第398話 《新ムタン商会》

  「《ラング伯爵》様、俺達は、いったいどうしたらいいんだ」


 《マサィレ》が、泣いてるような、憤(いきどお)っているような顔で、僕に絡んでくる。

 僕にそう言われてもな、と思う。


 無事家族が見つかった人達と、家族の消息が掴めない人達の間に、とてつもない格差が生まれている。

 見つかった人は、人生で最高の幸福に包まれているが、見つかってない人は、焦燥感に苛(さいな)まれているんだろう。


 愛しい妻や子供が、もうこの世にいないかも知れないんだ。

 天国と地獄に、別れた状況になってしまった。

 おまけに、地獄にいる人の方が少数派だ。余計に焦るのだろう。


 人助けになると思ってやったが、こんな状況は想像も出来なかった。

 このまま、放置は出来ない感じだ。このままでは、一生怨まれてしまいそうだよ。

 あぁー、人助けって、難しいもんだな。しなければ良かった。


 「うーん、そうだ。一つだけ当てがある」


 「おぉ、それはどういうものなんです」


 「頼れる親戚がいない場合、ここ王都に逃れた可能性がある。知り合いにそうした兄妹がいるんだ」


 「はっ、王都は大きいから、何か仕事があると考えたのですね」


 《マサィレ》は、可能性が生まれたので、少し落ち着きを取り戻した。

 ただ、表情は冴えない。

 自分が捕虜になったばっかりに、家族に苦労をかけている可能性に、心を痛めているのかも知れない。


 とりあえず、《マサィレ》達には宿をとって貰って、〈アィラン〉君に聞いてみよう。


 また、学舎を休んで、花を届けに来た〈アィラン〉君を捕まえた。

 僕は、こんなに学舎を休んで良いのだろうか。ちょっと心配になってきた。


 「〈アィラン〉君、仕事の調子はどうだい」


 「伯爵様、まあ、そこそこですね。妹が、たまにお客さんを、捕まえてくれるのですよ。もっと捕まえてくれたら良いのですけど」


 はぁー、何だか妹さんに、頼り切っている感じだ。自分で、お客さんを捕まえろよ。

 でも、こんな小汚い兄ちゃんから、誰も花を買いたくないか。

 可憐で薄幸そうな〈アーラン〉ちゃんだから、買ってくれるのだろう。


 何が「そこそこ」だ。偉そうに。半分以上、コイツは妹のヒモだよ。

 まあ、良い。今はそれより、《マサィレ》達の家族の捜索の方が先だ。


 「〈アィラン〉君、ちょっと聞きたいことがあるんだ。《ベン島》に住んでいた人を捜しているんだよ」


 「前に住んでいた人ですか」


 「そうなんだ。実は…… 」


 僕は〈アィラン〉君に、これまでの経過を話して、協力を依頼した。


 「そんな人達がいたのですね。もちろん、協力をしますよ。お母さんなら、絶対に手助けしてあげなさいと言います」


 《マサィレ》達が、〈アィラン〉君を取り囲んで、次々に家族の特徴を話し出した。


 「ちょっと、待ってください。一遍に言われても、どうしようもありません」


 「うー、そうだよな。悪かった」


 《マサィレ》が、頭をかいて申し訳そうに謝っている。

 〈アィラン〉君が、《ベン島》出身と聞いて、身内みたいに思ったみたいだ。

 それで、遠慮がなくなって、ヒートアップしたらしい。

 一日でも早く、家族に会いたいんだろうな。目が必死で怖いほどだ。


 「そうですよ。それに、僕が聞くより、《ベン島》から来た人達が、身を寄せ合っている場所があるのです。そこで聞いた方が良いと思いますよ」


 「ほー、そんな場所があるのか」


 「伯爵様、僕がお世話になっています、お頭の商会なんです」


 「へぇー、何ていう商会なんだ」


 「《新ムタン商会》という名前です」


 「おー、《ムタン》か」


 「うひょー、《ムタン》を王都に作ろうとしているのか」


 《マサィレ》達が、口々に「《ムタン》」「《ムタン》」と言い始めた。

 《ムタン》は、《ベン島》の昔の領都の名前らしい。

 今は、領主が変わって違う名前に変えられている。

 《マサィレ》達とっては、あくまでも《ムタン》なんだろう。


 「その《新ムタン商会》は、どこにあるんだ」


 「そこは、赤灯通りの《人魚の里》の近くです」


 《人魚の里》って、なんだろう。聞いたことがないな。

 《赤灯通り》にあるのなら、食べ物屋か飲み屋なんだろうか。


 僕と《マサィレ》達が、「そう言われても場所が分からない」と戸惑っていると、船長が割り込んできた。

 船長は珍しく、〈南国果物店〉にやってきて、だべっているんだ。

 《マサィレ》達が店に来る前は、「舐め過ぎで舌が攣(つ)って昇天した男」の話を〈リーツア〉さんにして、笑いをとっていた。


 〈南国果物店〉に、珍しく来たのは、積み荷だった酒を、掠め盗ろうとしているに決まっている。

 何て、どスケベで、狡くて、下品なおっさんだろう。


 近くの空気を吸っているだけで、穢(けが)れてしまうぞ。

 現に濃厚な加齢臭が流れてきている。


 「おほぉ、《人魚の里》かぁ。俺はよぉ。良く、良くしっているぜぇ。案内してやるぜぇ」


 うーん、全面的に心配だな。絶対、何か企(たくら)んでやがる。顔が満面の笑みだ。

 キャベツを貰った、ゾウガメの表情に似ている。とにかく嬉しそうだ。


 王都に詳しい、〈リーツア〉さんか〈リク〉に、聞いてみよう。

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