第1章

1話 千年後

 2×××年、世界は大きな革命を起こした。

 通称、大機械革命ビッグマシーンレボリューション

 文字通り機械技術が進化したのだ。


 千年以上前のエルトリア崩御後、エルトリアの機械文明は使い道はどうあれその技術は素晴らしいものだと、とある学者がそれを提言した。


 それ以降、帝国の技術は世界中に頒布。特に日本はその技術が上手く馴染み、世界でも飛躍的な進歩を遂げたのだ。


 特に注目すべき点は、サイボーグやアンドロイドなどの機械生命体、すなわち“機械人”だ。

 技術が発展したことでそれまでモノ同様だった存在が、一気に人間と近しい存在へと進化を果たし、新たな人種として認められた。

 日本は特にその発展が目覚ましく、国の人口のおよそ約三分の一がこの機械人だ。


 しかしながら、当然この日本もかつてはエルトリアに支配されていた国の一つ。千年前とはいえ機械に対する不信感は未だにまだ存在はしている。

 長い間刻まれた敵対意識はなかなか拭えないのだ。


 だがそれでも今はやっとマシになった方だ。目立った動きでもない限り、共存は可能なのだ。

 そんなあやふやな事情を抱えて、今日と言う日は流れていく。


 映像はそこでエンドロールが流れた。

 座って見ていた少女は目を輝かせていた。


「すごい……!」


 黒いショートを小さく二つに結んだ、ちょっと幼い顔立ちの少女。翡翠色の瞳はまるで宝石みたいに輝いていた。


「やっぱり借りておいて正解だった……!! エルトリアの歴史と日本の今……!!」


 その後ろで眼鏡をかけたおかっぱ頭の少女が、感動しているのか泣いている。


「百年くらい昔のDVDだけど、借りた価値あったな……!」


 さらにもう一人、ガタイのいい男子がうんうんと頷いていた。


「どおっ!? 大空さん! 大空さん向けに用意したけど!」

「すごく面白かった……! なんか、SFチックでわくわくします……!」

「ありがとおーっ!! そう言ってもらえると嬉しいよおーっ!!」


 おかっぱ頭の少女が嬉しそうに少女に抱きついた。

 すると、後ろでガラガラと扉が開く音が聞こえた。


「終わったー?」

「あっ、部長! 今エンドロールが」

「そう? こっちも終わったから明日の打ち合わせやろうか!」


 大量の本を抱えて入ってきたのは、眼鏡を着け、顔は小さな卵型で、ふわふわのパーマが左に盛り上がったような変わった髪型の少年だ。

 部長と呼ばれたその少年は、本をとりあえずテーブルに置き、机を寄せ集めていく。


「……というわけで、明日はいよいよ旧エルトリア領地内研究所ツアーになりまーす!」


 三人がパチパチと拍手する。


「ああ、尊い……!! ついにこの日が来たのね……!!」

「改めてみるとよく許可通ったよな……」

「許可? 許可が必要な場所なんですか?」

「そりゃそうよ!!」


 おかっぱ頭の少女がずずいっと迫る。


「明日行く場所は何と言っても、かつてエルトリアが重要視してた超貴重なスポット!! 多くの兵器を生み出した負の遺産でもあり、当時の姿そのままに残された貴重な場所なの!! だから普段は許可取らないと入れない場所なんだけど、それを!!」

「僕の姉さんの研究チームが領地内で調査するから、そのツテで許可されたって訳」

「さっすが咲世子のあねさん!!」

「やっぱり姉さんいるといないとではこうも格が違うって言うか……」


 二人共にその咲世子と言う女性を崇めた。


「いやいや大袈裟な……ただの機械人専門のお医者さんだよ? 調査だって、機械人の高齢化が見え始めてるから、治療とかに困らないようにって始めたんだから」

「そっか。昔の構造とかを知るために調査するんだ」

「そういうこと!」


 すると少年は、さっきテーブルに置いてきた資料の数々を持ち出した。


「はい! これが必要であろう資料! 今日は予習も兼ねてしおりを作ろう!」

『おー!』

「あっ、ごめんなさい! 私そろそろ帰らないと!」


 少女が腕時計を見て慌てて立ち上がった。


「ひょっとして夕食当番か何かかい?」

「そんなところかな。買い物に行かないと」

「じゃあしおり作りは任せて! 大空さんは明日を楽しみにして!」

「あ、はい! じゃあまた明日!」


 少女、大空美香は急いで校内を抜けた。

 未来学園。

 所謂フリースクールと呼ばれる学校だ。なので登下校は各々の自由だ。

 美香は商店街のスーパーで食材を買い、レジ袋を抱えて町を歩く。買い物を終えた頃にはもう夕方から夜に変わろうとしていた。小さな住宅街に着くと、美香はレトロな感じが漂う古民家に入ろうとした。


