第3話 アリガトウ


 俺は女の子に向かって頭を下げた。それから、


「ありがとう!助かった! もの凄いマジックだね。どこから炎出したの!?ヒグマだけに火熊になってたw」


 あまりの興奮に大喜利をかます始末。


 あれだけの炎を出すには大量の可燃ガスが必要だ。しかし彼女は全裸。まぁ俺も全裸だけど……。種も仕掛けもわからなかった。異世界から転移してきた魔法使いですって言われたら信じちゃうよ。それくらい凄いトリックだった。


 やはり言葉は通じないようで、彼女は困り顔をしている。


「ありがとう! ありがとう!」


 とにかくお礼を言った。彼女は命の恩人だ。すると、


 ぐぅ〜〜〜


 彼女のお腹が鳴った。腹を抱えて恥ずかしそうな顔をしている。腹減ってるのか?


「あ、そうだ、チョコ食べる?」


 バッグの中にチョコのお菓子が入っている。銀紙に包まれた粒タイプ。

 俺はそいつを一粒彼女に渡す。女の子は手渡されたそれを不思議そうに見て匂いを嗅いだ。それから指で突いたりしている。


 嫌いだっかな?いや、食べ方がわからないのか?


 俺はもう一粒取り出すと女の子に見せる。そして銀紙を剥いて中身を見せてから自分の口に入れ噛んで飲み込んだ


 うん。甘い。


 俺の動作をじーっと見ていた彼女も同じ行動取り、チョコを頬張った。

 すると青い瞳がぱぁーっと輝く。


「ンンーッ! イシイッオ!」


 めっちゃ笑顔だ。気に入ってくれたようだ。

 チョコの袋、パッケージは開けたばかりで30個入りだからまだたくさん入っている。


「これ良かったらどうぞ」


 俺はパッケージごと彼女に差し出す。全部あげることにした。

 彼女はそれを一瞬見詰め、袋に手を伸ばす。俺は笑顔で頷いて、


「どうぞ、全部上げます」


 そう言いながら彼女の手に押し付けた。

 受け取ると彼女は俺の顔を見て笑う。そして――、


「 ア リ ガ トウ 」


 そう言って頭を下げた。

 俺はその言葉や仕草が凄くうれしくて笑顔になった。



 女の子は岩に腰掛けチョコを食べ始めた。物凄い勢いで食べている。そうとう腹を空かせていたようだ。


 バッグの中に未開封の紅茶のペットボトルが入っていたから、それも彼女に差し出した。


「これ、どうぞ」


 彼女は受け取るとひっくり返したり振ったりしている。


「貸して」


 彼女の手からペットボトルを抜き取るとキャップを開けた。で、口に近付けて飲むジェスチャーをしてから、彼女の手に返す。するとペットボトルを恐る恐る口に運び一飲みした。


「イシイッオ! イシイッオ!」


 気に入ったようでゴクゴク飲んでいる。「イシイッオ」は美味いって意味なのか……。でまた俺に頭を下げた。


「アリガ トウ」


「いえいえ」


 俺は笑顔になった。

 彼女は銀紙を剥いたチョコに手を翳し。


「モーエモーエキュン」


 ふえ? そう言うと彼女の手からキラキラ輝く白い光が出てチョコを包んだ。色々突っ込みたいが、手から光が出たことに驚いた。どんな仕掛けになってるんだ!?

 彼女はそのチョコを俺に差し出す。


「……ン」


 食べろってことか。俺はチョコを受け取り口に放り込んだ。


 あれ?味は変わらない……でも、なんだろう……、幸福感というか安心感というか……心が落ち着くぞ。不思議だ。仕事でイライラした後の休憩の一服のような感覚。

 メイド喫茶の美味しくなる魔法なんて信じてなかったけど、あれ本当なんだな……。


「美味いよ。ありがとう」


 そう言うと彼女は嬉しそうに微笑む。それで自分が食べる分にも魔法を掛けて口に頬張ってた。


 結局彼女はチョコを全部食べた!

