第13話 町のようす
王都から帰ってきたら流石に疲れた。
丁度今日は休養日で、勉強と鍛錬は休みなのでダラダラ過ごそう。
休養日なので、館にいる使用人の数も少ない。
朝食の給仕もメイドの〈プテーサ〉という子が一人だけだ。
子と言っても、一七歳で僕より三歳年上だ。
この世界の成人が十七歳なので、成人して直ぐ、子爵家へ奉公にきている計算になる。
自作農の二女で、比較的裕福な家の娘さんだ。
性格は良く知らないけど、茶色の髪でスタイルも良くて、中々綺麗な顔立ちをしている。
黒色のクラシカルなメイド服を着ているけど、スカートが膝丈で、袖も手首までは覆われていないから、軽快な印象だ。
メイド頭の〈ドリー〉のは、踝丈のロングスカートで、袖も手首まであるため、暑苦しくて重たく感じる。
〈ドリー〉は年齢の関係で、もう肌を出すのが嫌なのかもしれないな。
そこそこの年なんだろう。
〈プテーサ〉が着ているメイド服なら良いな。
許嫁の皆に着せたら、それはそれはそれは、可愛いだろう。
脳内で着せ替えをしてたら、〈プテーサ〉が声をかけてきた。
「〈タロ〉様、昼食はどうされますか」
「うーん、そうだな。今日は試しに町で取ることにするよ。町の様子も見てみたいし」
「承知しました。厨房にも伝えておきます。
町の中なら大丈夫だと思いますが、気を付けてくださいね」
「分かったよ〈プテ〉、気を付けるよ。
それとこの手紙を《ハバ》の町の〈アコ〉に送ってくれないか」
「分かりました。直ぐに出しておきます」
父親は早朝から船の所へ行っており、僕が昼食を取らなければ、休養日の当番に当たっている使用人が、楽をすることが出来る。
次期領主としては、使用人への気遣いも必要なことだと思う。
それにしても、父親の船好きは筋金入りだな。
船員も付き合わされて大変だ。
久しぶりの町にきた。
昼まで、まだ時間があるからどうしようか。
店の数もしれているんだ、一軒づつ冷やかすしかないか。
まずは、雑貨屋か。
中年夫婦が二人で営んでいるんだったな。
服の生地に裁縫道具、掃除道具に調理器具まで色々売っているな。
町の万屋、コンビニってとこか。
ジロジロと見ていると、中年のおばさんが声をかけてきた。
そりゃ気になるわ。
「あれま、お坊ちゃま、何かお探しですか」
「いや、何か探しているわけじゃない。見ているだけだよ。
ところで商売の調子はどうなんだ」
「あれま、商売のことを気にされるとは、少し前までは心配でたまりませんでしたが、お坊ちゃまは本当に賢くなられたのですね」
今度は中年のおっさんが声をかけてきた。喋り出しが一緒だ。
似たもの夫婦か。
なにげに過去をデスっているな。
今を褒めているから良いのか。
「そんなに変わってないよ。ちょっと落ち着いただけだよ。
それより、聞いたことはどうなんだ」
「うーん、落ち着いたから、ですか」
「あんた、それはもう良いから。それより、お坊ちゃまの質問に答えなさいよ」
「アッ、すいません。
お聞きになられた、商売の方はこれまでより良くはなっていませんが、安心しています。
安心と言うのは変ですが、これから良くなっていく感じが強いということです」
「フーン、安心なの」
「そうです、今日で確信に変わりましたが、有難いことです」
「フーン、良く分からないけど良かったね。
それと、今日は休養日だけど、店を開けているんだね」
「人様の休みが稼ぎ時なので、休養日では無い日に休んでいるのですよ。
客商売ですからね」
「そっか、大変だね。それじゃもう行くけど、頑張ってね」
「ええ、頑張りますとも。
お坊ちゃま、お身体だけは気を付けてくださいよ。
又おこしください」
何も買ってないんだけどね。
次に行くか。
パン屋を覗いたが、パンは殆ど売ってない。
というか、午前中に売り切れたようだ。
若い店主と若い奥さんが、遅い朝食を食べている。
若い奥さんか、新妻だな。
甘いハチミツの響きだ。きっと、トロリ濃厚だ。
数年したら許嫁達も、僕の新妻になるのか、たまらんな。
店先で脳内シュミレーションをしていたら、たまらず店主が声をかけてきた。
店先でニヤニヤされたら気持ち悪いわ。
「これは、御子息様どうされました。何か御用事ですか」
「ゴメン。ゴメン。食事中にすまないな。休養日だから町を散策しているんだ」
「散策ですか、この町を?
