第381話 一物

 何とか、誤魔化して一矢報いたな。

 「先頭ガタイ」が、泡を吹いたような顔で、拳を握りしめている。

 まるで、茹でた蟹みたいだな。ハハハハッ。


 僕は機嫌が良くなって、目に入れないよう慎重に、「石鹸もどき」で身体を洗い始めた。

 泡がブクブク出てくるぞ。蟹はこっちか。ハハハハッ。


 横では、こちらもご機嫌に「ふん、ふふふ、ふん」と鼻歌を歌いながら、〈フラン〉が身体を洗っている。

 コイツは、本当に一物がついているのかと、好奇心で泡の隙間から、股間を見てしまった。


 ― ドタッ ―


 「どうしたんだ、〈タロ〉。大丈夫か」


 「のぼせたのか」


 「疲れが出たのか」


 二組の皆が、心配して僕に、声をかけてくれる。


 「ふゃあ、僕はどうしてたんだ」


 「自分では、分からないのか。倒れた時に、頭を打ったんじゃないの」


 〈フラン〉は、立ち上がって、心配そうに状況を説明してくれた。


 でも、僕の目の前には、気を失った原因がブラブラと揺れている。

 コイツの一物は、ないどころか、大ビッグサイズだ。超ド級だよ。


 僕の二回りは、大きいぞ。大ショックだ。

 身体が、冷たくなって壊死(えし)するほどのショックを受けた。

 もう、立たない。立ち直れない。コイツは顔も良いのに、天は二物を与えたのか。

 今、分かったけど、一物に自信があるから、女の子にも強気なんだな。

 何て、神は不公平なんだろう。ただただ、怨みますよ。


 でも、何かを恨んだところで、何一つ人生は変わらない。

 ドクドクする痛みを抱えたまま、歩んで行くしかないんだ。


 勇気を出して、前を向こう。


 苦しみを振り払って顔を上げると、心配して集まってくれた、〈アル〉〈ロラ〉〈ソラ〉〈ラト〉が見える。

 股間で揺れている物は、僕の大きさと、さほど変わりはない。


 訂正します。揺れるほどの、大きさではなかったのです。

 股間に、引っ付いているとの表現が適切でした。

 〈ソラ〉なんか、僕より小さいぐらいです。


 僕は、股間をブラブラさせた(ひっつけた)まま、〈アル〉〈ロラ〉〈ソラ〉〈ラト〉と固い握手を交わした。

 恵まれていない者同士、強く生きて行こうとの誓いだ。

 例え許嫁に蔑(さげす)まれても、僕にはこんな小さな仲間がいてくれるんだ。


 一物が小さくても、決して絶望はしない。

 僕達にも、生きていく権利があるはずだ。

 運命に逆らってやろうぜ。

 さあ、革命の雄叫(おたけ)びをあげよう。


 「おー、負けないぞー」


 僕が雄叫びをあげると、〈アル〉〈ロラ〉〈ソラ〉〈ラト〉が続いた。


 「そうだ。負けないぞー」


 この時、僕達は強固な友情で結ばれたと思う。カチンカチンだ。


 「〈タロ〉、冷たいじゃないか。僕も仲間に入れてくれよ」


 僕は〈フラン〉の股間を睨みながら、どうするべきか考えた。


 この一物は、許されざる物だ。

 多くの若人(わこうど)の希望と自信を、打ち壊してしまう。

 おぞましい凶器だと思う。

 「先頭ガタイ」が、遠くでワナワナと震えていたのも、この残忍非道な一物のせいに決まっている。

 僕には痛いほど分かった。

 僕も、手ひどい挫折を味わったのだから。


 ……だけど。

 ……それでも。


 僕は憎んだりしない。

 この世に生まれたものは、皆、「宇宙船地球号」に乗り合わせた仲間なんだ。

 隣人なんだよ。


 ……それなら。

 ……そしたら。


 この悪逆無道な物をぶら下げている〈フラン〉も仲間なんだろう。


 嗚呼(ああ)、今、僕の目が見開いた。

 ビジョンが、舞い降りてきたよ。

 未来の希望の光を見つけたんだ。

 宇宙は、今も膨張を続けている。ビッグバンだ。


 そうだ、膨張率では勝てるかも知れない。

 僅かな希望だが、これに賭けよう。


 「〈フラン〉、お前は膨張するのか」


 「膨張。急に何だ。僕は膨張しないよ。このままだよ。体重に変化はないな」


 なんだ。コイツは膨張しないのか。

 ふっ、そんなことでは、勝負にならないな。

 それなら、大きさでも良い勝負だ。

 硬さでは圧倒しているんだろう。


 〈フラン〉は、見かけ倒しだったのか。


 それも辛いだろうな。期待を持たせて、裏切られるのは三倍辛いと思う。

 可哀そうなヤツだな。仲間に入れてやろう。

 何せ、膨張しないんだから、もう脅威ではなくなった。


 僕は〈フラン〉と固く握手をした。

 そして、「〈フラン〉も負けるなよ」と声をかけた。


 〈フラン〉は、一物をブラブラさせて、「任してよ」と微笑んでいる。

 決して引っ付いてはいなかった。


 これは悲しみの茶番だと、僕にも分かっている。

 生理学的に、少しも膨張しないのはあり得ない。


 でも、〈フラン〉を仲間と認めるためには、僕の心を騙(だま)す必要があったんだ。

 これは、俺から詐欺なんだよ。


 大浴場に夕日が差し込んで、「石鹸もどき」の作り出す泡が、虹色に輝いた。

 大浴場には、沢山の虹がかかって、眩(まばゆ)いばかりだ。


 皆の身体も、キラキラとシャボン玉に覆われている。

 夕日の世界の住人が、束(つか)の間、僕らの世界に遊びにきたらしい。


 でも、光り方が異常だ。


 やっぱり、脂が上手くいってなかったのか。シャボン玉が、ギラギラだ。

 シャボン玉に、脂が纏(まと)わりついて、どぎつく光っている。


 目には、絶対入れないぞ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る