 食べ終わると俺は温泉から上がってタオルで体を拭き服を着る。すると彼女も温泉から上がって服を着ようとしたから俺のバスタオルを無言で差し出した。

 俺が使ったのなんて嫌がるかと思ったが普通に体を拭いてた。


「ここから街まで20㎞くらいある。車で送るよ」


 彼女は首を傾げている。やはり言葉は通じない。……つかここまでどうやって来たんだろう?


 お互い着替え終えてから俺は自分の胸に手を当てて


「桜沢涼…… さ く ら ざ わ  りょ う 桜沢涼」


「サクラザワ リョウ?」


「うん! 桜沢涼……りょう、りょう、りょう」


「リョウ!」


「うん! りょう……君は?」


 俺は胸に当てていた手を彼女に差し出した。


「マーイ・リッツァリッツ」


「マーイ リッツァリッツ…………マーイ」


 彼女は笑顔で頷く。

 それから俺は林道を指差し歩き出すと彼女も後ろからついてきた。




◇◇◇



 時を同じくして涼の元妻、幾島優香と間男、托間達也はデパート駐車場に車を停め、話しをしていた。運転席に達也が座り助手席に優香が座っている。お互い家族に内緒で二人は密会していた。


「奥さんから慰謝料400万の請求が来たんだけど……私お金ないし払えないわよ。そもそも達也が悪いんじゃない。ゴム、コンビニに捨てて言ったのにうちのゴミ箱に捨ててさ。綾だって妊娠した時、堕胎おろすって言ったのに旦那の子にして育てろって」


 達也は更に二人、三人とつくる積りでいた。


「悪かったって、慰謝料も嫁に相談しとくから」


「信じられない。いつも嘘ばっかり適当なこと言って!」


 優香の言う通り達也は悪いと思っていないし、慰謝料も涼に取られた400万を優香から回収する積りでいた。


「奥さんとだって……、別れるってずっと言ってたのに全然別れないじゃない!」


「今は時期が悪いけど必ず別れるよ。つかちょっと車走らせるわ」


「どこ行くのよ?」


 優香は達也を睨むが彼はへらへら笑っている。


「あ?ラブホだよ」


「ふざけないでよッ!バッカじゃないの?行くわけないでしょッ!」


「あぁーもう、うっせーな。ちょっとここいじりゃ、すぐその気になるくせに。どうせ今日もその積りできたんだろ?」


 そう言いながら達也は優香スカートの中に手を突っ込む。

 図星だった。優香は一番お気に入りの下着を身に着けここへ来ている。しかしそれは達也の態度次第、もう体を許す気にはなれなかった。

 更に機嫌を悪くした優香は達也の手を振り払うと助手席のドアを乱暴に開け外へ飛び降りた。

 そして車内を覗き込み。


「ホテルに誘ったこと、奥さんにバラしてやる」


 そう言って歩き去る。優香は歩きながら思う。


(涼はお金持ってる。たぶん7、8000万は……、こんなサイテーなヤツに何で今まで振り回されてたんだろ。今ならまだ間に合う。涼は私の体が好きだからこっちから誘えば絶対にやりたがる。涼に会いに行かなきゃ!)


「おい!待てよ!」


 車から降りた達也が歩き去る優香の後ろから飛び付いた。


「車乗れって!」


「いやよッ!」


「ちっ、あばれんなよ!」


 ボフッ!


 暴れる優香の腹に達也は思い切り拳を打ち込む。

 みぞおちにもろに入った優香は腹を抱え蹲った。かなり痛そうで肩で息をしている。


 無理やり車に乗せられた優香は人気のない河原に連れていかれ夜になって解放された。


 たっぷり楽しんだ達也は意気揚々と家へ帰るが――。

 デパートの防犯カメラに一連のやり取りが映っていて、警備会社から警察へ通報が入り、車のナンバープレートから達也の家を特定されていた。

 家に帰った達也は待ち構えていた警官に婦女暴行罪の容疑で逮捕される。この事件が切っ掛けで彼は会社をクビになり妻と離婚する。





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