チートスキルを持たないおっさんが異世界に行っても、瞬殺されるだけでした…

白眉

Prologue1

「シメさん…すまないな…。」

「仕方ないですよ。こんな世の中ですからね…。」


 世はパンデミックの真っただ中。世界恐慌にも陥り経済が回らず、結果、早期退職というリストラが世の中を襲っている。


 某下着メーカーの工場で総務課長をしていた俺に赤紙が付いたのが一か月前。

そして、今日がこの工場を去る日、つまり退職日だ…。


 俺は、七五三 一三(しめ かずみ)53歳、定年退職まであと7年…。あ、63歳定年制度が実施されれば、あと10年だったか…。

ひと昔もふた昔も前、一時は改良した下着に“〇〇のブラ”というキャッチ・コピーで売り出した結果、数十パーセント売り上げた立役者となり、“時のヒト”のように一世を風靡したが、一発屋で終わった…。

それ以降は鳴かず飛ばず…。今日まではしがない一工場の総務課長をしている。


 当時は下着界のプリンスだとか言われ、社長の娘と政略結婚させられたが、そこに愛などは無く子供もいない。

家といっても、社長宅の敷地内に別宅をあてがわれ、そこで暮らしていたのが、帰ったとしても誰も居ない…。妻は若いツバメの所だろう。

そして先月の赤紙により、めでたく?離婚と相成った訳である。

当然、俺には資産も何も無く、家を追い出されることとなり、今ではアパートで独り暮らし。


 こんな生活ではあるが、一人で住んでみて思ったことは、自分の時間というか趣味に没頭できることを発見した。


 若い頃からプラモやフィギュアを作るのが好きだった。

クオリティーの高さもあり、もう一度プラモを作ったり、フィギュアのもととなっているラノベなる小説も読んでいる。

まぁ、遅咲きの青春ってやつを謳歌していたと感じている。


 だが、それも今日までだ。

明日から無職…。前の会社では次の会社の斡旋はなく、赤紙をもらってからハローワークに通ってはいるが、53歳の就職先など無いんだよ。

今日の退職をもって失業給付の申請をしたが、これから先のビジョンが無い。


「まぁ、世の中こんなもんなのかもしれないな…。」


 数年前に全世界を襲ったパンデミックは、世界経済を衰退させた。

移動制限・行動制限がかかり、輸入に頼る我が国は材料が入って来ず、減産体制に陥った。

それが3年も続くとなると、もはやパンデミックだけでは説明ができず、国内の経済がすべて停滞していく。

 確かに売れるモノは売れるが、売れないモノはとことん売れない…。

それが今日まで働いていた社=工場であった。


 コンビニに入る。

弁当を買う…、ハローワークに行く…、コンビニに行く…。

早く無限ループを脱却せねば…。


 コンビニを出て、アパートへ向かおうとすると、前に大勢の高校生が道一杯になって歩いている。

部活の帰りなんだろうな…。キャイのキャイの大声を出しながら歩いている。


 あぁ、あんな事も昔あったよな…。

ノスタルジーな気分になりながらも、この子達の将来は明るいものなのだろうか、と心配してしまう。


 別に国や行政が悪いわけではないと思う。

だが、パンデミックを3年も継続している姿を見ると、世の中これで良いのかと感じる。

ウィルスも生きていくために形を変える…、彼らも必死なんだよ。

撲滅だとか殲滅だとか言ってないで、早く共存できる世界、すなわち特効薬を作ってもらいたいもんだ。そうすればインフルエンザと同等の部類に入るんじゃないか?


 まぁ、俺のような無力な人間が考えても、何も変わることはない…。

早くお偉方が良い方向に舵取りしてくれれば、と祈るばかりだ。


 高校生の集団を足早に追い越し、あと十数メートル先の角を曲がればアパートだ。

家でラノベでも読もう…。


 と思った瞬間、後ろから大声がする。


「うぉ!おい!これ何だ!」

「ヤバいんじゃない…?」


 振り向くと、高校生の地面の周辺にはオレンジ色の光が集まり始め、何やら円を描き始めている。

その円の内側には幾何学模様というか、ミミズが這いつくばったような線が入り始めた。


「お、おい!君たち!早くその場から離れなさい!」


何時しか、来た道をダッシュで戻り、高校生たちに声をかける。


「え?何?これ?」

「早く離れなさい!」

「出れないの…。」


 俺は手を差し伸べると、一人の女の子が俺の手を取る。

力を入れて引っ張ると少しだけ少女がこちらに動いた。

いけるか!

と思った瞬間、オレンジ色の光に包まれ意識が無くなった…。

 オレンジ色の光が消滅した後、何かでえぐられたような跡のみが残された…。


 後にこの事象を“手の込んだ某国の隠蔽工作”だとか“現代の神隠し”だと呼ばれることとなったのだが、それは俺が知る事ができない情報であった。

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