第321話 僕という重し

 昼食を食べた後、僕と〈サトミ〉は遠乗りに出かけた。


 〈青雲〉と〈ベンバ〉は、あまり厩舎の外へ、出して貰ってないようだ。

 街道を進んでいる時も、鞍の下の筋肉が、ピクピクと動いて走りたがっていた。


 でも、人がいるところでは、二頭を自由にするわけにはいかない。

 もし、歩いている人を引っかけでもしたら、大きな怪我をさせてしまう恐れがある。

 だから、 僕も〈サトミ〉も、馬の首を触ったり声をかけたりして、宥めるが大変だった。


 道を外れて、人がいないのを確認した後、〈青雲〉と〈ベンバ〉を自由にしてやった。

 二頭は、解き放たれた矢のように、草原を突っ走っていく。

 鞍の上で僕は、落ちないことだけに専念する。後は、馬任せだ。


 二頭は、じゃれ合うように、競うように、僕と〈サトミ〉を乗せて疾走続ける。


 〈サトミ〉は、心の底から嬉しそうだ。喜びに溢れた顔をしていると思う。

 瞳がクリクリと動いて、口を大きく開けている。たぶん、笑っているのだろう。

 風で聞こえないけど、大きな声で笑っているのだと思う。


 さっき僕に抱き着かれて、泣いていた女の子と、とても一緒とは思えない。

 〈サトミ〉は、きっと馬のように優しくて、繊細なんだろう。

 そして、風のように自由が好きなんだろう。


 だから、友達がいないのかも知れない。

 しがらみが出来て、重しになるのを、本能的に避けているのかも知れない。

 でも、僕という重しが、〈サトミ〉に段々絡みつき出している。

 もう、風のような、少女みたいな、自由は望むことは出来ない。

 女になって、妻になって、母になるんだから。

 僕という重しが、〈サトミ〉の上に乗って、〈サトミ〉の自由を奪うんだ。

 〈サトミ〉を、女や母にしてしまうんだからな。グヘヘヘッ。


 馬を勝手に走らせていたら、船のタールを採取するところまで来てしまった。

 この先は、危険地帯だ。《赤王鳥》のテリトリーが近い。

 僕が一頭、運良く討伐したけど、別の個体がいないとは言い切れない。

 もし、魔獣と遭遇してしまったら、僕と〈サトミ〉の骸がここに転がってしまう。

 まだ、魂を身体から、自由にさせるわけにはいかない。


 「〈タロ〉様、これ以上、進んじゃダメだよ。危ないから、引返そうよ」


 〈サトミ〉も、真剣な顔で注意してくる。当然だな。


 「うん。分かっているよ。少し、このタールの沼から離れて休憩しよう」


 「はい。分かりました」


 僕達は並んで座って、休憩することにした。

 馬達も、思いっきり駆けたから、しばらく休憩が必要だろう。

 それに、僕達も水分を補給しておいた方が良いと思う。

 涼しい季節だと油断すれば、熱中症で命取りになってしまうこともある。


 僕達は、水筒からお茶を回し飲みした。

 〈サトミ〉は、水筒に口をつける時、ちょっと顔が赤くなって照れている感じだ。

 舌も入れているのに、今更じゃないかと思う。でも、そこが〈サトミ〉の可愛いところだな。


 隣に座っている〈サトミ〉の腰をグッと引き寄せて、胸に抱き寄せた。


 「あっ、〈タロ〉様。さっき言ったけど、〈サトミ〉に怖くしないで」


 〈サトミ〉は、胸の前で祈るように、手を合わせている。そして、少し顔を赤くして目を閉じた。

 〈サトミ〉の唇に、自分の唇をそっとつけた時。


 ― ケギャー ―

 ― ドーン  ―


 黒板を引き裂くような変な悲鳴の後で、大きな物が落ちる音が、辺りに響いた。


 「きゃっ、〈タロ〉様」


 〈サトミ〉が、僕にしがみ付いてくる。


 「大丈夫だ。〈サトミ〉は僕が守るよ」


 僕は〈サトミ〉を、両手で胸に抱きかかえた。

 〈サトミ〉のことは、何があっても守ろうと決めている。

 〈サトミ〉は、僕の許嫁で、かつ恋人で、世界一可愛い人なんだから。当たり前だ。

 それが、僕に課せられた役割だと思う。最低限の義務だと思う。

 〈サトミ〉のおっぱいや、お尻を触れる権利の根拠となるものだ。


 それにしても、何が起こったんだ。何か空から、大きなものが落ちてきたような音がしたぞ。

 〈サトミ〉の頭越しに、落下地点と思しき場所に目をやる。

 そこには、二頭の白い馬が、重なって存在していた。

 うーん、白いって言うより、銀色に光っているな。


 それにしても、この馬達は、どこから来たんだ。ついさっきまで、そんな気配はなかった。

 草原だから、近くに馬がいたら、見逃すことはあり得ない。

 おまけに、色は目立ちすぎるほどの銀色だ。


 音からすると、空からになる。でも、馬は飛べないしな。さっきのは、落下音じゃなかったのか。

 何の音だったんだろう。何が起こっているんだろう。謎が謎を呼んでいる。


 〈青雲〉と〈ベンバ〉は、さっきまで草を食んでいたが、今は、耳をしたまま固まって動かない。 

 銀色の馬達を、畏れているみたいだ。


 銀色の馬は、大きい方が小さな方の、お尻に顔を突っ込んでいる。

 小さい馬は、ひっくり返っており、大きい馬がそこに覆いかぶさっている体勢だ。


 この馬達は、何をしているんだろう。


 改めて良く見ると、あり得ないものが見えた。額に角が生えているじゃないか。

 えぇぇー、螺旋状に、グルグル巻いている角が一本ある。はぁー、嘘だろう。

 これは、馬じゃない。魔法生物なんだ。魔獣だ。目と鼻の先に、魔獣がいやがる。

 僕達はもう終わりだ。助かるはずがない。

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