錬金薬師の素養があるものは他にいないと伝えてきたという。そこで、さすがに辺境伯一人で囲っているのはどうかと考えたらしい。しかし、そんなことがあり得るのか?

 そこに急を知らせる声が上がった。


「フォーリン伯爵、大変です!」


 研究棟の受付を務める女官が、王宮付き女官ならではの落ち着いた佇まいをかなぐり捨てて走ってきた。どうしたのか問うと、これをと申請書と共に放置して置いてあったという二本のポーションを突き出してきた。

 宰相と共に申請書の内容をみて驚愕した。


「目的、最上級ポーションの作成・・・だと」


 しかも噂の錬金薬師のために新しく用意したはずの薬草の在庫に問題があったのか、薬草の採取の仕方や後処理を記載し、さもないと良品質にならないと書いてあるのだ。


「このポーションの鑑定は?」

「最高品質と良品質の中級ポーションです!」


 メリアがクレーム代わりにポンと置いていった中級ポーションは、一本金貨100枚は下らない。それを受付の申請書箱の脇に置いて放置するなど尋常な感覚ではなかった。この程度、サンプルとして提示する程度のものだということが言外に伝わってくる。

 宰相と伯爵は互いに目を見合わせて頷き合った。本物だ、と。


 ◇


「さぁ!今日の本題の鍛冶屋に行くわよ!」


 そんな一幕も知らず、当のメリアは辺境伯ゆかりの鍛冶師に会えると息を巻いていた。本題は出仕だろうというブレイズの突っ込みも耳に入らないようだ。


「槍もそろそろ手入れに出す頃だったし、よかったわ」


 そう言って街の鍛冶屋のガンドに作ってもらった槍を取り出すメリア。それほど酷使したつもりはないけど、フォレストウルフを4匹同時にぶった斬ったりフォレストマッドベアーに電撃と切れ味増加の魔石を最大限にした飛燕雷撃穿ひえんらいげきせんを放っているのだ。ガタが来てないか一度は点検しておきたかったのだ。


「愛用の武器を常に万全の状態を保つよう心がけるのは錬金薬師の基本よ!」

「それは戦士や冒険者の基本だろう」


 まったく・・・と、ふと槍を見たブレイズは、それがなかなか良い品であることに気がついた。


「なかなか良い作りをしているな」


 メリアは草薙の鎌3号改を取り出して見せ、これに斬撃強化を付与した魔石を付けたらポッキリ折れたので、電撃の魔石と斬撃強化の魔石2個をつけても耐えられるように作ってもらったという。まさかの二重魔槍だった。


「メリア、お前、錬金薬師じゃなかったのか」

「は?どうしてよ」


 元々は、牛の餌にする飼い葉の草刈り用に切れ味を強化したり、護身用に電撃を付与したほんの手慰みというと、ブレイズは天に顔を上げて手で目を覆うようにした。


「どうしたの、貧血でも起こしたの?」


 騎士なのに軟弱ね、それでは辺境の安全は守れないわよ!と発破はっぱをかけるメリアに、ブレイズは力無く後で槍の威力を見せろと答えた。

 なんだ、効果付きの武器に興味が湧いただけなのね。そう思ったメリアは


「なに?ブレイズさんも魔剣作っとく?」


 斬撃の魔石一つでも、最低金貨20枚くらいの剣じゃないと耐えられないって言ってたけど、フォレストウルフの魔石に耐えられる剣で20枚じゃ、まともな魔石を使ったら、かなりかかるわよ。そう言うメリアに、ブレイズは武器関連はあまり口外しないように伝えた。


