第39話 《タラハ》の町で売買

 御用商人の〈クサィン〉も帆船に乗せて、《タラハ》に向けて出航した。


 〈クサィン〉は、岩塩鉱山を失うかも知れないので、始終浮かない顔をしている。

  船長も「これからどうなるんですかね」と聞いてきたけど、僕にも分からない。


 《タラハ》の町は、王国の一番南にあるだけあって温暖な気候だ。

  今は早春だけど二十度は超えてそうだ。


 町の大きさは、王都よりは一回りか、二回り小さいがそれでも随分と賑わっている。

 大通りを歩いている人も多くて、その中には《オブア人》もまじっている。

 大きな川を挟んで《オブア国》と隣同士なので当然か。


 《オブア人》はトカゲぽっいけど、服は同じようなものを着ているんだな。

  ただ、薄着で肌が結構露出している。温かくて、湿度も高いからな。


 金策がどうにかなったら、是非、許嫁達に着せてじっくりと愛でたいものだ。


 町を歩いていると色とりどりの果物が売られている。

 亜熱帯の果物が多いようだが、黄色の蜜柑がやたらと目につく。

 量がとにかく多くて、他と果物と比べて値段が驚くほど安い。

 鉄貨三枚しかしない。

 確か、父親が大豊作って言ってたな。


 通りをキョロキョロ見ながら歩いていると、目的の〈クサィン〉の知り合いの商人の店に着いたようだ。


 「子爵様、遠路お越し頂き誠に恐縮です。

  私はこの町で商会を営んでおります〈ケンチィ〉と申します。よろしくお願いい  たします。

〈クサィン〉殿もいつもお世話になり有難うございます」


「〈ケンチィ〉殿、急に押しかけて申し訳ない。


 今日は、拝領した剣と母上の形見の装身具を売却に来たのだ。

 早速だが見て欲しい」


 「拝領した剣とお母様の形見ですか。

  これは由緒ある品をこの〈ケンチィ〉任せて頂けるとは光栄です。

 早速見せて頂きます」


 「で。どんな感じだ」


 「そうですね。全部合わせて五金貨でどうでしょう」


 五金貨か。必要な資金の四十分の一にしかならないな。


 「そうか。たった五金貨なのか」


 「そう仰いますが、この剣は飾るための物で、実用ではありません。

  著しく購買者が限定されます。

  他人の拝領品を買うのは、少しでも箔を付けたい成り上がりの商人だけです。

  おまけに疵もあります。

  宝石の方は、アクアマリンとガーネットとトパーズで、比較的大粒の品ですが、それほどの希少性は無く、驚くほど高価な物ではありません。

 中古の装飾品は新品の十分の一くらいが相場です。

 これでも、〈クサィン〉殿の領主様ですので、大変勉強しているのですよ」


 剣に疵をつけたのは、僕だ。

 商人の言うとおりではあるな。

 買値と違って、売値は驚くほど安いとテレビで言っていた。


 これじゃ仕方が無いな。

 命がけで取ってきた物だし、今後二度と手に入らない物だけど、《紅王鳥》の羽も売ることにしよう。


「そうか、分かった。それじゃこの《紅王鳥》の羽はどうだ」


「あー。《紅王鳥》の羽。本物なの。噓だろう」


 商人が、吃驚したのか、信じられないのか、素になっている。

〈クサィン〉も、「あの噂は本当だったのですね」と驚いている。


「アッ。子爵様、ぞんざいな物言いですみません。

 私としたことが、全く意表を衝かれました。

《紅王鳥》の羽を見せて貰って良いでしょうか」


「どうぞ見てくれ」


 商人が慎重に羽を手に取り、さっきより真剣な目になった。


「本当に綺麗な紅色ですね。ただ、本物かどうかの判断がつきません。

 市場に出回ったという噂すら聞いたことが無い品です。

 国宝級の品ですからね。

 真贋を確かめるには、御伽話的な方法しか思いつきません。

 言い伝えによれば、火を近づけて燃えなければ本物という、俄かには信じられない手段です。

 火を近づければ、この綺麗な羽が台無しになってしまいます。どうされますか」


「構わないよ。火を近づけて、試してくれ」


