第491話 今日の最大の目的

 〈アコ〉〈クルス〉〈サトミ〉の順番で、僕達は踊ることにした。

 〈サトミ〉が、「跳舞旋楽」を、踊りたいと言ったんだ。


 まあ、〈サトミ〉には、これが合っているし、〈サトミ〉が一番若いからな。

 ただ僕は、三曲も踊るのか。

 一回休憩するけど、足が、もつれないか心配だ。


 久しぶりに、〈アコ〉と〈クルス〉と踊るのは、とても楽しかった。

 新入生歓迎会の時より、かなり密着して踊ってやった。


 〈アコ〉は、ムッチリとした身体が、とても良い。

 〈クルス〉の身体は、スリムだけど、折れそうなところがまた良い。

 二人とも、顔を赤らめて、熱い身体をしていたと思う。

 グイグイと腰を、押し付けたからな。

 少し半開きになった唇が、かなり色っぽかった。


 ずっと唇を見てたら、「今は、ダメですよ」と、余裕の感じで笑っていた。

 何の余裕なんだろう。


 最後は、〈サトミ〉と踊る「跳舞旋楽」だ。

 これが、今日の最大の目的である。


 「〈サトミ〉、思い切り行こうぜ」


 「あはぁ、〈タロ〉様。やる気満々だね。〈サトミ〉も、負けないよ」


 何の勝負か分からないけど、〈サトミ〉も気合十分のようだ。


 曲が始まると、間髪入(かんぱつい)れずに、僕達は真中へ躍(おど)り出た。

 そこから休みなく、ステップを二人で踏み続けていく。

 汗が噴き出しても、呼吸が苦しくても、気合で乗り切るんだ。


 僕と〈サトミ〉のペアなら、出来ると決まっている。

 駆けて、跳んで、回ったってことだ。


 他のペアの隙間(すきま)をぬって、見学している人の目の前で、踊り続けた。

 僕の手は、半分お尻にかかっていたけど、気にしている場合じゃない。


 何もかも忘れて、ただ〈サトミ〉と踊ろう。

 今だけは、おっぱいもお尻も、後回しだ。

 〈サトミ〉を上手くリードすることしか、頭には浮かばない。


 お尻にかかっている手は、エッチじゃなくて、〈サトミ〉の身体を支えるためだ。

 〈サトミ〉は、素晴らしくて、しなやかで、躍動しているだろう。


 それは、僕だけじゃなく。会場の人達も思ってくれたようだ。

 「すごい踊りだ」「あの二人やるな」「息がピッタリだ」、口々に賞賛の声をあげてくれる。

 踊りを止めて、見入ってくる人達もいるな。


 曲の最後に差し掛かった時、僕と〈サトミ〉は、ホールの真中を駆けていた。

 そのスピードのまま、軽やかに跳(は)ねて、〈サトミ〉を何回も旋回させる。

 〈サトミ〉の身体を支えるのが、かなり辛いけど、ここで僕が弱音を吐くわけにはいかない。

 僕は今、何があっても〈サトミ〉を支えるんだ。

 〈サトミ〉は背を反らし、ドレスの裾を高く、翻(ひるがえ)してみせた。


 恋に目覚めた少女が、花びらにその身を置き換えて、歓喜の歌を踊っているんだ。


 曲が終わって、僕達がポーズを決めたら、万雷(ばんらい)の拍手が沸き起こった。

 〈サトミ〉の顔は、ピンク色に染まり、とても誇らしそうだ。


 でも、僕は青い顔になっていると思う。


 調子に乗ってしまったけど、これは王子の婚約披露だ。

 主役をとったら、マズイんじゃないか。


 僕達は、ペコペコと頭を全方位に下げて、また隅に戻った。


 〈アコ〉と〈クルス〉は、〈サトミ〉に「すごく上手に踊れてた」と褒めちぎっている。

 〈サトミ〉は照れながら、嬉しそうに笑ってた。

 手をワタワタと振り回しているのが、とても可愛らしいぞ。


 ほっこりとする、良い情景だ。


 でも、おかしいな。僕のことは、褒めないのかよ。

 ちょっとそれは、ないんじゃないの。僕は拗(す)ねてしまうよ。


 司会の人が、婚約披露の舞踏会の終わりを告げた。


 ふぅー、何か疲れたな。もう帰ることにしよう。

 帰る人を見送る、王子と〈ロローナテ〉嬢に、睨(にら)まれてしまった。

 踊りで主役をとったから、機嫌が悪いのか。

 困ったな。どうしよう。


 「《ラング》伯爵は、話に来なかったな」


 「あっ、すみません」


 「〈アコ〉は、冷たいです。私は、待っていたのですよ」


 「うーん、〈ロロ〉、そう言わないでよ。お二人は、大勢の人に囲まれていたから、とても割って入れなかったわ。《白鶴》で、一杯話せば良いでしょう」


 「英雄さんは、どうするんだ」


 「はぁ、どうすると言われても。また、早朝稽古でもしますか」


 「ほぉ、《ラング》伯爵は、頭の回転も良いな。早朝稽古は、もう出来ないが、どこかで胸を貸して貰おう。覚悟しておくんだな」


 胸を貸してと言いながら、覚悟ってなんだよ。

 僕を酷い目に、遭わせるつもりなんだろう。


 挨拶はやっぱり、大事なものだな。基本だと思う。

 基本を疎(おろそ)かにした結果がこうだ。

 胃がシクシク痛くなって、涙がちょちょ切れそうだよ。


 「首を洗って、待っています」


 王子が「ガハハハッ」と笑い。〈ロローナテ〉嬢が「うふふふっ」と笑って、僕達は解放された。

 僕も疲れたが、許嫁達も「ふぅー」と疲れたようだ。

 ドレスも髪飾りも、何だかダランとしている。


 僕達は、まず西宮に向かった。

 〈アコ〉の母親の部屋で、着替えをする段取りだ。

 今晩は〈サトミ〉が、西宮で泊まることにもなっている。

 〈クルス〉は、学舎の予習があるので、泊まらないらしい。

 僕は、最初から誘われもしなかった。

 〈アコ〉の母親がいるのに、おっぱいも触れないだろうから、良いんだ。

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