第9話 商業ギルドでの特許登録
「そのようなものは存在しません」
なんということでしょう、柔らかいパンはもとより石鹸もシャンプーもなかったわ!商業ギルドに中級ポーションを納めるついでに、魔導コンロ、オーブン、冷蔵庫を一通り持ち込み、天然酵母を使用してパンを焼いて見せたり、ハーブ石鹸やハーブ香油などを持ち込んで見せたりしたところ、どれひとつとして類似するものは出回っていなかったのだ。
「メリアスフィール様、特許登録をしましょう」
なんでも特許登録すれば使用料を払うことでそれらを利用した商品が流通する様になるだろうということだ。私は、コンロやオーブン、冷蔵庫、それから現在作成中のお湯沸かし機能付きの浴槽の魔道具の作り方と、天然酵母を利用したパンの作り方、ハーブ石鹸やハーブ香油の作り方を申請書に書いて提出した。特許料は、いつものように勝手に口座に入るらしい。
「・・・パン以外は、錬金術が必要ですね」
「石鹸は工夫すれば錬金術なしでもできる様になるかも」
こんな感じの蒸留器具で成分を取り出し・・・と、抽出に必要とされる器具の形状や、日陰で一ヶ月乾燥させるような代替案も追記した。
「なるほど、これなら大商会であれば大量生産も可能になるでしょう」
よし!これで自分で作る手間も省けそうだ。サンプルとして柔らかいパンを2個、石鹸と香油を少し置いていった。
◇
「ギルド長、メリアスフィール様が・・・」
「今度はなんだ」
提出された特許申請書とサンプルのハーブ石鹸とハーブ香油を差し出すと、商会に作らせたいというメリアの意向を伝えた。これだけのネタ、普通は自分で金儲けに使うもんだが、
「四重合成の錬金術師には時間の無駄か」
一分かからずに金貨100枚のポーションを作り出すメリアが、一般の生産者のように働いたら時間の無駄でしかない。
しかし、この魔道具もやばい。薪が一切必要ない上に火力も自由自在に設定できる。冷蔵庫があれば肉が長持ちし、真夏でも氷を作れてしまう。こんなの登録したら貴族が黙っていないぞ。
「錬金薬師殿は魔道具も一流か」
これで十二歳など天才過ぎだ。そう言ってサンプルのパンを頬張るギルド長。
「・・・うめぇ」
「そうなんですよ!」
訂正だ、料理もやばい可能性がある。既存のパンに我慢できず、こんなものを作るということは、それなりの舌を持っているということだ。おそらく常識の水準が違うのだ。
「それなりの規模の商会を集めて特許を利用した商品開発を勧めてみるか」
ギルド長はそう結論付けると、街の有力商会へ手紙をしたためた。
◇
「よう、レント。あの特許広報みたか?」
「ああ、どこの馬鹿だ?あんな旨いネタを開示しやがったのは」
「わからん、それをこれから聞けるんじゃないか?」
商業ギルドの会議室に集められた有力商会の商会長の面々は、互いに牽制しながら探りを入れ、どこの商会の特許でもないことを知ると首を傾げていた。やがて会議室にギルド長とカーラが入ってくると騒ついていた室内がやや落ち着いた。
「忙しいところ集まってくれて感謝する、早速だが送った特許の話だ」
「待ってくれ」
街でも一二を争う商会長が挙手して発言の許可を求めた。ギルド長が発言を促すと、こう述べた。
「あんな旨いネタを自分で商品展開しないわけがない。開示されたものよりいいものがあって、隠して罠に嵌めようとしてるんじゃないか?」
室内がざわついた・・・確かに、そう考えるのが自然だ。特許通りに大量に作った後に、それより優れた商品を流すことで損失を出させる。それくらいしか、あんな商品を他人に作らせる訳が思いつかなかったのだ。
しかし、そんな声を振り払うようにギルド長が手を振って答えた。
「それはない。発案者はこれらを使った事業をする暇がないんだ」
「暇がなくても手下にやらせればいいだろう」
「あ〜・・・」
そうだそうだ、その時にギルドとして補償してくれるのかと囃し立てる商会長たちに、ギルド長は少し悩んだような顔をした後、こう話した。
「発案者は、あのポーションの作成者だ」
ざわついていた会議室が静まり返った。若いから手下もいないし、こんな
発案者、メリアスフィール・フォーリーフ。噂の薬師の名前が知れた一瞬だった。名前からして女性なのだろう。しかもギルド長によると若いという。ならば未婚なのではないか?つまり、この商品を作れば・・・
ダンッ!
