第10話 二度目のドナドナ

「メリアスフィール・フォーリーフ、辺境伯の命によりお前を辺境伯領に連れていく」

「なんでよ!脱税はしていないはずよ!」


 脱税はしていなくても貴族社会のこの世界、いくらでもしょっ引かれる理由はあるのだ。理由はわからないけれど、またいつ帰って来れるかわからないかも知れないと思い、一通りの家財道具を魔法鞄に詰め込むから待ってほしいと騎士っぽい人に言うと、薬草や魔道具や食料を含めて全ての家財道具を魔法鞄に詰め込んだ。


「ドナドナドーナドーナー・・・」


 馬車に乗せてしばらくすると、意味もわからない歌を口ずさみ始めたメリアを見ると、気が触れたのかと騎士が話しかけてきた。


「何を勘違いしているかわからんが、領主のブラウン卿の要請により辺境伯がお前を保護することになったのだ」

「えっ?保護ってどうして?」


 どうやら領主のブラウンは寄親のファーレンハイト辺境伯への手紙を書き私を保護するように頼んだようだけど、保護される理由がわからなかった。それを聞いた騎士っぽい人は呆れたような声で宣った。


「お前な・・・四重合成を行える最高位錬金薬師であると同時に300立方メートルの魔法鞄をあっさり作れるものが護衛も付けずに一人でいたらどうなると思っているんだ」


 そう言って、先日、王都で開かれたオークションでの魔法鞄や上級ポーションの落札価格を教えられた。


「50万枚!たかがあんな容量で!?」

「たかがってどういう常識をしている!」


 別に1,000立方メートル以上あるわけじゃないし、上級ポーションくらい他に作れる薬師はいるでしょうと言うと、騎士さんは真剣な顔をしていった。


「いないのだ」

「えっ?」


 なんということでしょう。過労死したのは私だけじゃなかったのだ。私が死んだ後、どんどん需給は逼迫していき、一人、また一人となくなり、錬金薬師の家系は途絶えてしまったらしい。稀に市井で錬金術の素養がある者が生まれても、錬金術師が弟子に伝えるライブラリも途絶えた今となっては、様々な製法が失われており、上級以上は再現はできなかったようだ。そのような状況になって初めて国法で錬金薬師保護法が制定され、過労死しないような法的配慮がなされたらしいが、後の祭りだったようだ。


「えっ!つまり、まともな錬金薬師は私一人ってこと?」


 騎士さんは重々しく頷いた。冗談じゃないかと思って商業ギルドの会員証を取り出し残高を確認すると・・・金貨が約50万枚増えていた。まさかそんなことになっていたなんて。


「他の薬師はどうしているの?」

「王宮や有力貴族に保護されて負担にならない程度に中級ポーションを作りながら、失伝した上級以上のポーション作りを研究している」

「いや、そりゃ無理でしょ!」


 上級以上を師匠なしで作ろうなんて百年早いわ!そう言って爆笑した私を呆れながら騎士さんは言った。


「十二歳で何を言っている」


 そうだった。笑いを引っ込めて神妙な顔を作る私。無理でも無茶でも真面目に研究している人には悪いわね。


「仕方ないわね、数人なら弟子を取ってもいいわよ」

「弟子・・・」


 今度は騎士さんが変な顔をした。


「その代わり三食昼寝付きよ!」


 続けて言う私に胡乱な目を向けてきた。どうやら信用されていないようだ。まあ、当たり前か。それなら辺境伯の命令など無視して放っておいて欲しかった。

 いずれにせよ、短いスローライフの夢だったわね。心の中でそう呟いたメリアは、馬車の窓から遠ざかっていく街並みを寂しく見送った。


 ◇


「私はゲルハルト・フォン・ファーレンハイトだ」


 辺境伯領に着き、領都の辺境伯邸の一室に連れられた私は、辺境伯当主様に挨拶をしていた。


「お目にかかれて光栄です、辺境伯様。私はメリアスフィール・フォーリーフでございます、以後お見知り置きを」


 私は昔を思い出し胸に手を当て錬金薬師の礼を取った。そう、偉い人には染みついた習性で機械的に対応するのが気楽と言うものよ!などと言うしょうもない内心を隠して。


 ほぅ・・・と感心した様子を見せたかと思うと、まずは薬師の腕前を見せてほしいと仰るので、精霊草がなく手持ちの材料の都合で上級ポーションが限度ですがと断りを入れると、それで構わないとのこと。


 では、とメリアは腰のポーチから薬草と瓶を取り出し、両手の親指と人差し指の間に一本ずつ月光草を、中指と薬指の間に一本ずつ癒し草の計4本を手に持ち、自分の四方に瓶を置いて錬金を始めた。


「四重魔力水生成、水温調整、薬効抽出、合成昇華、薬効固定、冷却・・・」


 チャポポン!


