第563話 珍獣を見る

 「はっ、今の話を気にしているのですか。ナンパではありませんわ。過去のことですので、〈タロ〉様が心配する必要はないのですよ」


 「でも」


 「〈タロ〉様。《ラング伯爵》の婚約者だとハッキリ言いました。それで解決したのです」


 〈アコ〉が少しイライラしてきたぞ。

 僕は心配だからもっと聞きたいのに、もっと詳しく説明してくれよ。

 大したことじゃないと思うけど、何だか気になるんだ。


 でも今は、この話をしたくないらしいので、とりあえず違う話をしておくか。

 納得出来ない気持ちがあるから、どこかでじっくり聞いてやるぞ。


 「話は変わるけど、〈アコ〉の仕事はもう終わったの」


 「えぇ、もう直ぐ終わると思うわ。でもごめんなさい。《白鶴》は皆一緒に帰ることになっていますので、〈タロ〉様とは帰れないわ」


 「実習中だから、それはしょうがないよ。ちょっと聞くけど、〈ヨー〉も一緒なのか」


 「はぁー、〈タロ〉様、どうして〈ヨー〉のことを聞くのよ」


 〈アコ〉が腰に手を当てて仁王のように僕を睨んでくる。

 えぇー、怒らせるようなことを僕はいつしたんだ。


 今日の〈アコ〉の機嫌は全般的に良くないな。

 そういう日なんだろう。


 「えーっと、〈バクィラナ〉君に合ったら、どうしているか聞かれたんだよ」


 「そうなの。ふふふ、〈タロ〉様、ごめんなさい。〈バクィラナ〉さんに出合ったら、〈ヨー〉はとても元気で、もし合いたかったら二組の〈アルフィト〉さんに言ってほしいと伝えてね」


 「えー、なんで〈アル〉の名前が、ここで出てくるんだよ」


 「言ってなかったかしら。〈アルフィト〉さんは、〈ロロ〉のお茶会に良く来てくれるわ。〈メイ〉が連れて来てくれたのよ」


 僕に黙って何をやっているんだ、〈アル〉は。

 完全に〈メイ〉目当てじゃないか。

 動機があまりにも不純過ぎるぞ。


 〈メイ〉のおっぱいを揉むのが、目的にきっと違いない。

 だって、〈アル〉はエッチな本を一杯持っているからな。


 「そうなのか」


 「そうなのよ。〈ロロ〉のお茶会は、とても盛況になってきているわ」


 〈アコ〉が誇らしそうにニコニコと話してくれた。

 どんなお茶会だと思ったけど、〈アコ〉達も頑張っているようなので、批判的なことは言わないようにしよう。

 こんなことで〈アコ〉を怒らせて、おっぱいを揉めなくなったら大損(おおぞん)だ。


 次の日は〈学舎通り〉の調査だったので、〈南国果物店〉の前も通ることになる。

 すると僕に気づいた〈カリナ〉が、蜜柑ジュースを差し入れてくれた。


 「はぁ、王都でお店を経営されているのですか」


 班長が絶句して、より悲しそうな顔になっている。

 どうして僕が店を経営していたら、あんたが悲しくなるんだよ。


 〈汗っかき〉は汗を拭きながら、「この蜜柑果汁は適度に酸っぱくて汗も吹っ飛びますよ」と笑っていた。

 でも汗は今もダラダラと出ているぞ。

 この人は夏になったら、一体どうなってしまうんだろう。


 〈不愛想〉の変化は劇的だった。

 口をニンマリさせて妖しく笑っている。

 蜜柑の味が初めてのようだ。

 味を気に入ったらしいが、笑った顔がとても不気味に見える。

 だからいつも表情を、顔に出さないのかと納得してしまったよ。

 鏡で笑顔の練習をすれば、美人になりそうなんだがな。



 五日目の実習中に、〈兵舎通り〉の調査をしていると、慌てた様子の役人が僕に声をかけてきた。


 「あぁー、《ラング伯爵》様。こんな所に。あっちもこっちも捜したんですよ。今直ぐ来てください」


 「えぇー、何ですか。急にどうしたんです」


 「この前の戦いの功績者発表会が、今日開催されるのです。案内状を送っていますよ」


 あっ、そう言えば王宮からの手紙があったな。

 封(ふう)を開けて読もうとしてたんだが、その直後に〈サトミ〉とエロいことをしたらすっかり忘れていたよ。


 僕は何も悪くないんだよ。

 エッチで可愛過ぎる〈サトミ〉が悪いんだ。


 「えっ、今日なの」


 「そうですよ。直ぐ王宮へ来て貰いますね」


 「はぁー、〈タロスィト〉実習生様、国王の御召(おめし)です。実習は何とかなりますので、直ぐに行った方が良いですよ」


 班長が負債を抱えたような顔で、少しイラついたように言ってきた。

 二人の班員も、呆れたような顔で僕を見ている。

 国王絡みのトラブルを起こす実習生は初めてなんだろう。

 珍獣を見るような、少し失礼な目つきである。


 王室の祭事を司(つかさど)る〈王事局〉の職員なんだろう。

 ピシッとした簡易礼服を着こなした、三十歳前後のイライラした兄ちゃんに連れられて王宮に僕はやってきた。


 「うーん、《ラング伯爵》様のその恰好(かっこう)はなんですか。作業服ではないですか。ここは王宮ですよ」


 〈王事局〉の職員は、もっとイライラし出した。

 でもな。

 兄ちゃんが直ぐ来いと言って、僕を引っ張ってきたんじゃないのか。

 あんたが悪いんだろう。


 王宮の門の前で、〈王事局〉の職員と険悪(けんあく)な雰囲気になってしまっている。

 時間がなく焦っているのと怒りのあまり、僕が《ラング伯爵》で〈海方面旅団長〉なのを失念しているんだろう。

 見かけは薄汚れた作業服を着ている若い男だからな。

 哀しいことに、立ち昇るオーラがまるでないってことだろう。


 見かねた門番が間に入って来たので、ちょっとした騒ぎになってきたぞ。

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