 すると、民家の玄関が開いた。ひょっこりと現れたのは、幼稚園ぐらいの小さな女の子だ。


「あー、みかちゃんだー!」


 女の子はぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「あっ、ただいま、ちぃちゃん」

「おかえりなさい、美香ちゃん」


 玄関からエプロンをつけた女性が出てきた。優しい雰囲気を醸し出した茶髪の女性だ。


「足りないものの買い出し、ありがとうね」

「いえ、いつもお世話になってるので!」

「みかちゃんプリンはー?」

「こら、千枝!」

「あ、買ってきたよ、お土産」

「ごめんなさいね。あとでお金払うから」

「いえいえ! お気になさらず!」


 家に入り、食卓につくと三人の住人が待っていた。


「おーう、美香ちゃん! おかえり!」

「おかえり」

「美香ちゃん早く早く! お腹ぺこぺこだよ〜!」


 頭にタオルを巻いた中年の男性と、ぶかぶかのブルゾンを着た少年と、花柄のワンピースを着た美香よりちょっと小柄な少女。


「あっ、プリンとアイスにゼリーまで!? 待ってて! 冷蔵庫の空き作ってくる!」

「ほおー、これまたたくさん買ってきたな?」

「何がいいかわかんなくてとりあえず……」

「酒はっ?」

「……未成年なので」

「今日は学校どうだった?」

「え? うん、楽しかったよ。明日は部活関係でお出かけ」

「そっか」


 すると、少年がポケットから小さな飴玉を取り出した。


「あんこ飴持ってく?」

「あー、じゃあ一つだけもらおうかな」

「康二さん。ご飯の前に義足の充電したら? 結構使いっぱなししてたでしょう?」

「おおっと、そうだな」

「はい。ルカ君も充電」

「ん」


 男が座高が高い椅子に座ると、左足、正確には義足となった左足を慎重に外した。義足は鉄製の丈夫な義足だ。

 一方で少年も、女性から渡されたケーブルを自身のうなじに接続し、コンセントに繋いだ。


 男、立川康二と、少年、ルカ。

 この二人はこの民家に住む三姉妹、黛穂乃果・明里・千枝と血縁関係はない。

 この民家、実は所謂シェアハウスなのだ。

 シェアハウス秋桜コスモス

 それがこの民家の名前だ。

 立川康二。三十六歳、独身。

 土木工事専門の企業に勤めている。左足は現場での事故が原因で義足になっている。

 ルカ。彼はアンドロイドだ。

 元々彼はスキャンダル週刊誌の専属カメラマンアンドロイドだったのだが、週刊誌の編集社が潰れて追い出されたため、このシェアハウスに引き取られたのだ。現在は野鳥観察の仕事をしつつ、黛三姉妹の手伝いをしている。

 当然美香もこのシェアハウスの住人だ。

 元々彼女の実家である大空家と黛家は親戚同士の縁で、美香自身も三姉妹とは古い仲だ。


「明里ー! お皿並べてー!」

「はーい」


 やがて食卓にカレーやらサラダやらが並べられた。


『いっただっきまーす!』

「……っぷはあっ! やっぱり飯時のビールは格別だな!」

「ねーちゃん、卵乗っけて〜」

「はいはい」


 みんな揃っての夕食はやはり格別だ。美香もカレーを食べながらそう噛み締めた。


〈──では次は地震のニュースです。先ほど東京渋谷区を中心に、マグニチュード3.5の地震が発生しました。この地震による津波の警報はなく、現在怪我人の情報は発表されてません。また、公共交通機関の影響は現在…〉