 ◇


「おう!ブレイズじゃねぇか。剣でもメンテナンスに来たのか!」


 鍛冶屋が立ち並ぶ区画の中で比較的大きな鍛冶屋の前に着くと、こちらに気がついた壮年の親方然とした鍛冶師が声をかけてきた。


「テッドさん、ご無沙汰しています」


 ブレイズさんは王都にきた理由を話した後、私を紹介した。


「辺境伯直属の錬金薬師のメリアスフィール・フォーリーフです、親方さんよろしくね!」

「おう、テッドだ。よろしくな!」


 今まで作ってもらった魔道具を見せながら今後色々注文したいことを話すと、テッドさんは任せろと胸を叩いて豪快に笑った。気さくな人みたいでよかったわ。


「そうそう、護身用の槍のメンテをお願いしたいの」


 あと、少しブレイズさんが槍の威力を見たいそうだというと、店の裏にある中庭の試し斬りスペースに連れてこられた。ここでも案山子が用意されていた。


「おう、こいつに向かって攻撃していいぞ」


 頷いた私は槍を中段に構えて重心を落とすと、軽く息を吸い込んだあと鋭く吐き出すようにして槍を鋭く突き出した。


 フッ!


 槍から飛び出た斬撃が雷を纏って案山子に吸い込まれ、中央に焼け焦げた穴を開け、そのまま後ろの土壁を穿った。フォレストマッドベアーに放った飛燕雷撃穿ひえんらいげきせんだった。


「まあ、こんな感じよ!」


 ブレイズさんにそういったあと、魔石の効果でガタがきてないか全体的に見て欲しいとテッドさんに渡した。


「お、おう。任せとけ・・・てか、錬金・・・薬師?」

「こんなの錬金薬師が持つものじゃないだろ」


 過剰防衛もいいところだ。それに、今ので技量の程もうかがえた。通りで盗賊に一人で向かったわけだ。


「癒し草が生えている高原までの山道でフォレストマッドベアーやフォレストウルフが襲ってくるから、鎌だとちょっと面倒くさくなったのよ!」


 そう言ってポーチから電撃の鎌を出して見せる。ウルフの首筋に鎌を当てて気絶させるには、結構体捌きでかわさないといけないから、山登りの途中でそれは十二歳にはきついのよ、そう言って笑うメリアに「そんなところ初めから行くな」と突っ込みを入れるブレイズ。

 とはいうものの、護衛する立場からすれば護衛対象が行くかもしれない場所を想定した武器を用意するに越したことはない。そう考えたブレイズは親方に聞いた。


「テッドさん、今の効果と同じ魔石に耐えられる剣はいくらくらいする?」

「騎士向けということなら耐久性に余裕を持たせて金貨100枚は欲しいな」


 手を口に当て、悩むブレイズさん。


「どうせ新調するならもっと派手な火炎斬撃剣とか周囲一体を凍らせる氷雪斬撃剣の方がかっこいいわよ!」

「何と戦うんだよ…」

「ファイアードラゴンとかアイスドラゴン?」

「死ぬわ!」


 大丈夫よ、さすがにドラゴン相手ならブレス対策に氷結の盾や炎熱の盾とかも用意するから。それに、精霊草が生えている場所は、大抵、ドラゴンの巣の傍だから・・・


「ドラゴンの巣から精霊草を取ってくるのが錬金薬師の卒業試験なのよ」


 そう言ってメリアは思い出すような遠い目をした。そんな卒業試験があってたまるかというブレイズに被せるようにメリアは言った。


「それに、お金は何十万枚も死蔵されたまま使う機会もないのに勝手に特許料で増えているし、今度は予算制限なしの剣や槍を作って見せてほしいわ。魔石に耐えらるかどうかで決めてたら釣り合わないじゃない」

「おもしれぇ、見せてやろうじゃねぇか。鍛冶師の最高の一品ってやつを」

「入手可能な最も大きい魔石三個を使って斬撃大強化、硬度大強化、大雷撃の三重魔剣・・・雷神剣を作りましょう!」


 ドラゴンでも一刀両断よ!おお!と両手を上げるメリアとテッド。

 まずい、相性が良すぎた。この二人は放っておいたらどこまでも突き進むタイプだ。そうブレイズは思ったが後の祭りだった。

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