第47話 〈ミア〉が死んだ

  衝角の手配が済んだので、久ぶりに猫達の様子を見に行こう。


 〈サトミ〉に任せっぱなしだが、少しは気にしているところも、見せておきたい。

 〈サトミ〉の好感度アップもあるが、中年猫にも世話になったからな。


 「〈サトミ〉、いるかい」


 「あっ、〈タロ〉様。お仕事はもう良いの」


 「一区切りついたんだよ。それより、いつも〈サトミ〉に、任せてばかりで悪いな」


 「〈タロ〉様は、悪くないよ。〈サトミ〉は、好きでお世話しているんだ。〈タロ〉様の、役にたてるのも嬉しいの」


 「そうか有難う。〈サトミ〉は、本当に役に立つな。僕の一番のお気に入りだよ」


 「あのね、〈タロ〉様。心配なことがあるの」


 あれ、いつもと反応が違う。役に立つとか、お気に入りって言うと、好感度が上がるはずなのに。

 今日はスルーだ。心配事ってなんだろう。


 「〈サトミ〉、心配なことってなんだい」


 「少し前から、〈ミア〉の元気がなくて、ごはんを食べないんだ」


 母猫の様子を見ると、確かに元気がない。お腹が随分と凹んで、毛の艶もなくなっている。

 子猫達の方は、元気に遊びまくって、五月蠅いぐらいだ。

 母猫は、少し子猫達が煩わしそうで、弱弱しく手を動かしている。


 「〈サトミ〉、子猫達は、母乳を卒業したの」


 「そうだよ、〈タロ〉様。少し前から、〈ミア〉と同じごはんをあげているよ。子猫達は良く食べるの。でも〈ミア〉は、柔らかくしても食べないんだ」


 猫達を連れて来た時には、殆ど死にかけていたからな。良く子猫達をここまで育てたよ。

 もう母猫は、長くないと思う。


 点滴がある訳も無く、動物は食べられなくなったら、徐々に衰弱していく。

 いつも世話をしている、〈サトミ〉にも分かっているはずだ。


 「〈サトミ〉、残念だけど、もうは〈ミア〉は長くないと思う」


 「そんな、〈タロ〉様。〈トラ〉も〈ドラ〉も〈ジェ〉も、まだあんなに小さいのにダメだよ。サトミ〉が、一生懸命に看病するから、そんなこと、言わないでよ」


 頭では分かっていると思うけど、心がついて行かないんだな。

 自分で分かってしまった、耐えられない未来を、僕に否定して欲しかったのか。

 僕は〈サトミ〉の望みどおり、否定した方が良かったのか。

 でも、それは一時的だ。現実は変えられない。


 〈サトミ〉は、小屋に泊まり込んで看病したが、三日目に母猫は死んでしまった。


 「〈サトミ〉、そんなに泣くなよ。〈サトミ〉も疲れているんだから、家に帰って寝ないと身体に毒だよ」


 「〈タロ〉様。〈ミア〉が死んじゃった。〈サトミ〉の看病が、ダメだったんだ。〈サトミ〉が、〈ミア〉を殺しちゃったんだよ」


 「〈サトミ〉、それは違う。〈サトミ〉は、必死に看病してたよ。〈ミア〉は連れてきた時から、相当弱っていただろう。 弱っていたけど、最後の力を振り絞って、子猫達をここまで育てたんだ。もうゆっくり休ませてあげよう」


 「残された、〈トラ〉や〈ドラ〉や〈ジェ〉は、可哀そうだよ。どうにかなっちゃうよ」


 「子猫達は、可哀そうだな。でも、ごはんは普通に食べられるし、〈サトミ〉がいるから大丈夫だよ」


 「〈サトミ〉じゃダメなんだ。〈サトミ〉じゃ上手く出来ないよ。〈サトミ〉がダメだから、お母さんが死んじゃったんだ」


中年猫も小屋に来ている。神妙な顔で、一mほど離れた空中に、浮いていやがる。


 「〈サトミ〉。〈ミア〉は、〈トラ〉と〈ドラ〉と〈ジェ〉のことをよろしくって、言ってたよ。〈サトミ〉なら、任せられるって言ってた。有難うって言ってたよ」


 「〈タロ〉様、嘘ばかり。猫は話したりしないよ」


 「嘘じゃないよ。「天智猫」に聞いたんだ」


  中年猫が、〈サトミ〉の胸に優しく肉球を当てて、愛しそうに頬ずりをしている。

 〈ジェ〉も、それに合わせて「ニャー」って泣いていた。


 「あっ、今、キラキラした光が二つ見えたよ。それで、〈サトミ〉の胸に何か当たったの。顔にも触ったの。長いひげみたいのが触ったよ。〈タロ〉様、うそ。今の「天智猫」様なの」


