踏み入れたくない

第8話

 翔太に通夜での修羅場を話すと鼻で笑った。笑うことかしら。

「まぁそういうのはたくさん見てはいる。奥さんが不倫で相手の車に乗って事故死は意外とある、反対の場合もあるけどな。旦那が事故して死ぬ時もあれば相手の女性が死んでその夫が殴り込みにくるとか」

「わー……」

 とつい私も反応してしまう。こういう他人の修羅場を聞いてハラハラしてしまう、もっと知ってしまいたいという気持ちはやはりあるものなのだ。


「明日の告別式は行けそうか」

「多分無理ね、出禁よわたしたち」

「でも美夜子は何も言っとらんやろ」

「まぁ……でも同じ仲間と思われたかもね」

 確かに自分に関してはあの場では何も言わなかった、でなくて言えなかった。告別式、私は出てもいいのだろうか。事実上、家族葬だし。


「私が告別式行ったところでどうなるの」

「……でも聞いた話だと奈々子さんの夫と義理の親は相当厄介だな。ここだけの話、奈々子さんが地元警察に相談の電話をしているという記録がある」

 ……電話?


「夫と義理の親からモラハラを受けているのだが……と」

「……」

 私は一度彼女がモラハラで悩んでいる際にネットで色々と調べたが、警察でも相談できるし匿ってもらうこともできると。そのことを覚えていたのだろうか。


「担当によると相談には乗りますよと日時までは決めていたそうだが再び電話が来てやめておきます、と連絡あったからだったそうだ」

「なに、相談に乗りますって……奈々子は日々旦那や義理の親にひどいこと言われてきたのよ」

「ああ、電話に出たものが奈々子さんが今までこんなことされましたと話した。記録もとってある。確かにひどいものであるが命に関わるものでない限り警察も動けないものでね」

「相談もいちいち予約取らなきゃいけないの?」

「担当が不在の時もあってな。まずは警察に連絡、警察署に来てもらって話を聞く……そこからしか動けん」


 ……なんというシステムなんだ。でも警察に行ったところで匿ってもらってそこから先はどうなるのだろうか。


「たぶんただの夫とのいざこざ、嫁姑問題で片付けられたのだろう。こういう相談は日常茶飯事。本当に殴る蹴るやお金のことが絡まないと動けない……変なシステムだ」


 警察である翔太でさえそういうのだ。私もおかしい、と思ったが過去のストーカー事件で警察が踏み入らずに最後はストーカーに殺されてしまったというのを覚えている。


「……何度も見てきた、聞いてきた。もっと踏み入れてればひどくならなかったのに、その人は罪を犯さなかったのにって」

「……」

「あまり情を持つなって学校や上に言われていたし、僕もそう思ってたけど……昔、俺の1番尊敬する上司だった人がな、すごく情を持つ人で」

 あ、この話。たまによく出てくる、翔太の元上司である、いかにもトレンディものに出てきそうな人のことだ。


 今までも細かくは話してくれないが、こういう人がいてね、と節々に現れていた。

「聞く?」

「さわりだけでいい」

「……そか」

 私は翔太の胸板にさらに近づく。鼓動が聞こえる。どくどくと。


「その人は……小さい頃に両親を亡くしててな。母親が父親によるモラハラと性的暴力で心を殺されて、面前で見ていた彼のお兄さんも心身的に病んで大人になってから自殺した。里親がとても良い人で良い暮らしをしていたのにも関わらず……」

 ……奈々子も心を殺された……夫や義理の親たちによって。


「だからその人は……母親やお兄さんと同じ思いをさせたくないって。刑事になってからも似たような事件をいくつか担当して救えずに苦しんで、でも上に働きかけても……未だにこれだからな」

「翔太も気にしてしまう?」

「まぁね。僕の周りは親も含めて奥さんを大事にする人が多くてね。もちろん事件でモラハラ絡みのことを受け持つと気にするようにはなっだけど……警察としてできることは限られているんだ」

 翔太は私の方をみてる。丸っとした可愛い目。40近いのに私より少し年上なのに幼く見えるのはその顔つきだろうか。体格はしっかりしているのにそのギャップがたまらない。


 頭を撫でてやるとふふっと笑った。少年みたいに笑うところなんて、ほんと可愛い。

「やめろよ。こしょぐったい……」

「いいじゃん」

 さっきまで真剣に話してたのに。この笑顔が好きで惚れたのだ。


「……もう一回、したい」

 そういう。

「あと少ししたら帰る」

「もう一回」

「……こら」

 翔太の上に乗っかる。

「こういう君の強引さに負けたんだよ、僕は」

 彼は堪忍した。




  

 朝起きると、彼はいなかった。

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