アッ、視察されているのですね。そうですか、まだお若いのに偉いものだ。
噂は本当だったのですね」
「噂って、どんな噂なの」
「アッ、しまった。
えーっと、御子息様が頭を強打された拍子に、おつむが素晴らしく良くなられて、見違えるほど立派になられたと言う話なのです」
「フーン、そういう話が広まっているのか。人の噂ってそんなもんだね」
「主人が失礼なことを申しましてすみません」
すかさず奥さんのフォローが入った。
内助の功だな。
「イヤイヤ、気にしてないよ。それより、パンの売れ行きはどうなんだ」
「お陰様で、売れ行きは落ちたりしてはしていません。
むしろ、これから伸びる気がしています」
「ほー、どうしてそう思うんだ」
「それは、町の人達が安心したからです。人間安心するとお腹が空きますからね」
「そうなんだ。それは良かったね。じゃ僕は散策を続けるけど、頑張ってね」
「次来られたら、うち自慢の窯で作ったパンをご馳走させてください。
それと、くれぐれもお元気でいてくださいよ」
夫婦揃って見送られたよ。
人柄も良さそうだ。
少し先にあるのは鍛冶屋か、見た感じ、とても流行っているようには見えないな。
掃除はされているようだが、建物が古くて、ハッキリと言ってぼろい。
黒くなってしまった壁には、大小の鍋、ナイフ、ハサミらが無造作にかけてある。
「何だ。店先でキョロキョロとするな。用があるなら早く言え。こっちは忙しいんだ」
五月蠅いじいさんだな。
ガリガリに痩せていて、神経質そうな顔をしている。
ただ、鍛冶屋らしく、顔は炎に焼けて赤黒いし、右手は筋肉隆々だ。
「イヤ、用事はたいしてない。何を造っているのか見ているだけだ」
「フッ、領主の坊ちゃんか。ここには、坊ちゃんが気に入る様な物は無いよ」
「そう言うなよ。そうだな、剣は置いているのか」
「そんな物は置いてないよ。この町で剣を置いても、買う奴は滅多におらんよ」
「そうか、それならそこのナイフを貰うよ」
刃渡りが二十cmくらいの真直ぐなブレ―ドで、鹿角のハンドルが付いた、中々格好が良いナイフだ。
狩猟用のナイフだと思う。
狩猟をするわけじゃないが、男の子はこういう物が欲しくなるんだ。
「こいつですか。良いですけど、手を切らないように、気を付けて貰わないと困るよ。
家臣が五月蠅いからな。
鞘も付けて、銀貨三枚になるよ」
鍛冶屋の偏屈じいさんに、銀貨を渡して店を出た。
高いのか安いのかは不明だ。
ナイフの良し悪しはよく分からない。
店を冷かしていたら、お腹が空いてきた。宿屋兼飲み屋兼食堂で何か食べてみよう。
「ヘィ、らっしゃい。アッ、御子息様ですか、失礼しました。何か御用事ですか」
食堂に入ると亭主が声を掛けてきた。
お昼の時間を過ぎているためか、食堂には誰もいない。
亭主は、太鼓腹をした中年のおっさんだ。
肥満気味の人が経営している店は、食べ物が美味しい気がするので期待大だ。
それと、看板娘が居るはずだが見当たらない。
夜しかいないのかな、残念。
「昼食が欲しいんだ」
「昼食を食べられるのですか、お一人で?
うちの料理では、舌に合わないと思いますが、定食ならあります」
「定食か。それで構わないから持ってきてくれ」
「ヘィ、分かりました」
厨房に向けて店主が怒鳴り声で注文を通した。
「定食一丁。御子息様用だから丁寧に造れよ。分かったな」
人が多い時は、大声でないと聞こないんだろうな。
「お待たせしました。定食です。水も置いときますよ」
「早いな、頂くよ」
定食は、スープと黒パンと肉の煮物だ。
スープは、蕪が多い野菜スープで塩味だ。
パンは、全粒粉で黒くて硬い。噛み応えがある。
若夫婦の店のパンなんだろう。
肉の煮物は、塩漬け肉を煮込んでいるようだ。当然塩味が強い。
全てが素朴な味で、香辛料や香草は殆ど使われていないようだな。
たまには良いが、毎日だと厳しい味付けだ。
当たり前だけど、館の食事の方が大部ましだと思う。
「亭主、美味しかったよ。ご馳走様」
「ハッハッ、褒められるようなものじゃありませんよ。
それにしても、良い食べっぷりでしたね。
〈ハパ〉先生が、武芸も期待が持てると言ったっていう、噂は本当みたいですね」
「そんな噂もあるのか」
「そうなんですよ。噂話はいつでも、どこでも、一番人気のある娯楽ですからね」
「そうかもしれないな。当人じゃ無ければ面白いんだけどね。値段は幾らだ」
「二銅貨になります」
四百円か、安いんだろうな。
ポケットを探って、亭主にお金を渡した。
「それじゃ帰るよ。今度は夜に来たいな」
「毎度あり。でも、夜は後三年は我慢してください。館の人に怒られちゃいますよ」
結構量があったな、お腹が苦しい。
広場で少し休んでいこう。
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