第502話 王宮の練武場

 僕は〈サヤ〉を呼び出して、〈サシィトルハ〉王子との剣の練習に誘ってみた。


 「王子様と、鍛錬するの。王子様は、強者なの」


 練習を鍛錬と、言い換えるなよ。それじゃ、ハードモードになってしまう。

 それと王子様は、権力構造では、間違いなく強者だ。

 聞く必要なんかない。

 泣いて、土下座させられるんだぞ。知らないのか。


 「〈リク〉を連れてこいと、言われているんだ。近衛隊も、参加すると思うよ」


 「ふむ、近衛隊ですか。一人強者がいると聞いています」


 近衛隊なのに、一人だけなのか。

 〈サヤ〉の物差(ものさ)しが、改めて怖くなるよ。

 〈アコ〉と〈クルス〉の気持ちが、少しだけ分かってきたぞ。


 僕と〈サヤ〉と〈リク〉の三人で、王宮へのこのこと出向いて行く。


 〈サヤ〉は、「むっ」と口を引きしめ、ただ一人いるという強者へ思いを巡(めぐ)らせているようだ。

 〈リク〉は無表情で、考えていることがまるで読めない。

 ただ、時折(ときおり)「ふっ」と、微笑むことがある。

 たぶん、子供のことを考えているんだろう。


 けれど、あやし方が下手なので、子供を「わんわん」と泣かせてしまうらしい。

 激しく揺(ゆら)らし過ぎなんだ。力を抑(おさ)えることを学べよ。

 〈揺さぶられっ子症候群〉に、なっても知らないぞ。


 僕の方は、気持ちが直(じか)に表情へ出ることを抑える必要があるな。

 たぶん、「嫌だ」との思いが強くて、情けない顔をしていると思う。

 よくよく考えたら、許嫁達とイチャイチャ出来る休養日を潰してしまったんだ。

 どうして、王子と剣の練習など、するって言ってしまったのだろう。

 取り返しがつかいない、失態(しったい)だ。


 三人はそれぞれ、単純な思いを秘めたまま、王宮の練武場に到着した。


 艶(つ)やかに磨(みが)かれた床が、ピリリとした空間を作り出している。

 下手したら、顔が写るんじゃないか。

 どれだけ、一心に磨き続けたのだろう。

 僕が、とても嫌いな時間が、ここで長く流れていたと思う。


 それに学校の体育館を、大きさでも質でも、桁外(けたはず)れに超えている。

 観客がいない、オリンピックの会場に紛(まぎ)れ込んだみたいだ。


 おまけに良く見たら、とんでもないことになっているぞ。


 〈サシィトルハ〉王子がいるのは、当然だけど、なぜか〈タィマンルハ〉王子まで、こっちを見ている。

 僕は、〈タィマンルハ〉王子を知らないが、横にいる〈リク〉が、小さな声で呟(つぶや)いたので分かった。


 いつも無表情の〈リク〉が、この事態に驚愕(きょうがく)の表情を浮かべている。

 この人物がいるとは、想像も出来なかったんだろう。

 僕も同じで、情けないを超えて、みすぼらしい顔になっていると思う。

 肩が、あり得ないほど下がって、人生に疲れ切った表情をしているはずだ。


 〈サヤ〉だけは、何にも感じていない。


 コイツは、王族や政治への関心は、まるでないんだな。

 感心があるのは、ただ一人の強者だけで、それらしいヤツを睨(にら)みつけている。


 「《ラング》伯爵、良く来てくれた。約束を守ってくれて嬉しいよ」


 〈サシィトルハ〉王子は、ご機嫌のようだ。

 王位継承を争っているライバルがいるのに、どうしてなんだろう。


 「はっ、婚約披露の時は失礼しました。今日は、練習に参加させて頂いて、ありがとうございます」


 「英雄に会うことが出来て、感慨深(かんがいぶか)いな。今日は、俺も練習に参加させて貰うよ」


 「はっ、お初にお目にかかります。若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 〈タィマンルハ〉王子も、笑っているぞ。僕には何が何だか、分からないな。

 胃が、シクシク痛くなってきた。


 僕は、何も悪くないのに、おかしいよ。


 「同行を指示していた、もう一人の英雄の〈リィクラ〉卿も嬉しいが、〈藍色の女豹〉と名高い〈サヤ―テ〉嬢も連れて来てくれたのか。さては、僕達をコテンパンに伸(の)すつもりだな」


 何を笑いながら、言っているんだ。この、王子は。

 決して伸したりしません、速攻で土下座する所存です。

 はい。


 「おぉ、間近(まぢか)で見る〈リィクラ〉卿は、これぞ偉丈夫(いじょうぶ)だな。それに引き換え〈サヤ―テ〉嬢は、麗(うるわ)しい女性にしか見えない。〈藍色の女豹〉と呼ばれているのは、とても信じられないな」


 〈タィマンルハ〉王子の、〈リク〉への表現は普通だな。

 〈サヤ〉に対する言い方も、普通と言えば普通なんだろう。


 ただ、〈サヤ〉の機嫌が悪くならないか、少し心配だ。

 王子だから、大丈夫だと思いたい。


 「王子様方、これほど近く御尊顔を拝しまして、恐悦至極で御座います。また、過分なお褒めを頂き、感謝申し上げます」


 〈リク〉は、無難に挨拶を済ませたぞ。

 まあ、一応貴族なんだから、これくらいは出来るんだろう。


 「王子様方、お会い出来て光栄で御座います。〈藍色の女豹〉と二つ名で呼ばれておりますが、実態はか弱い女です。今日は、ご指導を賜りに参りました」


 ひゃー、言葉は丁寧でへりくだっているけど、目がそうじゃないぞ。

 女だと侮(あなど)っていたら、恥をかきますよ。

 覚悟は出来ていますよね、って目だ。

 僕は悪くないぞ。知らんからな。


 〈サシィトルハ〉王子と〈タィマンルハ〉王子の、雰囲気も極めて微妙だ。

 仲がものすごく悪い感じじゃないんだか、一定の距離を常に保っている。

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