「このレント商会に任せてほしい!」
会議室の長机を叩きつけるようにして起立したレントは声を張り上げた。
「なっ!抜け駆けは許さんぞ!」
「わしのガトー商会が専任使用料を払う!」
一気に修羅場と化してしまった。最高級の中級ポーションを作りだし魔道具をも生み出す。であれば錬金薬師ということだ。そんな金の卵の若い未婚女性とのコネクションが持てるなら、事業の成否にかかわらず専任使用料など安いものだ。
結局、収拾がつかなくなったので特許は共有使用ということで折り合いがついた。順序が逆になってしまったが、その後、詳しい説明とサンプルが提示され会合は幕を閉じた。
◇
同じ頃、王都で開かれたオークションで大きな歓声が上がっていた。
「ロットナンバー7、こちらが最高品質の上級ポーション五本セットとなります、スタートは金貨1万枚からお願いします」
2万、4万、8万!のっけから倍々で上がっていく。これがあれば古傷でも失った指でも完治する一品だ。最低でも一本一万枚だが、最高品質の上級ポーションが五本もあるのだ。貴族、それも武門の家であれば喉から手が出るほど欲しかった。結局、相場の三倍の15万枚で売れた。競り落としたのは元帥を務めるフォーブ侯爵家の執事ローランだった。
「これでぼっちゃまの傷が完治します」
幼い頃から支えていた侯爵家嫡男を想い、初老のローランは涙を流していた。
フォーブ侯爵家は武門の家だ。利き手の小指を失い十全に剣を振るえなくなった嫡男のために上級ポーションを探していたが、今では誰も上級ポーションを作成できる薬師はいなくなっており、高位貴族の保管庫に残るのみで市場からは完全に消えていたのだ。それが五本もある。これで膝などの古傷も含めて完治の目処がたち、歓喜に身を震わせていた。
「最後になります。本日の目玉、ロットナンバー8、こちらが300立方メートルの収納を可能とする大容量魔法鞄です、どうぞ!鑑定してください!」
おお〜!
各自鑑定をした結果に館内にどよめきが走った。馬車10台の収納をこれ一つで賄う。これを持って早馬に駆けさせれば、超特急での大量商品輸送、部隊の兵站輸送などが可能となるのだ。国宝級と言っても過言ではなかった。
「金貨1万枚からのスタートとなります、ではどうぞ!」
10万!20万!30万!初めから十倍スタートで三声で30倍に跳ね上がっていた。これが辺境の商業ギルドでお手軽感覚で作られたと知ったら卒倒するだろう。結局、金貨50万枚でグリーンライン公爵に落札された。
「これで北の長い国境線を守る部隊に対して機動的な兵站運用が可能になるな」
北の隣国に隣接する公爵領では、防衛ラインが東西に長く続いており、機動的な運用が求められていた。これで大量の物資の輸送が簡単に行えるようになると、公爵は満足した笑みを浮かべていた。
「それにしても、上級ポーションにせよ魔法鞄にせよ、このような品が市場に出てくるとは・・・」
公爵を含め、希少品が忽然と市場に現れたことの意味を推しはかると、一様に目を鋭くさせた。そう、貴族たちが知らない、これらを作れるものが現れたということ。その可能性に思い至った貴族たちは、オークション会場を後にすると調査を進めることになる。
◇
そんな世間の動きも知らずに、メリアは市場からの帰りがけに鍛冶屋で受け取った浴槽を風呂場に設置し入浴を楽しんでいた。
「はぁ〜生き返るわぁ〜」
十二歳のセリフではなかったが、気持ちよさそうに湯船に浸かるメリアは、ようやく文化的な生活を送れるようになった実感に身を委ねていた。考えてみれば十歳で両親が亡くなってからというもの、ずっと働き詰めだったのだ。それがお金に不自由がなくなり、衣食住、全て満ち足りた状態となり、気が緩んでいた。
「もうこのままチンタラとポーションを作ってスローライフを楽しめそうね」
後は冷暖房器具を備え付ければ完成ね。そう言って頬を緩めるメリアの平穏な日々が終わりを告げるのは時間の問題だった。
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