 「「天智猫」も、〈サトミ〉に有難うって言ったんだよ」


 中年猫は、何かを抱えるようにして、どこかに消えていった。


 その後、〈サトミ〉は大声でわんわん泣き出した。

 大粒の涙が、後から後から、〈サトミ〉の頬から首筋まで流れて、途切れない。


 僕は〈サトミ〉をそっと抱き寄せて、背中を右手でさすり続けた。

 小さな、華奢な背中だ。ただ、暖かい。


 子猫達も〈サトミ〉の足元に、身体を擦り付けているようだ。


 長い時間〈サトミ〉を抱きしめていたが、〈サトミ〉が「痛い」って言って、僕の顔を見て照れくさそうに微笑んだ。

 子猫達に、足を結構強く噛まれたらしい。


 母猫は綺麗な布に包んで、白い花が咲く木の根元に、〈サトミ〉と二人で埋めてあげた。

 〈サトミ〉は、一心にお祈りをしてたけど、もう泣いたりはしなかった。





 しばらくたって、中年猫にイヤなお願いをされた。


 〈ジェ〉が、この小屋からいなくなるので、〈サトミ〉に伝えて欲しいとの要求だ。

 「天智猫」としての生活を始めるので、もう〈サトミ〉前には現れないらしい。

 急にいなくなったら、〈サトミ〉に悪いとのことだった。


 母猫の後に、連続なので言いにくい。ただ、中年猫には、二つも大きい恩があるからな。


 小屋に出向いて、子猫の世話をしている〈サトミ〉に話かけた。


 「〈サトミ〉、言いにくいことなんだが。〈ジェ〉が「天智猫」としての生活を始めるので、もう直ぐ、この小屋からいなくなるんだ」


 「うん。〈タロ〉様、知ってるよ。上手く言えないけど、この間から、〈ジェ〉が、そんな感じを出してたんだ」


 「そうか、〈サトミ〉。寂しくないかい」


 〈サトミ〉は、〈ジェ〉を胸に抱いて、喉元を愛おしそうに撫でながら。


 「寂しくないって言ったら、うそになるけど。〈サトミ〉には。〈トラ〉も〈ドラ〉もいるし、何より〈タロ〉様、がいるもの。〈タロ〉様、違う」


 「〈サトミ〉の言うとおりだ。〈サトミ〉が寂しくなったり、悲しくなったら、いつでも僕が、慰めてあげるよ。 ギュッと抱きしめてあげるよ」


 この勢いで、〈サトミ〉を、 ギュッと抱きしめようと思ったら、〈ジェ〉が邪魔で出来ない。

 〈ジェ〉が、爪を出して「ミャーアーア」って鳴きやがった。やるってことか。


 「分かりました。その時は、〈タロ〉様に頼ります」


 〈サトミ〉はそう言ったけど、やっぱり随分落ち込んでいるように見える。

 人間、落ち込んでいる時は、忙しくして、物事をあまり考えないようにするのが良いと、ネット動画で言ってた気がする。


 「〈サトミ〉、〈サトミ〉も王都の学校へいかないか」


 「えっ、急に〈タロ〉様、なに。〈サトミ〉はいいよ」


 「そう言うなよ。〈サトミ〉だけ行かないのは、可哀そうだよ。〈サトミ〉も行きたいよな。費用は、僕が出すから心配するな」


 「〈サトミ〉が言った「頼る」のは、そう言うことじゃないよ。〈サトミ〉はバカだし、絶対合格しないよ。勉強は苦手なんだ」


 「大丈夫だよ。まだ一年以上ある。僕は〈サトミ〉は、バカじゃないって知ってるよ。勉強の先生は、〈クルス〉に頼もう。〈クルス〉は勉強が出来るから、うってつけだな」


 「〈タロ〉さまー。勝手に決めないでー、〈サトミ〉、泣いちゃうよ」


 「なに、合格しなくても、怒ったりしないから、心配するなよ。王都見物だと思えば良いさ」


 「全然、思えないよ。思える人なんかいないよ」


 「それじゃ、試験を受けたら、また、〈サトミ〉の希望を叶えてあげるよ」


 「何でも良いの」


 「あぁ、何でも構わないよ」


 〈サトミ〉は、〈ジェ〉を床に降ろして考えている。心が動いているようだな。


 「じゃ、決まりだな。〈クルス〉に頼んでくるよ」


 「あー、〈タロ〉さまー。待ってー」


 〈クルス〉に頼んだら、二つ返事で引き受けると言ってくれた。

 友達なので、当然ですとのことだ。

 三人とも学舎へ行けるのは、凄く嬉しいって言って、張り切っていた。

 程々にしてあげてね。


 〈サトミ〉の心の中で、母猫と〈ジェ〉のことは、軽くなったと思う。


 ただ、新たな悩みを作った気もするが、基本的に良いことなんだから、問題ないだろう。

 問題が大きくなったら、抱きしめれば何とかなるだろう。そうであって、欲しい。


 ただその時に、〈ジェ〉が邪魔をもうしないのは、少しだけ僕も寂しく思う。 

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