 出来上がった真っ青なポーションを、近くの騎士の人に渡して元の位置に戻り、改めて辺境伯の方を向いて告げた。


「どうぞ鑑定を」


 胸に手を当て錬金薬師としての礼を取り目を伏せる。辺境伯は騎士の人に顎で指示し、執事っぽい人にポーションを手渡した。


「二本とも最高品質の上級ポーションにございます」


 執事っぽい人が辺境伯に報告するのが聞こえた。


「見事であった、そなたの安全はこのゲルハルトが保証しよう」

「はっ、ありがたき幸せにございます」


 などと機械的に返事をしてから頭ではどういうことよ!という声が出ていた。辺境伯は満足そうに頷くと、騎士の人に部屋に案内せよと指示を出した。

 まあ、後で騎士の人に聞けばいいか。メリアはそう結論付け頭を一層下げた。


 ◇


「ねぇねぇ騎士さん、さっきのどう言うこと?」

「お前さっきの殊勝な態度はどこにいってしまったんだ」


 呆れたように言う騎士さんに、


「偉い人には事態がよくわからなくてもマナー通りに対応するのが基本でしょ!」

「まあ・・・そうだな」


 イエス・オア・イエス、偉い人にはそれしかないのだから考えるだけ無駄なのよ、だからさっさとさっきの辺境伯様の言葉の意味を教えて?と言うと、ため息をついて騎士さんが言う。


「お前は辺境伯様の庇護下に入った。もう他の貴族からの指図は受けないということになる」

「えっ!それって家来的ななにか?」


 騎士さんは頷いて続けた。


「正式にはファーレンハイト辺境伯直属錬金薬師、それがお前の今の肩書きだ」


 なんということでしょう、私はいつの間にか辺境伯の家来になっていたわ!これから私は辺境伯邸の一室を与えられ、そこで住み込む流れのようだ。薬草採取とかどうするのか聞くと、そんなものは下男に指示すれば取りに行ってくれるそうだ。楽に・・・なったのかしら?


「でも、保護されても私は今更研究する事なんて残ってないわよ?」


 材料さえあれば最上級ポーションだろうがなんだろうが作れるのだ。強いて言えば、便利な生活魔道具の開発かしらね。そういう私に騎士さんが聞いてきた。


「便利な魔道具とはなんだ」


 私は魔法鞄に入れて持ってきた冷蔵庫やオーブン、コンロ、浴槽などを出して効果を見せると、職人さえ紹介してくれれば飛行船も作って空も飛びたいわと言った。


「まあ、それはおいおい話していけば良かろう」


 そして騎士さんはある部屋の扉の前に着くと、ここが私の部屋だという。私は部屋を開けて中を見てみた。24畳くらいの広いスペースの奥にさらにクローゼットルームや洗面所兼浴室っぽいのが見える。


「なにこれ!贅沢すぎない?」

「お前は錬金薬師をなんだと思っているのだ」

ていのいい便利屋」


 がっくりと肩を落として騎士さんは私に世間一般の錬金薬師の待遇を説明した。どうやら、辺境伯麾下の騎士たちからは錬金薬師殿と呼ばれるような立場らしい。


「えぇ〜!十二歳に殿はないわ、メリアって呼び捨てにしてよ」


 あ、メリアちゃんでもいいわよ、そう言う私にため息を吐いて騎士さんは「そうだと助かる」と言って、また食事の時間になったら来ると言って部屋から去っていった。


 ◇


「ブレイズ、錬金薬師の様子はどうだった」


「はっ!どうやら堅苦しい関係は苦手のようでメリアと呼び捨てにして欲しいと申しておりました」

「齢十二であれだけの礼節を身につけておきながらか?」


 辺境伯は先ほどの少女がとった錬金薬師としての年季すら感じさせる一分の隙もない礼を思い出して言った。


「はっ、“イエス・オア・イエス、偉い人にはそれしかないのだから考えるだけ無駄なのよ、だからさっさとさっきの辺境伯様の言葉の意味を教えて?“などと申しておりました」


 それを聞いた辺境伯は爆笑して「それは気が付かなかった」と言った。辺境伯とて、このような辺境で堅苦しい挨拶など煩わしいのだ。


「それでは、今後はわしにも堅苦しい挨拶は不要と伝えておけ」


 わしも慣れない態度に肩が凝ったわ。そう言う辺境伯に礼で返事を返したブレイズに、重ねて問いかけた。


「で、それ以外になにか言っておったか?」

「はっ、もう錬金薬師として今更研究することなど何もないと」


 最上級ポーションですら作れると。だから、生活便利道具や空を飛ぶ飛行船を作るくらいと申しておりました、そう報告したブレイズに驚く辺境伯。


「なんと、失伝したポーション作成方法も含めて全て習得していると言うのか」

「はっ、そういえば道中で数人なら弟子を取っても良いと申しておりました」


 ブレイズは、まともな錬金薬師は自分以外いないと驚いていた様子や、上級ポーション、300立方メートルの魔法鞄で金貨50万枚と、全く持って常識が抜け落ちているメリアの様子を話した。


「ですが、裏を返せば、その腕は全盛期の錬金薬師と遜色ないもの、と取れます」

「なんということだ・・・」


 辺境伯領に弟子としてあてがう錬金薬師はいない。こうなると・・・


「王宮に出仕させるしかあるまい」


 辺境伯はそう結論づけると、窓から王都の方角に目を向け、遠くを見つめるように目を細めた。

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