第3話 人前の恐怖

駅には見世物小屋を運営している女が迎えに来てくれた。

車に揺られること一時間。東京の大きな護国神社の参道脇に建てられた小屋に向かった。桧佐の外での移動は小さな台車を利用しているので、人の手助けが必要だが、屋内では膝までの足と肘までの腕で歩ける。

「ささ、自分で入れるかい」

見世物小屋に隣接したトタンとベニヤ板で作られた粗末な小屋の中には、4人の女が暮らしていて、みんな一斉に桧佐を見た。

「まあ、かわいい」

二十代前半に見える女が寄って来た。桧佐は少し戸惑いながらも、部屋の中を見渡した。外観とは違ってとても家庭的で温かい雰囲気が漂っている。

小屋の団員は、ここにいる女衆と、他に男が五人。

桧佐が不思議に思ったのは、近寄って来た若い女も、迎えに来た女も、他の三人も、車を運転していた男も、見た目が健常者だったことだ。

「さあ、中に入って座りな。長旅で疲れただろう。元気に見えても五体満足ではないんだ。自分で思うよりも身体的負担は大きんだよ」

迎えに来てくれた女はとてもやさしかった。周りは彼女のことを「お母さん」と呼んでいた。

「桧佐ちゃんっていったっけ。わたしたちも自己紹介するね」

女はそういって、自分の名は雪だといった。歳は17歳と聞いて驚いたが、さきと名乗った女は16歳だった。他に、女将のお虎さん、この人は60代だという。そして美祢子みねこ彼女は26歳。座っていてわからなかったが、お虎さんは小人症で、夫がいて、夫も同じ病だ。こことは違う別の小屋に住んでいるらしい。

雪とさき、美祢子は健常者だった。聞いた所、運転手のてっちゃんも、他の男衆も健常者らしい。裏方さん以外はみんな特別な芸を持っていて、それを披露しているのだと。

「ねえ桧佐ちゃん、わたし蛇使いなんだよ」

さきはそういうと、自分の後ろにある、大きな木箱をトントンと叩き、立ち上がり蓋を開けた。

「その中に蛇が入っているのですか?」

桧佐は恐る恐る聞いた。

「そうよ、見る」

「いえいえ、わたし、蛇なんて雑誌で見ただけで、実物を見たことないので」

「そうかー、家からい一歩も出して貰ってないんだったよね。可哀想に酷い事する親もいるもんだね」

「いえ、あの閉じ込めていたのは義父でして、実の母も祖母も、とても可愛がって育ててくれました」

「そうかー、おいでー」

さきは桧佐に手招きをすると、木箱の脇に立たせた。

「親の悪口いってごめんね」

さきは小さくいうと、木箱の中の毛布を一枚、一枚取り出し、蛇のくるまる毛布を広げた。

「おとなしい蛇だよ。ニシキヘビっていうんだ。触ってみる」

そういうと、さきは桧佐の返事も待たずに、両手でおもむろに蛇の胴体を持ち上げ、桧佐の頬につけた。

「冷たい」

「冷たくて気持ちがいいでしょう」

「うん、うん気持ちいい。ぜんぜんザラザラしてない」

「蛇って聞くだけで、みんな気持ち悪いとか毛嫌いするけどさ、蛇でも付き合ってみると、なかなか可愛いもんだよ」

「そうですよね、わたし、さきさんが蛇女だと聞いて、少したじろいでしまいました。すみません」

「いいよ、いいよ、そんなの。ただわたしは蛇女ではなくて、蛇使いだからね。それに、さきさんはやめて。桧佐さん年上なんだし、さきちゃんでいいから。わたしも桧佐ちゃんて呼ばして貰うしね」

そういってさきはウィンクして見せた。さきは本当に美人だった。黙って座っていたら西洋の人形と見間違う程の美形だ。さきがどの様な経緯で、この見世物小屋に来たのかはわからないが、さきや雪のように、人懐こくやさしい子たちと仕事が出来ることを知り、桧佐のそれまでの不安が掻き消されてゆく。

「温かいお茶飲んで」

桧佐の座る卓の前に、お虎が煎茶を置いた。

「丸一日、列車に乗ってたんだ、風呂に入りたいだろう。もう少ししたら銭湯に行こうと思うけど、あんたどうする」

お虎は桧佐の身体をマジマジと見ていた。

「人前では恥ずかしかったら、楽屋に大きなタライを置いて、そこで身体を流すといいよ」

「お気遣いありがとうございます。でも、もし良かったら、みなさんと一緒に銭湯に行かせて貰えませんか。台車を引いて貰ったり、お手数はお掛けするのですが」

「あっそう。なら一緒に行こうよ」

それから暫くして男も含めた全員で銭湯まで歩いて行った。神社から徒歩5分くらいの場所に大きな銭湯があり。まだ夕刻前だというのに人で混みあっていた。

「桧佐ちゃん、大丈夫」

脱衣所で雪はしゃがみ込み、桧佐に大き目の手拭を渡してくれた。

「これまでもひとりでお風呂に入ったり、階段を上がったり下がったり、してたから平気だよ。ありがとう」

「そうなんだ。凄いね。でもここは人が多いから、わたしが後ろから見張っててあげるね」

「そうしてくれると助かるわ」

身体も髪も洗い終わり、浴槽に浸かると、それまで入っていた人たちが出て行ってしまった。地元の町の駅から、ここまで来る過程で感じていた、想像以上の人の視線。それが丸裸になる銭湯なら尚更のことだった。

「でようかな」

風呂を出ようとすると、雪が桧佐の腕を引いた。

「気にしちゃ駄目。これから、もっともっと好奇の目で見られる。わたしたちの仕事は見られてなんぼなんだよ」

「そうよね、そっか」

「そうやって浸かってると、ぜんぜん普通に見えるのにね。肌も白くてきめ細やかで、とっても美しいと思うよ」

湯の中でそう話す雪は、湯気に包まれ汗をタラタラ流していたが、無邪気な笑顔が可愛らしかった。

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