第518話 商売人
《ラング伯爵》様は、南国の果物を独占的に販売されておられる。並々ならぬ商才をお持ちだ。文武両道を地(じ)で行っておられるは、他の貴族とは一線を画しますな」
「あははっ、褒め過ぎですよ」
「そんなことはないですよ。先の戦争では大きな殊勲(しゅくん)をたてられて、《黒帝蜘蛛》も討伐されています。吟遊詩人が、英雄と歌うのも当たり前だと思いますね」
「あははっ、大したことはしていませんよ」
こんなに僕を褒めて、どういう意図を隠しているんだろう。
「それに《インラ》国とも貿易を、されておられるとか。国を跨(また)いでのご商売とは、うちの店も形無(かたな)しですよ」
「あははっ、商売という量じゃないです。贈り物程度ですよ」
「でも伝手(つて)は、噂になった《インラ》国の令嬢と間に、バッチリ出来ているでしょう」
かぁー、ストロベリーブロンドと出来ているって言うなよ。
ちょっと抱きしめそうになっただけだ。
でもそれは、許嫁達には言っちゃいけないことなんだよ。
おたおたした、言い訳になってしまうだろう。
このおっさん、わざと言っているんじゃないよな。
「はぁ、その噂の話はもう止めましょう。機会(きかい)があれば紹介しますよ」
「そうして貰えますと、大変有難いです。御恩のある方に、無理を言って申し訳ありません」
やっぱりワザとだ。
これだから、商売人は油断出来ないな。
娘と孫へ会いにくるついでに、ちゃっかりと商売もしてやがる。
娘が僕のところにいると聞いて、僕のことを徹底的に調査したんだろう。
どんな場合でもババを掴(つか)まないで、商売のネタを掴むんだ。
僕の裾(すそ)は、ガッチリと掴まれたな。
放っておくと、紹介はまだかと五月蠅く言ってくると思う。
掴んだチャンスは離さない人種だ。
脂ぎっているくせに、不思議と手を滑(すべ)らせないんだよ。
「それと、この前の誘拐事件もお手柄(てがら)でしたね。《ラング伯爵》様が勇猛を振るわれた広場が、この度〈ラング英雄広場〉と名付けられるらしいですね」
「えぇー、嘘だろう」
あまりのことに驚いて、思わず素で言っちゃったよ。
「ははっ、嘘じゃないですよ。気の毒な境遇の女性と子供達を救ったことを、《人魚の里》の女性達が意気(いき)に感じているのでしょう。《ラング伯爵》様は、強くてお金持ちで情に厚いと、《人魚の里》で大人気らしいですね」
「そうなんですか。《人魚の里》に、興味はないですね」
許嫁達に向けて、こう言っておかねばならない。
「ほっほっ、《ラング伯爵》様は、許嫁様方を愛しておられますからね。そこでお近づきの印として、許嫁様方に毛皮の襟巻(えりまき)を持参いたしました。これから寒くなっていきますからね。この銀オコジョの襟巻は、とっても温かいですよ」
夫婦揃(そろ)ってエリマキが好きだな。
「えぇー、こんな高価な物は受け取れませんよ」
「ほっほっ、娘と孫がお世話になっているのです。孫の可愛さに比べれば、こんな物、大した価値ではありません」
比べる物がおかしいと思うな。
ただ、僕のことを良く調べている。
許嫁達への贈り物なら、僕が断らないと分かっているんだな。
銀オコジョの毛はフワフワで綺麗だ。
許嫁達の嬉しそうな笑顔が浮かんでくるな。
「そうですか。せっかくご用意頂いたのですから、有難く頂戴いたします」
「おぉ、そう言って頂くと私も一安心です。家内に、こっぴどく𠮟(しか)られないで済みました。銀オコジョではないですが、他の方の襟巻もご用意しております」
〈ルメータ〉の父親は、そう言いながら襟巻を渡してきた。
僕や〈リク〉や〈リーツア〉さん達の分もあるようだ。
かなりの大きさの紙袋が三つもある。
屋号は《マルべ貿易》か。
馬車と船を丸で囲んだロゴだけど、その丸が襟巻に見えるな。
「それなら、私どもの方は《ラング伯爵》様に剣を贈らせて頂きます。誘拐事件の折は、剣を持っていらっしゃらなかったと聞いております。ですので、いつも携帯出来る短剣を選(えら)びました。短剣と申しても刃渡りは、そこそこ御座います。この剣で許嫁様方を、守って頂けたらと愚考(ぐこう)いたしました」
うーん、確かにあの時は、剣がなくて困ったな。
携帯に向く良い短剣があれば、少しは安心出来る。
こっちも、許嫁達を出しにして、いやらしい言い方だ。
もう一人からは、受け取ったんだ。
どのみち、このおっさんからも貰わないといけないのなら、すんなり貰っておこう。
「そうですね。短剣は欲しいと思っていたのです。大事に使わせて頂きます」
「ほっといたしました。これで息子や妻に、小言を言われなくて済みますよ。それから、こちらの方は女性用の曲線刃の爪切りです。刃物関係の小物も扱っておりまして、自信の新製品であります」
武具店なのに、爪切りを販売しているのか。
この前あった戦争まで平和が続いていたから、新たな展開を模索(もさく)していたんだろう。
新製品を使用させて、口コミで広めようとしているのかも知れないな。
こっちのおっさんも、ただ訪問したじゃ済ませないゴリゴリの商売人だ。
商売とは、ここまでしなくてはならないのか。
僕には、こんなアクの強いことは到底無理(とうていむり)だと思う。
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