第93話 外套が邪魔だ

 遅い昼ご飯を食べ終わり、次に向かったのは、本屋さんだ。


 通りをまた、四人で歩いていると、四、五人の女の子のグループが向こうから歩いてきた。


 髪を縦ロールに巻いている、華やかな女の子の集団だ。

 上質な外套の隙間から、鮮やかな山吹色が覗いている。

 黄色の制服なのか。白い靴下か、タイツも覗いている。


 「〈アコ〉、向こうから歩いて来る女の子は、どこかの学舎生なの」


 「もう、〈タロ〉様は、直ぐに女の子に目が行くのですね。

 あれは《春息吹》ですね。

 《春息吹女子園(はるいぶきじょしぞの)》というお金持ちの女の子がいく、私塾の伝統校です。

 《春息吹》は制服の丈が短くて可愛いので、人気があります。

 〈タロ〉様、まさか可愛い子を見つけたのでは、ないでしょうね」


 男に目がいかないのは認めるけど、直ぐ女の子に目がいくなんて酷いな。

 制服の丈が短いのか。外套が邪魔だ。春よ、早く来い。


 〈アコ〉はまだ、ストレスが十分発散出来ていないようだ。少しのことで機嫌が悪くなる。

 何とかしなければ、気軽に質問も出来ないな。


 「二人がいるのに、そんなこと無いよ。他の子に目がいくわけ無いよ」


 「本当にそうですか、可愛い子もいましたよ」


 「〈タロ〉様は、嘘つきじゃないですよね」


 〈クルス〉まで、僕を疑って言ってくるぞ。〈アコ〉から悪い影響を受けているんじゃないか。


 「何言ってるんだよ。誰も、可愛さでは〈アコ〉と〈クルス〉には勝てないよ」


 「本当にそう思っていますか、もう言いませんけど」


 「〈タロ〉様、一応信じていますよ」


 二人一緒に褒めるのは、難しいな。

 褒める威力が半減どころか、四分の一くらいになるな。

 是非とも、二人だけになれる施設が欲しい。


 「〈アコ〉、向こうから歩いてくる、藍色の制服の男子学生は、どこの学校なの」


 「あれは、《藍心武学寮(あいしんぶがくりょう)》ですね。

 《藍心》は武道を教える全寮制の私塾です。

 確か、〈サヤーテ〉さんが、卒寮しているはずです」


 冬なのに、外套も着ずに外を歩いている武道バカの学校のようだ。

 バカは言いすぎでした。すみません。武道好きに訂正です。

 〈サヤ〉がいってた学校なのか。分かる気がする。


 「〈アコ〉、良く知ってるな」


 「王都に居て、周りの人に聞けば覚えられます。少しはお役に立てていますか」


 「役に立っているよ。ありがとう」


 「どういたしまして、お役に立てて良かったです」


 〈クルス〉もいるから、〈アコ〉だけ、ベタ褒め出来ないのが、やり難い。


 「それにしても、〈サヤ〉の学校って良く知ってたな」


 「それが、この前〈サヤーテ〉さんに怒られたのです。

 選択科目で「軍務科」を取らなかったって、小言を言われました。

 それで、〈サヤーテ〉さんの、人物像を知り合いに聞いてみたのです」


 「私も、同郷なのに、「軍務科」を何故取らないのと御冠でした」


 「えっ、女子でも「軍務科」はあるの」


 「男子に恵まれなかった貴族家の跡取り娘や、王室の女性近衛を目指す学舎生のためにあるようです。でも、このような方は極々少数です」


 「自分が関係している科の受講生が少な過ぎるので、選択して欲しかったんだな」


 「そうだと思います。《白鶴》では、誰も選択していないと思います」


 「《赤鳩》でも、凄く少ないと思います」


 「まぁ、選択しなかったんだから、もう関係も無くなったから良いじゃないか」


 「そうでも無いのですわ。「健体術」の先生なのですよ。

 私にだけ厳しい気がします」


 「私もです。特別に指導してあげると言われました」


 「まぁ、〈クルス〉ちゃん、それは怖いわね」


 「そうなのです。「健体術」の授業は、いつもドキドキしています」


 「ちょっと待って。〈サヤ〉は、《白鶴》と《赤鳩》の両方で、「軍務科」も「健体術」も、教えているの」


 「「軍務科」の方は、少しだけある実技の講師のようですが、「健体術」は正規の先生ですわ。

 運動の専門家で優秀な女性は殆どいないのです。

 〈サヤーテ〉さんは、運動だけでは無く、健康に関する座学も優れた見識を持っていると、言われていますよ」


 《白鶴》と《赤鳩》は、スポーツや運動を重視した授業を行っていないから、卒舎生で、「健体術」の特に実技を教えられる人材がいないんだな。


 他の学校から「健体術」の教師を捜してくるのか。

 《黒鷲》や《青燕》も一緒なんだろう、官僚養成が最優先だからな。


 「運動は分かるけど、座学も優れているのか。あの〈サヤ〉が。

 本当とは思えないな」


 「嘘じゃないですよ。

 優秀ですから、《白鶴》と《赤鳩》の先生を任されているのですわ。

 噂では、《藍心》を飛び抜けた成績で卒寮したとなっていますよ」


 とてもそうとは思えないが、人は言動だけでは分からないものだな。

 長男の〈ハヅ〉を差し置いて、王都の学校に入った理由が分かったよ。


 「〈サヤ〉に会ったら、〈アコ〉と〈クルス〉には、甘くするように言っておくよ」


 「〈タロ〉様、どうかよろしくお願いします」


 「私もお願いしますわ」


〈クルス〉は、割と本気で困っているようだ。

 子供の時から顔見知りなんだろうが、気が合うとは思えない。


 ただ、お願いされても、〈サヤ〉と合えるかが分からない。

 向こうは、《白鶴》と《赤鳩》に殆どいるんだし。僕は入れないしな。

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