第2話 見世物小屋へ
近所に住んでいる幼馴染の与志朗が、桧佐を荷車に乗せて駅まで送ってくれるというので、桧佐は素直に甘えることにした。
「だけど、なんで急に自立なんて」
「急なんかじゃないんよ、弟の才蔵と約束したの」
「才蔵か……」
与志朗は才蔵と仲が良かった。病の縁にいる才蔵から、くれぐれも姉を庇ってくれと託されていた。それなので、与志朗は十年前から、桧佐の義父の目を盗んでは、桧佐の家の庭の木に登り、彼女に本や飴などを届けていた。
「才蔵はね、高等学校へは進まず、十六になれば、わたしをあの家から連れ出してくれるといってくれたの。嬉しかった。その言葉を聞いた時、二十歳になったら、わたしは家を出て自立するのだと決めたのよ。もちろん才蔵には進学して欲しかったし、それがわたしの願いでもあったのだけど」
叶わなかった……そうつぶやいて、桧佐は荷車に背を凭せ掛け、去り行く村を見ていた。外に出たのは幼い時の事なので、村に思い入れはない。木枯らしが舞い、長くつらい冬の訪れを告げている。
「それで、どこか行くあてでもあるんか」
「それがあるのよ」
「まじかよ!」
与志朗が急に荷車を止めるので、桧佐は転がりそうになってしまった。
「ごめん大丈夫か」
「大丈夫よ」
桧佐は唇を尖らせ、座り直した。
「それで何処に?」
「見世物小屋よ」
「見世物小屋!」
「もう、大きな声出さんで」
「見世物小屋って本当にいうてんのか」
与志朗は、荷台の柵を掴んで桧佐を凝視した。桧佐はいつものように笑っている。
「おばちゃんたちは知ってるのか」
「知ってる訳ないじゃない。言ったらあの家から出られなくなるもの」
「しかしどうやって、その、見世物小屋なんかと連絡を取ったんだよ」
「鎮守の夏祭りがあったでしょう。そこに見世物小屋が興行していなかった」
「ああ、確かなあ」
与志朗は腕組をし、顎を触って過去を探る目をしていた。
「そこに見に行った子供たちが話しているのを聞いたのよ。それで、わたしでも働けるかなと思って、手紙をね、渡したでしょう。送って欲しいって」
「あっあれって見世物小屋行きやったんか?」
「興行主のところ。与志朗さんが本や雑誌をたくさん持って来てくれたから、そこから捜し出して」
与志朗は再び、柵を両手で強く握った。
「お前、そこで何をするんだ」
「ばかねえ、わたしがそこで事務仕事でもするとでも思うの。もちろん舞台に立つのよ」
「馬鹿はお前だよ。舞台といってもな桧佐、小さな小屋で、動物と同じように見世物にされ、笑われたり、怖がられたりするんだ。見世物やねん、見世物。そんなの耐えられるんか。俺は耐えられん」
「耐えられるよ」
「桧佐っ!」
「もう与志朗さん、声が耳に響く」
眉を寄せて抗議する桧佐に、与志朗は頭を下げ首を振った。
「俺はむりだ。桧佐がみんなの笑いものになるなんて」
「与志朗さんは、どうしてわたしが笑いものになると思うの」
「そっそれは」
「聞いて、人間が肉体のみで生きている訳ではないのよ。心で生きるのよ」
この言葉を聞いた与志朗は、もうそれ以上何もいわなかった。列車の中まで桧佐を運び、売店で買ったお茶と菓子を餞別に持たせた。
「つらくなったら帰って来い。実家に帰り難かったら、俺の家に来るといいよ。お前ひとりぐらい面倒みてやるしな」
「それ、嫁に来いってこと」
「ちっ違う。なんだよもう」
「冗談よ、与志朗さん。すぐに真面目に受け取るんだから」
駅のホームに発車のベルが鳴り響いた。与志朗はホームに降り立ち、桧佐をじっと見つめ、出発してからも列車から目を離さなかった。
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