第9話 不穏な計画

 地獄のような夕飯が終わった。両親は消耗したのか、ふらふらとおぼつかない足取りで自室へと戻っていった。

 私は私でドっと疲れた。お兄様には庇っていただいたようなものだし、その点では感謝を述べる立場なのだろうけども。

 流石にアレで感謝は無理だ。夕食の席で、突然ショットガンが飛び出してきたようなもの。銃口を向けられていなくとも、恐怖と緊張で心臓が破裂しそうになるのと同じだ。

 だが私にはまだやるべきことがある。全くもって気乗りしないが、やらねばならないことがある。


「お兄様。八千流です。お邪魔してよろしいですか?」

『どうぞー』


 許可が降りたので、扉を開けてお兄様の部屋に入る。

 お兄様はベッドの上にいた。寝転がりながら携帯ゲームをプレイしている。枕元には大量の漫画も置いてある。

 およそ名家の御曹司とは思えない姿だ。部屋は使用人がその都度片付けているらしく整頓はされているが、それでもどことなくダラしなさが漂っている。


「そんなに僕の部屋が興味深い?」

「い、いえ。失礼いたしました」


 部屋を観察してたらお兄様に笑われてしまった。危ない危ない。あまり無作法なことをするべきではない。

 この程度で怒るような人ではないだろうけども、先ほどの姿を見ると不興を買うようなことは躊躇われる。


「あはは。そんなに怖がらなくていいよ。さっきのアレはただのパフォーマンスだから」

「……本当に察しが良いですわね、お兄様」


 内心の警戒を見抜かれ、思わず身体から力が抜ける。あまりの凄まじさに、身構えることが馬鹿らしくなってきた。

 ……変に考えるのはやめよう。お兄様がその気になれば、私は何もできないのだから。それなら力を抜いた方が気が楽だ。


「そーそー。それぐらいが良いと思うよー」

「……」


 力を抜いた途端にこの台詞。もはや何も言うまい。……お兄様、冗談抜きで読心系のアビリティでも持っているのでは?


「それで要件は何かな? まあ、さっきのことだと思うけど」

「その通りでございます。あれはどういうつもりなのですか?」


 雑談も程々に本題に移る。これ以上関係ない話題を続けていると、ツッコミが溢れそうで怖い。

 ……といっても、本題=さっきの威圧に触れることになるので、どっちにしろ気が気じゃないのだが。


「何故、あのような強引な手段をお取りになったのでございますか? そもそも私を鍛えるというのは?」

「んー、そうだねぇ。とりあえず順番に答えようか」


 そう言って、お兄様はまず一本の指を立てる。


「脅したのは単純な理由。あの人たちを相手にするなら、そっちの方が手っ取り早いから」

「……恐喝など、親に対して用いる手段ではないと思いましすわ」

「つまりちゃんとお願いしろって? ハハッ。ヤッちゃんはいい子だねぇ。──あの人たちの場合、それは悪手も悪手だよ。僕たちの親はね、人間社会に紛れ込んだ猿の類だし」

「っ……!」


 ゾッとした。薄々勘づいてはいたけど、今の言葉で確信した。

 ──お兄様、あの両親のことを『親』だとは一ミリも思っていない! それどころか、人類とすら認識していない……!


「ヤッちゃん。畜生相手に下手に出ちゃ駄目だよ? そんなことしても付け上がるだけだもの。上下関係を刻みつけて命令するの。じゃないとアレは使えない」

「……親としては最悪の部類なのは認めますが、私たちは仮にも子として養ってもらっている立場でしてよ?」

「だから? 気を遣う理由にもならないでしょそれ。特に僕の場合、一人でも問題なく生きていけるし」

「……」


 台詞だけなら、世間知らずなクソガキのそれ。だがお兄様の規格外さを理解している身からすれば、この言葉は紛れもない事実。

 お兄様が今の年齢になるまでに使用された金額など、数日もあれば完済できることだろう。

 その後は親の庇護など無くとも、問題なく暮らしていけるだけの財を成すはずだ。どこまでも自由に生きるはずだ。

 だからお兄様はマイペースなのだ。その身一つでどうとでも生きられるが故に、何ものにも縛られない。真の意味での『自由』な人。

 ……そのせいで倫理感や道徳観がユルくなっているのは、妹としては頭の痛い問題なのだが。


「ま、細かいことは気にしないの。別に怪我させたわけでもなし。重要なのは、コッチの要望が通ること。そうでしょう?」

「はぁ……。そういうことにしておきますわ」


 傍若無人。いや力ある者特有の傲慢さだろうか。どちらにせよ、相手は世界を危機に陥れていないの裏ボスなのだ。

 常識に則った反論をいくら重ねたところで無駄と、諦めてしまった方が精神衛生上はマシだろう。


「……では、次の質問に答えてくださいまし。何故私を鍛えるという結果になったのですか?」

「だってヤッちゃん危ないんでしょ? なら強くならないと」

「あの、お兄様? お父様とお母様が短慮に走らないよう説得していただければ、それで解決すると私は伝えたと思うのですが?」

「そうだね。もちろんあの人たちには、近い内に今の地位から退いてもらうつもりだけど。それでも自衛できた方が、やっぱり何かと便利でしょう?」

「今サラッとスゲェこと仰りませんでした?」


 え、両親を当主の座から退ける? それ端的に言ってお家騒動では? 十二支族である久遠家が荒れるとか、冗談抜きで日本経済が揺れるんですけど。


「あの、お兄様。マジで一体何をするつもりなんですの……?」

「その辺はオイオイネー。ともかくヤッちゃん。明日の間にちゃんと準備しなきゃ駄目だよ? 半年は帰ってこれないからね?」


 そんな雑に煙に巻かないでくれません? というか、『自衛のため』以外の理由を聞いてないのですが。本当にそんなザックリした理由だけで、私は裏ボスに半年もイジメられらなければならないと!?


「補足しておくと、鍛える以外にもちゃんと意味はあるからね。むしろ親切心からの提案だよ?」

「……確かに自衛力は必要なのでしょうけど……」

「いやそうじゃなくてさ。ヤッちゃん、八千流の時とあからさまに性格違うからね? 大人しくしてるだけでいい家の中は問題ないにしても、外に出たら一目瞭然じゃん。分かりやすい『変化』の建前は用意しとかないと」

「……最後の最後にぐうの音も出ない理由を持ってくるの、止めていただけませんこと?」


 それを言われたら、拒否する選択肢が消えてしまうじゃないですか。……最初からないようなものだけど。

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