第37話 春祈祭

春が《ラング》の町へやって来た。


今日は春の訪れを祝う《春祈祭》の日だ。


〈サトミ〉に誘われて、〈クルス〉も一緒に祭りを見物することになった。

祭りは町の広場で行われるので、領主館の前で三人並んで観覧する。


広場には巨大な篝火が炊かれ、〈ウオィリ〉教師が一心不乱に祝詞を唱えている。


滝のような汗が、ヌラヌラと〈ウオィリ〉教師の顔や腕を覆い、篝火の赤黒い色も照り映えて、一種異様な迫力がある。


〈ウオィリ〉教師の晴れ舞台だ。


  祭りの内容は、篝火に町の人達が願いを書いたお札を焼べるという単純なものだが、彩を添える踊りも奉納される。


〈サトミ〉と〈クルス〉が見たかったのは、この踊りの方で、〈ウオィリ〉教師ではなかった。


 踊りは、町の十三歳以上の未婚の男女が、輪になって舞うというもので、それほど難しい振り付けではない。

 男女の出会いの場も兼ねていて、将来のパートナーを見定める役割も果たしているそうだ。


「〈タロ〉様、踊りが始まりましたよ。

〈サトミ〉はこの踊りが好きなの。何だかワクワクするの。始まるんだなって」


「〈サトミ〉ちゃんの言うとおり、新しい何かが始まる気持ちになりますね」


「〈サトミ〉と同い年の子も上手に踊っているよ。

男の子は一生懸命に小鉦を叩いてるし、女の子も鈴を力強く振ってるね」


 素朴なリズムの繰り返しだが、小鉦の高く澄んだ音色と、巫女鈴に似た手鈴の清らかで優しい調べが、篝火の炎に吹き上げられて、若春の夜空に始まりの華を咲かせているようだ。


