帰り道

 夕陽が辺りを茜色に染める。それは勿論、帰り道も茜色に染め上げていた。白い雲は光を吸収してオレンジ色に輝き、各々の雲が風に流されている。



「雨が降ったら、その後は晴れるんだぜ」



 彼は夕陽を背に言った。逆光で表情は朧気だが、その手にはビニール傘がしっかりと握られている。今日の降水確率は三十%。彼が傘を持っているのはその所為だろう。しかし、未だに雨は降っていない。


「アホか。雨の日の次は雨だってこともあるだろ。『雨が降ったら晴れる』なんて言い切れない」

「ははっ。さすがミノリくん。相変わらず考えがマイナス思考だな」


 彼は隣を歩く青年の頭を撫でようと手を伸ばすが、びくっ、と青年は躯を竦めた。


「あ……、悪い」


 彼はすぐに手を引っ込める。


「……うん。こっちこそ、ごめん」


 青年――きのしたミノリは、躯に触れられることを極端に嫌う。彼――やまなみハルカは、その理由が判っているからこそ謝った。


「謝るなよ。お前は悪くないから」


 再度夕陽を背に彼は――ハルカは言い放つ。

 ――助けてあげられたら、と思う。子供だった時は助けられなかったから――……。

 二人は家が近いこともあって、一緒にいることが多かった。それなのに、なにも気付かなかった。気付いてあげられなかった。


「ハルカ?」

「ん? あぁ、なに?」


 ミノリの声に我に返ったハルカは、彼を軽く見遣った。


「また上の空かよ」

「まぁ、ね」

「なに考えてるか判んねぇけど、電柱とかにぶつかんなよ」


 ミノリは呆れた顔で言い放つ。


「ぶつかりません」


 そんなヘマをするわけがない、と一人ごちて前を向く。


「……なぁ、ハルカ」

「ん?」

「やっぱ夏に長袖って、変だよな……」


 言い放ったミノリは自分の腕を見る。そこにあるのはカッターシャツの白色で、肌が露出していなかった。


「その……、すげぇ訳ありっぽいじゃん?」

「じゃあ、半袖にするの?」

「それはっ……、その……」


 返答の言葉に詰まる。出来ない理由があったからだ。


「別に変じゃないぜ。今じゃアトピーとかいろんな理由があるからな。変じゃない」


 優しく――まるでガラス細工を触るかのように優しく、ミノリの頭を撫でる。


「うん……」


 他の人に触れられるのは我慢出来ないが、ハルカに触れられるのは我慢出来た。


「……さ、早く帰ろう」


 彼は頭から手を離し、さっさと歩き始めた。歩幅が違う為に、すぐに差が開く。


「待てって」


 ミノリは急いでハルカの後を追う。置いていかれたくはない。置いていかないでほしい。

 歩く中で、ハルカの後ろ姿を眺める。大きな背中。大きな手。自分とは違う。自分とは――全然違う。

 ハルカは明るくて、人当たりもいい。そのお蔭か友達も多く、男女共に人気があった。彼を知る人は、誰もが理にかなっていると思うだろう。かくいうミノリは消極的で、友達もいない。人と接するのが苦手だったからだ。唯一友達と呼べるのはハルカくらいだろう。


「――……」

「バカ」


 ぐっ、と腕を引っ張られる。


「え? えっ?」


 訳が判らず困惑気味にハルカを見据えた。


「ぼーっとしてんなよ。ほら、電柱」


 言い放ち、彼は電柱を指差す。どうやらふらふらと電柱に近付いていたようだ。助けてもらわなければ、ぶつかっていただろう。


「あ……」

「っとに……」


 はぁ、と呆れたような短いため息を漏らす。


「ごめん」

「謝るなっての。この場合は『ごめん』じゃなくて『ありがとう』だから」


 ミノリは謝ることが癖になっていた。それはなかなか直せない。


「……ごめん」

「いや、俺の方が悪かった。ゆっくりでいいからな」


 ハルカの優しさは痛いほど判る。それは本当に嬉しいが、反面、辛かった。どうしてそこまで優しくしてくれるのか、彼には判らなかったのだ。




 

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