第519話 恩を倍にして返す

 それから、再度お礼を言って世間話になった。

 家族構成や表面的な商売の話だ。

 〈青い肌の男達〉の噂も僕より詳しく知っていた。

 大きな商売を、やっているだけのことはある。


 家族構成の話では、二人ともお妾(めかけ)さんがいるらしい。

 何て不道徳なんだ。

 許せない話だよ。


 それなのに僕が「えっ」と驚くと、「《ラング伯爵》様こそ、三人も許嫁様がおられますよね」とほざきやがった。


 僕の方は側室であって、お妾さんじゃない。

 そこんとこハッキリしようよ。


 でも、一緒じゃんって顔をしやがった。

 言い方も受ける印象も、全然違うからな。

 肝(きも)に銘(めい)じておけよ。


 そんな話の次に、一番気になることを聞いてみた。

 二人とも奥さんが、怖いのかということだ。


 だけど二人の口は重い。

 長い沈黙の時間が流れたと思う。

 脂ぎった方が、やっと口を開いた。

 口には脂が、しみ込んでいないらしい。


 「約束ですよ。絶対に秘密です。《伯爵》様ですから話すのですよ」


 前置きが長いな。


 「家内は、妾を置いたことに不満はあるようです。でも一族を増やさなければならないのです。血族は信頼出来ます」


 「私の方も同じです。ある程度商売が軌道に乗れば、跡継ぎをつくることを考えます。少ないよりは、多い方が良いのですよ。優秀な子供を持てる可能性が高くなります。兄弟が二人切りでも、争う時は争いますので、少なければ良いとはなりません」


 「あのー。奥さんが怖いのかという質問なんですけど」


 「はぁ、そうでしたね。もちろん、すごく怖いですよ。妾を置いからは特にです。機嫌の波があるので、いつ地雷を踏むか分からないのです」


 「大声を出している時より、黙っている時が一番怖いですね。たぶん心の中で、とんでもないことを考えていると思います」


 「そうですか。注意すべき点は、波と沈黙ですね」


 「《伯爵》様、そう単純ではないのです。注意点は他にも沢山あります。ただ、結婚は良いことも多いのですよ。初孫が生まれたので、家内の機嫌はすごく良くて、今はとても平和な日々が続いているのです。これも《伯爵》様のご支援のお陰です」


 「《伯爵》様、たぶんですが。沈黙するまでにとった態度が、鍵を握っているのだと思います。中々出来ない事ですが、頻繁(ひんぱん)に顔を見ることをお勧(すす)めします。今の妻の顔はとても穏やかで、生気に溢れています。孫が可愛くて夢中なのですよ。改めて《伯爵》様に感謝いたします」


 質問をしてみたが、役に立つような回答ではなかったな。

 自分で聞いておいて、アレだけど。

 人は一人一人違うのだから、他人の方法が合うとは限らない。

 共に生活していくうち、少しずつ修正していけば良いと思う。


 始まってもいない結婚生活で、悩むのはもう止めよう。

 何とかなるんじゃないのかな。


 二人の父親は、僕に贈り物を渡し終えて用は済んだのだろう。

 そそくさと隠居の方へいってしまった。

 僕も、もう話すことはないので、それで良いのだが。

 やけに嬉しそうな顔をしていた。


 奥さんが孫に夢中と言っていたが、自分達も変わらないじゃんと思ってしまう。

 まあ、良いことなんだろう。


 後日、贈り物のお礼の言った時に、駆け落ち夫妻が愚痴をこぼしていた。

 お金を出すので、もっと大きい家へ引越さないかと言われたらしい。

 駆け落ち妻は、「家が大きくなって、居座(いすわ)られたら堪(たま)ったものじゃありません」と憤慨(ふんがい)していた。

 おっとりとした性格だと思っていたが、こんな一面もあるんだな。

 駆け落ち夫は、後ろで「ははは」と薄く笑っていただけだ。


 家族って、ほんとに難しいもんだな。


 それと、従業員の配置転換も実施した。


 〈アィラン〉君と〈アーラン〉ちゃんが、花販売の引継ぎと売り子の見習いを終えたので、それぞれ〈南国茶店〉と〈南国果物店〉に配置したんだ。


 花販売の引継ぎが、思ったより時間がかかったな。

 〈アーラン〉ちゃんに、「お兄ちゃん覚えてないの」と言われていた〈アィラン〉君が少し心配だ。


 それに伴って余剰人員となった、駆け落ち夫こと〈レィイロ〉は、貿易担当に移行させた。

 〈ソラィウ〉が担(にな)っていたんだが、〈レィイロ〉の方が適任だと思う。

 舅(しゅうと)は貿易商だから、大いにコネが使えると思う。


 本人はやり難いだろうが、そんなことは僕の知ったことじゃない。

 使える才能は、潰れる二歩手前まで使い倒すのが僕流だ。

 二歩手前は、適当に言っただけで何の意味もない。


 早速、《ラング領》の兵士の装備を整える命令を出してやった。

 今なら実家から、安く手に入るはずだ。

 駆け落ちして困っていた時に助けてやっただろう。

 今、その恩を倍にして返すんだ。

 《ラング領》は、領主の執務環境など、少しブラックなんだ。

 あはははっ。


 でも、僕の執務環境は、大幅に改善出来るはずだ。

 〈ソラィウ〉の業務が、王都での執事と貿易担当から、王都での執事だけになったんだ。

 執事に集中出来るので、僕の執務が大幅に軽減されないとおかしい。

 〈ソラィウ〉に最大限のプレッシャーを与えておこう。


 まずは、〈ラング英雄広場〉という名称を撤回させよう。


 こんな名前をつけられたら、恥ずかしくて、もう〈人魚の里〉へ行けなくなってしまう。

 浮気をするつもりはないんだ。


 ただ、セクシーな女性に周りを囲まれて、お触(さわ)りをしたいだけだ。

 強くてお金持ちで情に厚いと、なぜか大人気らしいので、きっと際(きわ)どいサービスが受けられると推(お)し測(はか)れる。

 色んなお姉さんのバストをおして、ヒップをはかってみよう。


 大人の自由研究ってやつさ。

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