「本当に良いのですね。焦げても怒らないで下さいよ」


 商人が燭台に火を付けて、《紅王鳥》の羽を入念に炙っている。


「ふー。羽の色も全く変わりませんね。まさか、本物とは思いませんでした。

 流石に子爵家様だ。素晴らしい家宝をお持ちですね」


 僕が最近取ってきたから、家宝じゃないんだが。

 でも、ややこしくなりそうなので、家宝ということにしておこう。


「それで、価格はどのくらいになる」


「うーん。過去の例が全く無いので難しいですね。三十金貨でどうですか」


「えっ、その程度なの」


「うーん。分からないのですよ。正直困っています。

 それでは四十金貨でどうですか」


「国宝級なのに」


「うーん。うーん。五十金貨が限界です。

 類がない品ですが、これ以上の額では買い手がいません。

 五十金貨でも売る自信があまり無いのですよ」


 領地経営に必要な額の四分の一だがしょうがない。この辺が限界のようだ。

 必要不可欠でも無い物に、五十金貨も出せる人は殆どいないんだろう。

 うちも貴族で子爵だが、破産寸前だ。


「そうか、ありがとう。この値段で頼むよ」


「ふー。当方こそありがとうございます。

 でも、値段が値段だけに買い手が現れるか真に心配です。

 ただ、買い手が上手く見つかれば、我が商会にはとんでもない箔がつきます。

 伸るか反るかの大勝負ですよ」


 無事商談が終わった。後百五十金貨をどうするかだが。

 これを工面する方法をこの町で思いついた。

 紀伊国屋文左衛門作戦だ。


 剣と装身具は、大した金にならないので売らないことにした。

 最悪、まだある《紅王鳥》の羽を売る選択肢も残されている。


「話は変わるけど、蜜柑を大量に買いたいんだけど、扱っている商人を知らないか」


「蜜柑ですか。今年は値崩れしてお得ですからね。お任せ下さい。

 懇意にしている果物商がいますので紹介しますよ」


 早速、近くに住んでいる果物商に会いに行った。


 店内は、蜜柑、無花果、梨、キーウィフルーツやライチなどが鮮やかにディスプレイされている。


「これは貴族の坊ちゃま、果物をお求めで、蜜柑ですか。

 うちが扱っている蜜柑は品質が折り紙付きで、とても甘いですよ」


「値段が他の果物と比べて、本当に安いな」


「それが、今年は蜜柑が大豊作なのですよ。

 隠してもしょうがないでので、言いますが、正直余っているのです。

 べらぼうにお安い値段となっています」


「余っているのに、他領には売らないの」


「そうしたいのは、やまやまなのですが。

 大抵の果物がそうですが、蜜柑も柔らかくて傷みやすいのですよ。

 街道を馬車で運ぼうものなら、振動で傷ついて、一遍にダメになってしまいます。

 それと時間も掛かり過ぎて、腐ってしまいます。

 傷つくと腐りやすくなるのですよ」


「この町でないと食べられないんだね。

 でもこんな沢山売っているのは、この町の人は本当に蜜柑好きなんだね」


「そうなのです。この町の名物です。

 今の時期に蜜柑を食べるが文化みたいになっているのですよ。 

 健康にも良いですからね。

 ただ今年は流石に多すぎて困っています」


「それじゃ、沢山買うので値段は勉強してよ。三千個欲しいんだ」


「エッ。三千個ですか。三千個もどうされるのですか」


「他の町に持っていって売るつもりだ」


「あのう、先程言いましたが、腐ってダメになってしまいますよ」


「船で運ぶから大丈夫だと思うよ。

 ただ、出来るだけ熟れてない、青色が勝っている蜜柑を選んで欲しいな」


「忠告はしましたよ。くれぐれも後で文句は言わないで下さいよ。

 三千個も買って下さるので、値段は一金貨で良いですよ。

 捨て値です。

 このまま腐らすよりはましですし、三千も捌けただけで、何やら嬉しいですわ。

 今年だけは、もう蜜柑をあまり見たくないんです」

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