「あら、また地震だわ。ここのところ最近多いわね……」

「ああ……今月に入って三回目か? うちも資材運搬がどうのって頭を悩ませてんだ。ま、自然災害はどうしようもないよなあ……」

「美香ちゃんと明里、明日部活動でしょう? いつ地震が起こるかわからないから気をつけなさいね」

「ラジャー!」

「は、はいっ」


 ここのところ最近地震が多い。まだ4以上のマグニチュードは出ていないため、大した被害はない。ただの偶然でいいなと美香は安易に考えていた。


 その夜、穂乃果に頼まれて美香は千枝に絵本の読み聞かせをしていた。

 タイトルは、ピノキオだった。


 昔々、あるところにゼペットさんと言う心の優しい時計職人さんがいました。

 ある日、彼は木で出来た操り人形を作り、その人形に“ピノキオ”と名前を付けました。

 ピノキオが完成したその日の夜、ゼペットさんは星に願いました。


「どうかピノキオが本当の子供になりますように」


 その願いはちゃんと届いていました。

 ゼペットさんが寝た後、星の光に乗って女神様が現れました。


「木で出来た操り人形さん。おじいさんの願い通り、あなたに命を吹き込みます。良い子でいたら、あなたを本当の子供にしてあげますからね」


 ここからが本番というところでふと見ると、千枝はもうすでに寝落ちしていた。


「ええ〜……? まだ序盤なのに?」


 一緒にいた穂乃果がくすりと笑う。


「よっぽど美香ちゃんの読み聞かせが心地よかったのかしらね」


 美香は一人で絵本を読む。

 記憶通りなら、ピノキオは命を吹き込まれ、様々な出来事を通していくうちに心が芽生え、やがてゼペットさんを守るために命を落とすも、女神様によって人間として蘇るはずだ。知ってるはずなのに、何故か何度も見てしまう。


「……美香ちゃんは何かある度にこの絵本を読んでるわね」

「あ、はい。なんか無意識のうちに読んじゃって。このピノキオ、なんか昔の私にも似てるからかも」

「美香ちゃん……!」


 はっとなった穂乃果はぎゅっと美香を抱きしめた。


「ほ、穂乃果さんっ?」

「……大丈夫よ。もうあなたは一人じゃないもの。ちゃんと人間らしさだってある。だから、自分を悲観しないで」

「……ん。ごめんなさい」

「わかれば良いのよ。さ、美香ちゃんも早く寝ちゃいなさいな」

「はーい」


 穂乃果に言われて、美香も自身の部屋のベッドに潜る。布団が心地いい。当たり前だが美香にとっては大事だ。


「……お姉ちゃん」



 そして翌日、天気は快晴。


「ついに! この日が! 来たわねっ!」


 おかっぱ頭の少女、石塚環が声高らかに歓喜する。


「おい、石塚。部長よりしゃしゃり出ちゃ駄目だろ」

「いいよいいよ。気にしてないから」

「姉さん! 今日は本当にありがとうございます!」


 環が頭を下げている相手は、黒い髪に白衣を着た女性だった。


「いいわよ。可愛い弟からの頼みとあれば喜んでってやつよ」

「ね、姉さん! 恥ずかしいから……」


 彼女の名前は、野々村咲世子。

 眼鏡の少年、野々村宗介の姉に当たる。前述した通り、機械人専門の医師をやっている。


「じゃあ私は調査に入るわ。現場にみんなを待たせているから。何か新発見があれば教えて頂戴ね」

「了解であります!」


 咲世子は自前のワゴン車を走らせ、調査現場へ向かって行った。


「それじゃあ、私と立花君は資料館から行くわ。二人は予定通り研究所に行くんでしょ?」

「うん。色々現場の写真撮りたいし」

「じゃ、集合場所はここで」


 四人は二手に別れた。

 美香と宗介は研究所と指定された場所へ向かった。

 たどり着いた場所は、洞窟だった。

 立っている看板には“旧エルトリア研究所A支店”と書かれている。


「ここが研究所? 何で洞窟なんだろ?」

「洞窟は秘匿性が高い場所だからね。地下もあるし、秘密の研究をするにはうってつけの場所ってことだよ」

「なるほど」


 洞窟へ入ると、中はひんやりしてちょっと不気味だ。


「ち、ちょっと怖いねっ?」

「これも秘匿するためのカモフラージュかもだね。近寄りがたいって雰囲気を出すために敢えてこの場所にしたのかも。きっとその分、まだ公にされてない秘密の情報とかも……!」


 宗介の目が輝いている。よほど未知の情報に関心を示しているのだろう。


「……あっ、ごめん。引いちゃった?」

「ううん、全然。楽しそうだなあって思ってた」

「あはは……美香ちゃんは優しいなあ。でも改めて思うけど、ちょっと意外だったよ。まさか美香ちゃんがうちの部に入るなんて。うちって他の部活と比べると何というか、こう……結構インドアな部分があるというか。美香ちゃんにとってはちょっと物足りないんじゃないかな?」

