第561話 《ラング領》の教育の黎明期
「〈タロ〉様の夢はなんですか。《ラング領》をもっと発展させることですか」
「〈サトミ〉の言う通りだな。そのために、学校を建てようと思っているんだよ」
「えぇー、学校。学舎ってことですの」
〈アコ〉が吃驚して問(と)い質(ただ)してきた。
「学舎じゃないよ。平民向けの初等教育だ。子供向けなら、皆も教えられるだろう」
「まさか、〈サトミ〉達に先生をさせるの」
「うん。昔の人が言ったらしいけど、〈教育こそが未来への通行証だ〉という言葉がある。《ラング領》で一番の資源は、領民だと思うんだ」
「誰も思いつけなかった素晴らしい考えだと思いますが、かなり問題があると思います」
〈クルス〉が感心してくれるけど、転生前の世界では当たり前のことだよな。
それに、新町の空白を何でも良いから埋めたいんだ。
「〈アコ〉には伯爵家のことをやって貰うけど、〈クルス〉と〈サトミ〉は学校のことをして貰おうと思っているんだ」
〈アコ〉は明らかにホッとしたような顔をしたけど、貴族家の宰領(さいりょう)も大変だと思うけどな。
「えぇー、〈タロ〉様。それはいつ決めたの。〈サトミ〉は初耳だよ」
「そりゃそうだ。前から漠然(ばくぜん)と考えていたけど、口に出したのは今が初めてだよ。うーん、何か問題があるのかな」
「大ありだよ。〈サトミ〉に先生は無理なの」
「そうですよ。教えるのは簡単なものではありません。ふー、〈タロ〉様はエッチなこと以外でも、強引なのですね」
強引と〈クルス〉が言うのか、おかしい気もするな。
「〈クルス〉が、学舎で学んだことを生かせるじゃないか」
「はぁー、教育は学んでいませんよ」
「そうだよ。〈サトミ〉は農業なの」
「ははっ、相手は子供だよ。何とかなるさ」
「もう、〈タロ〉様は。〈サトミ〉の話を聞いてよ」
辻馬車の中では熱い議論が戦わされた。
《ラング領》の教育の黎明期(れいめきき)に、相応(ふさわ)しく白熱していたと思う。
だけど、後ろ向きの議論は何も聞かないぞ。
全てシャットアウトだ。
僕は伯爵様で領主で夫なんだから、言うことを聞けよ。
失敗してもいいじゃないか、とりあえず新町の空き地を無くそうよ。
〈武体術〉の授業は、少なくなってしまった。
別に良いんだけど、ダラダラとストレッチみたいのをするだけだ。
身体の柔軟性や可動域はとても重要だと思うけど、これで良いのかと思ってしまうな。
卒舎を控(ひか)えているためだろう、〈武体術〉の授業や他の授業も減らして、職場実習的なものが仕組まれるらしい。
要は学生が、企業や組織で一定期間職業体験をする、インターンシップみたいなものだ。
学舎生が進路先を見極めるため、組織がより適合した学舎生を得るための制度だという説明であった。
だけど、だりぃーな。
就職しない僕には、全く関係ない話だ。
だけど将来領主になる学舎生も、経験の幅を広げるために必ず参加したらしい。
両王子も文句を言わずに、嬉々としてこなしたと先生は言ってた。
あぁ、そうですよ。
僕は王子より我儘(わがまま)で扱いにくい不満の塊ですよ。
素直じゃなくて、すいませんね。
僕の職場実習先は、〈王都代務局〉に決定された。
本人の意向は何も聞かれていない。
将来領主になる学舎生や高位の貴族の子弟は、全てここになるらしい。
お金の流れが分かる〈財事局〉や、領地貴族をコントロールしようとしている〈領事局〉は、触(さわ)りだけでも知られたらマズイと思っているのだろう。
僕が割り振られたお仕事は、道路の状況を確認し破損が認められたら報告書を作成するというものだ。
たぶん、〈王都代務局〉で学舎生に任せても、特に問題がない仕事なんだろう。
僕が配属された〈王都代務局経路部門営繕係〉は、東西南北のそれぞれの組に班が五班ぶら下がっている。
僕は〈王都代務局経路部門営繕係東組第三班〉である。
名前が長過ぎるから覚えきれてはいないし、頑張って覚える必要もないと思う。
第三班の班長は、白髪が少し混じってきた小柄なおっさんだ。
可哀そうに胃が悪いんだろう。
すごく痩せていて体重は五十㎏台だと思われる。
後の二人は、若いのだが化粧気と愛想がまるでない女性と、反対にふっくらとし過ぎた汗っかきの中年の女性だ。
二人しか班員がいないのだから、班長は大した役職じゃないのが分かる。
僕が伯爵で領主だからか、嫌になるほど丁寧で媚びへつらっている感じが堪らんな。
〈汗っかき〉は何も気にせず、〈不愛想〉は何も関係ないって顔をしているな。
「私は班長の〈クィンロン〉と申します。職場実習の一週間に渡って、お世話をさせていただきます」
班長は貴族か元貴族の様だな。
苦い顔をしているのが、どうも僕を押し付けられて困っている風に見えてしまう。
「《黒鷲学舎》の〈タロスィト〉と言います。お手間をとらせますが、よろしくお願いします」
「二人の班員を紹介します。左にいるのが〈コロハ―〉です」
「よろしくお願いします」
〈不愛想〉が小さな声で挨拶をして、邪魔くさそうに頭を下げた。
僕も釣られて小さな声で挨拶を返しておいた。
「もう一人は、〈レーンア〉です」
「よろしくね。短い間だけど楽しくやろうね」
〈汗っかき〉は大きな声で挨拶をして、頭を下げずに握手をしてきた。
僕は握手をしながら「よろしくお願いします」と挨拶をしておいた。
まだ寒いのに、手がヌメッとしているぞ。
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