第11話 掏りの少年

 父親の言葉どおり四日で《アンサ》の港に着いた。


 船に関することは優秀だな。

「深遠の面影号」も頑丈に出来ていて、思った以上に安定感がある。

 操船もスムーズで、快適なクルージングが楽しめた。

 酔わない体質で良かったよ。


 馬車を降ろして進むと、直ぐに町の中心部に着いた。

 《ラング》の町とそんなに変わらない。

 違うのは、魚を扱っている店があるくらいだ。


 この町で一泊して、明日王都に出発だ。

 夕食のメインディッシュは、鰺に似た魚を焼いたものだった。

 久しぶりの焼魚は美味しかった。

 この町の名物みたいだ。また魚を食べてみたいな。


 王都には夕方に到着した。


 高さが、五m以上ある石壁に延々と囲われている。

 壁の厚さも三mはあり、強固な造りになっていて、《ラング》の町とは段違いだ。

 巨大な建造物が持つ、人を圧倒する迫力がある。


 入口の門も巨大で、馬車が二台余裕ですれ違い出来るほどだ。

 門の前には、大勢の人と荷車と馬車が、溢れかえっている。

 逞しい生活者たちの喧騒で、ワーンと耳鳴りがする。


「馬車はそこで止まってください」

 門番の衛士に呼びかけられた。


「貴族家の馬車とお見受けしますが、貴族証はお持ちですか」


 ヘェー、貴族証というものがあるのか。

 一緒に来た兵士が貴族証を見せたようだ。


「ありがとうございます。確認出来ました。この度はどのような用件で、王都に参られたのですか」


「跡目披露のために参りました」

 と御者が要件を伝えると、直ぐに門を通された。


「遠いところからお疲れ様です。王都へようこそ」

 この衛士は気さくな性格のようで、笑顔で歓迎してくれている。

 対応も卒がなく訓練が行き届いる。

 偉いもんだね。


 町の目貫通りを沢山の人々が歩いている。

 馬車も色んな種類の物が走っていて、賑やかさを通り越して、事故が起こりそうで怖いくらいだ。

 馬車の中からでは良く見えなかったけど、視界の隅に《インラ人》や《トロヘ人》が、遠目にチラッと見えた。


 本当に異人種がいるんだ。凄い。

 異世界にきた感をひしひしと感じるぞ。

 夢中で外を見ているうちに、宿に着いたようだ。


 宿は「朝霧の木漏れ日停」というロマンチック名前で、貴族向けの高級な宿だ。


 高級なので料金もそれなりにお高い。

 従者も合わせて六人の宿泊代と馬の世話を含めてだが、一泊金貨五枚にもなる。


 この世界の貨幣は、鉄貨、銅貨、銀貨、金貨があり、鉄貨十枚で銅貨一枚、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚の価値となっている。