「そんなことないよ! 本当にそう! フリースクールに入ったばかりの私を、三人共優しく歓迎してくれたし、機械には疎いけど勉強にはなるし、良いことはいっぱいあるよ。入ってて良かったなあって本当に思う」


 美香の優しい笑みに、宗介はつい照れてしまう。


「そ、そうっ? それは何よりだよ」


 そうこうしている間に、二人は最初の目的地に着いた。


「着いた! ここが最初の目的地、資料室だ!」


 そこはたくさんの機材が並べてあり、巨大なモニターが佇んでいた。


「資料室?」

「文字通り資料を保管する場所! ここに色んなデータが保存されてるんだ」


 宗介はモニターと接続されているだろう操作パネルに近寄った。


「ここはもうすでに観光用に改良されてあるから、色々操作しても問題ないんだ」


 思いついたように宗介はパネルを操作する。


「えーっとそうだな……とりあえず何を研究していたかを見てみるとして……」


 手当たり次第にスイッチやキーボードを操作する宗介。美香にはなんのこっちゃなので、とりあえず周りを見回す。


「ん?」


 ふと美香は視線を止めた。鳥かごの様なアーチの様な変わった機材だ。とりあえず美香はその中に入る。


「何だろう、これ?」

「んー、あっ、これならどうかな?」


 宗介はペチペチとキーボードを入力する。すると、アーチからパチパチと電流が流れてきた。


「えっ、えっ!?」


 明らかに起動している。


「ちょっ、宗介君! 宗介君!」


 美香が呼びかけるが、本人は自分の世界に没頭しているのか全く応じていない。やっと気づいた時にはすでに激しく電流が流れていて、明らかに何か起きそうな状態だった。


「? ええええええっ!? なんか起動してる!?」

「そ、宗介君っ!」

「だ、大丈夫! 動かないで! 多分それワープ装置だ! 待ってて! 僕もすぐに追いつくからとりあえず……あっ!」


 途中で美香は光に包まれて消えてしまった。


「た、大変だ……! なんとかしなきゃ!」



 やがて光が収まると、美香は見知らぬ地にいた。どうやら本当にワープしたようだ。


「ほ、本当にワープしちゃった……ていうか、ここはどこっ?」


 目の前には巨大な鉄製の扉がある。明らかにさっきの所とは違う。


「おっきな扉だなあ……」


 興味を持った美香は扉に触れてみた。


〈認証確認〉


「ふえっ!?」


 扉がゆっくりと開きだす。


「あわわっ、なんかまずいっ?」


 扉が開ききった。ずっと閉ざされていたのか、何かの空気が流れている。美香は恐る恐る中を覗いた。

 部屋の中にはさっきの資料室よりも多い機材やらモニターやらが並んであった。見た感じ何かを研究していた部屋のようだ。誰もいないことを確認した美香は、とりあえず中に入ってみることにした。

 入ってすぐだった。目の前に巨大な長方形の箱があった。箱、というのはちょっと違うだろう。これはおそらくポッドだ。そのポッドからは無数のコードが繋がれており、まるで何かを保管しているようにも見える。


「……」


 一際目立つその器具に目を奪われた美香は、恐る恐るそれに触れてしまった。

 指先一ミリがポッドに触れたその時だった。


〈生体認証を確認。全ロックを解除〉


 ポッドに電流が走ると、ゆっくりと動きだした。


「えっ、あっ、あ……!?」


 何かまずいことをしたかと美香は慌てふためき、とりあえずその場から離れた。

 すると、ポッドからプシューっと煙が吹き出し、ゆっくりと蓋が開いた。


「……!?」


 蓋が開くと中に何かが入っていた。


「え……!?」


 入っていたのは、“人”だった。

 いや、それは果たして人なのだろうか。

 足は黒い甲冑の様なもので出来ており、上半身は銀色と白色で分けられたボディースーツみたいなのを着用し、心臓部に値する場所には青い球みたいなのが埋め込まれている。えんじ色の髪に何かの装飾が施され、首には赤いマフラーみたいなのが巻かれている。

 見た感じ男、青年だった。青年が眠っていたのだ。


 これが最初の出会い。

 最初に動きだした運命であることを、まだ誰も知らない。

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