 晴やかな衣装を纏った若い男女が、跳ねるように群舞する様も、人が本来持っている原始の希望を綺羅やかに表現している。


「〈タロ〉様、踊りの一番の良いとこが始まるよ」


踊っていた男女が、踊りの輪を崩して、ワラワラと走り出した。


 男女一対一になって、男が女の脇腹を掴んで、上に抱え上げ、その場でゆっくりと回り始めた。


「あっ、〈タロ〉様見て。あそこの組、回しながら、男の人が女の人の胸を触っているのが見えるでしょう。

 あれは、結婚の申し込みになるんだよ。女の人が嬉しそうに笑ってるね」


 本当だ。片手で器用に女性を支えながら、もう片方の手で女性の胸を触っている。

 衆人監視の中でのプロポーズか。


 私達は「もうこんな関係です」「売約済みです」っていう、皆に宣言する意味もあるんだろう。

 大らかな風習で吃驚する。祭りで、皆が興奮状態だから許されるんだろうな。


 片手で女性を支えるのは、バランスとか簡単じゃないから、何回も練習したに違いない。

  練習の度に胸を触ったのなら、許せない話だ。


 踊りの最後に、男が一際高く、天に女性を抱え上げ、一斉に鬨の声をあげた。


―   ランハッーァ グンハッーァ   ―


 懸命に踊った男女の若々しい思いが、一つになって、何処かに存在する大いなるものに届いた気がした。


「〈タロ〉様、終わっちゃったね。終わると寂しいな」


「そうだね。お祭りの後は寂しいもんだね。二人に聞くけど、この踊りが好きみたいだけど、どうして踊らないの」


「ハァ、〈タロ〉様、それはあんまりです」


「ほんと、〈タロ〉様、ひどいよ。〈サトミ〉達をどう思っているの」


「私達は、〈タロ〉様の許嫁のつもりです。もう結婚する相手が決まっていると思っています。

 違いますか。


 私が抱き上げられて、胸を触られたら、〈タロ〉様はどうするおつもりですか。

 是非聞かせて欲しいですね」


「そうだよ。〈サトミ〉が他の男の子に抱き上げられても、〈タロ〉様は平気なの」


「ゴメン。ゴメン。悪かったよ。謝るよ。

 良く考えたら、二人が他の人に抱き上げられるのは、我慢できないよ。

 さらに、胸を触られるなんて論外だよ」


「もー、〈タロ〉様、しっかりしてよ。〈サトミ〉は泣いちゃうよ」


「私も、とっても悲しくなりました。〈タロ〉様が、あんなことを言うなんて」


「ほんとに悪かった。謝るから、許してくれよ。

 可愛くて、美人で気立てが良い〈サトミ〉と〈クルス〉を、他人に渡わけないじゃないか。

 二人とも好きだから、何としてでも結婚したいよ。本当だよ」


「ほんとに。ほんと?〈サトミ〉は泣かなくて良いの」


「仕方が無いですね。一応、信じておきます」


 少し考えたら分かる地雷を踏んでしまった。完全な自爆だ。浅墓だった。


 未婚者の男女が、出会うための行事でもあるからな。

 結婚相手が決まったなら、もう踊りには参加しないのが不文律のようだ。


  複数の相手から求婚されると、ややこしくなるのと、まだ相手が決まっていない人が無駄足を踏まないための配慮もあるんだろう。


「二人とも、この後小屋に寄りたいんだけど、良いかい」


「何かあるの」


「構いませんけど」


小屋に三人で入った後

「これから三人で、さっきの踊りを踊ろうよ」


「えっ、〈サトミ〉達、小鉦も鈴も持ってないよ」


「そうですよ。〈タロ〉様、どうやって踊るのですか」


「キン、キン、キィキィン、キン、キン、キーン、キィキィン、キーン」

と僕は踊りの旋律を口まねで奏で始めた。


「そうか、〈タロ〉様、口でするのね」

と〈サトミ〉が鈴の音を口で真似する。


「シャン、シャラ、シャシャン、シャン、シャン、シャシャン、シャラ」


〈クルス〉は戸惑いながらも、〈サトミ〉に合わせて真似し始めた。


 僕の小鉦と〈クルス〉と〈サトミ〉の鈴の音が、何とか合わさったところで、僕達三人は、踊りながらクルクルと周り始める。


 僕の踊りは見様見真似だが、〈クルス〉と〈サトミ〉の踊りは上手で様になっている。


 最初はぎこちなかったけど、時間が経つにつれて、先ほど見た踊りにも負けないくらい真剣で、思いがこもった踊りが舞えた気がする。


〈クルス〉と〈サトミ〉は、段々と目に力がこもって、汗ばむほどに気合が入っている。


「〈タロ〉様、次は抱き上げるのよ。どうするの」


 僕は、二人の腰のあたりを同時に抱え、左右のバランスに気を付けながら、出来るだけ高く抱え上げた。


 二人は「キャン」とか「ヤッ」とか小さく悲鳴を上げたが、大人しく僕の意図に協力してくれている。


 二人を抱え上げたまま、何とか回り出したが、正直キツイ。

 二人とも軽いといっても、片手では長く持ちそうにない。


 二人の身体が、徐々にずり下がって、今は胸のあたりで支えている状態だ。


 また、二人が「キャン」とか「ヤッ」とか小さく悲鳴を上げが、今は気にしている余裕が無い。必死に手に力を籠める。


「〈タロ〉様、もう終わるよ。最後は鬨の声だよ」


 僕は、最後の力を振り絞って、二人を少しだけ上に抱き上げた。


―   ランハッーァ グンハッーァ   ―


 鬨の声が終わったとたん、二人を床に降ろして、僕はその場にへたり込んだ。

 もう限界だ。


 両手が強張って動かない。ゼイゼイと荒い息も止まらない。

 恐ろしく疲れたよ。

 でも、何とか最後まで持って良かった。


〈クルス〉と〈サトミ〉は、上気した顔をして、僕を見詰めている。

 少し睨んでいるようにも見えるが、怒っているのではないようだ。


「〈タロ〉様、〈サトミ〉の胸触りましたね」


「私の胸も触られました」


「〈タロ〉様、どうして〈サトミ〉の胸を触ったんですか」


「私の胸を強く触られたのは、どういうおつもりですか」


 二人が、ずり下がった時に触ったような気がした。


 必死だったので、殆ど感触が伝わってこなかった。

 惜しいことをした。残念無念。


 二人の問いかけは、返答次第で著しい災厄を招く予感がする。

 良く考える必要があるな。今度は失言しないぞ。


 「もちろん、〈サトミ〉と〈クルス〉に結婚の申し込みをしたんだよ。

 許嫁だけど、折角の機会だから、正式に求婚したかったんだよ」


 「ふぁ、〈タロ〉様、〈サトミ〉嬉しいです。幸せ過ぎて泣いちゃいます。

 一生忘れません」


 「やぁ、〈タロ〉様、そんなこと言われたら、私も嬉しくて堪らなくないです。

 胸が一杯になります」


 正しい返答が出来たようだ。二人とも感激してくれている。

 僕も二人との絆がより深いものとなって、すこぶる満足だ。


 気持ちを込めて踊ったせいか、厳しかった冬を乗り越えて、春を迎えた希望が僕達から滲み出して、この世界に満ち溢れているようだ。 

 これからの人生が、良きものとなるのを暗示してくれていると思おう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る