 誰でも分かるように、単純な交換比率を採用しているんだろう。


 鉄貨五枚で、固い平民向けの黒パンが一個買える。

 相当乱暴な計算になるが、元の世界では、安いパン一個が百円程度なので、鉄貨一枚が二十円、銅貨一枚が二百円、銀貨一枚は二千円で、金貨一枚は二万円となる。


 王都なので物価も高くて、貴族向けで割高だと思うが、平民向けの宿が一泊銀貨一枚程度に対して、一泊金貨五枚とはべらぼうに高い。


 王都に来るのは一大行事だな。


 折角王都に来たのだから、見物しないわけにはいかない。


 親が放任主義なためか、大した苦労もなく、宿を出ることに成功した。


 午後遅くの町は、夜幕が降ろされる前の刹那を貪欲に食らおうとする人々の息が重なり合い、まだまだ賑わいを見せている。

 通りの両側には、二十四色の色鉛筆で建てられたような様々な店が、百二十色のクレヨンを変換したと思えるほど色々な商品を並べている。


 石と木で作られているのは《ラング》の町と一緒だが、王都は三階建ての建物が多い。

 一階が店舗で、二階より上を住居として使っているようだ。


 直ぐ横の店を覗くと、ジュウジュウという肉を焼く香ばしい匂いと音と滴る油が、五感を切なく引っ張ろうとする。


 向こうの店では、色とりどりの布が店の外までこぼれている。

 服の生地を売っているのかな。

 看板も出ているけど、一度に沢山の情報が目に飛び込んできて、ゴチャゴチャになって、一つ一つが良く分からない。


 異人種も捜しているが、ここには見当たらないな。

 数が少ないのか、活動している場所が違うのか。


 キョロキョロと周りを見渡していると、後の方から僅かに殺気を感じる。


 〈タロ〉君の『敏皮』のスキルだ。

 掏りかもしれない。


 田舎から出てきた貴族の坊ちゃんが、一人でウロウロしているんだ、狙われて当然だな。

 格好の獲物に見えるんだろう。


 そっと背後を覗うと、少年が一人、少し離れてついてきている。

 隙が出来るのを待っている感じだ。


 痩せてこけて、薄汚れた服を着ているな。

 あまりに弱々しいので、こいつなら余裕で勝てる気がする。


 試して見るか。

 人気のない路地に入ってみた。

 案の定、少年が突然距離を詰めて、僕の懐に手を突っ込んできた。


「そんな体捌きでは、身体にも触れられないぞ」

 突っ込んできた手を掴んで捻ってやった。


「ハパ」先生の鍛錬のお陰で造作もない。

 相手が弱すぎるだけか。


「グゥ。痛い。乱暴はやめてください。手を離してください」


「何のつもりだ」


「つもりも何も、横を通り抜けようとしただけです」


「嘘を吐くな。掏ろうとしただろう」


「バカなことを言わないでください。いい加減怒りますよ。痛いんだから、離してください」


「悪いことをするヤツを離すことは出来ないな。衛士に突き出してやる」


「何もしてないじゃないですか。何もしてないのに、罪になるはずないじゃないですか」


「よく言うよ。掏ろうとしてたじゃないか。

 お前みたいな汚いヤツと、貴族の僕の言うことと、どちらが信用されると思う」


「うっ。何も取ってないんだから許してくれよ。

 僕が捕まったら、妹が死んでしまう。お願いだ」


「嘘くさい話だな」


「誓って嘘じゃない。妹は病気なんだ」


「親はいないのか」


「僕らは《ベン》島から逃げてきたんだ。

 お父さんは《インラ人》の兵隊に殺されてしまって、お母さんと妹とで逃げてきたんだ。

 何処へ行っても、働くところが無くて王都にきたんだ」


「王都でも働いて無いじゃないか」


「ここでも余所者が働けるところは無いんだよ。子供だと本当に何にも無いんだ」


「お母さんは働いていないのか」


「お母さんは、僕たちのために身を犠牲にして、お金を稼いでくれていたけど、体を壊して死んじゃったんだ」


 なんだか暗い話だな。

 《ベン》島は、《アルプ》国と《インラ》国の国境の沖合にある大きな島だ。

 大昔から《アルプ》国と《インラ》国が領有を争っていて、最近、《インラ》国に取り返されたと聞いている。

 タイミング的には嘘じゃないかもしれないな。


「どこに住んでいるんだ」


「町の北側に、宿無しの人達が暮らしている場所があるんだ。そこの小屋に住んでいるんだ」


「良く小屋があったな」


「屋根が腐って崩れていたから、空いてたんだ」


 とんでもなく不幸な目にあっているな。

 僕の恵まれた境遇とは大違いだ。

 差があり過ぎて嫌な気分になる。

 気分が滅入ってくる。

 聞かなければ良かった。

 どうしたものか。

 何とかこの鬱々した嫌な気持ちを消し去りたい。

 ここは偽善で良いから、楽になっておこう。


「そうか大変だったな。離してやるよ。それとこれで妹に何か食わしてやれよ」


「エッ。銀貨をくれるの。なぜ、どうしてなんだ」


「何でも良いじゃないか。単なる気まぐれだ」


「本当に良いのですか。良く分からないけど、助かります。

 あなたは、本当は良い人なんですね。有難うございます」


「そうじゃないさ。気分の問題だ」


「僕は〈アィラン〉という名前なんです。

 今は何もお礼は出来ないけど。どんな事でもします。

 《ベン》島の〈アィラン〉で探してもらったら飛んできます」


「何かあった時はそうするよ」

 広い王都で探すのは厳しいと思うけど。


「絶対飛んできます。それじゃ妹が待っているから帰ります」


 〈アィラン〉は飛ぶように走っていった。

 妹がいるのも本当かもしれないな。

 でも馬鹿な金蔓だと思っているのかもしれない。


 疲れたから宿に帰ろう。

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