白波詩子の成り上がり劇場
工藤凛
プロローグ
花の高校生活、夏休みが終わりを迎えようとしている。
部員達に挨拶したのち、駆け足で目的の場所に向かう。
――茜色の校舎。
ほとんど生徒に出くわすことなく淡々と廊下を進み教室の扉を開く。
明日から始業式と、明後日には授業が本格的に始まる。
長期休みではあったものの、部活動で忙しなかったためそこまで憂鬱な感情は無く、むしろ私の描いたシナリオがどうなるのか気になって仕方なかった。
不安要素を列挙すると切りがない。
もしかしたら、内容の酷さから友人や仲間達を失う可能性もあるんじゃないか……なんてね。そんなペシミズム的な考えを抱いた所で、既に計画は進行している。
頭を振り、気持ちにリセットするよう促す。
ゆっくりと深呼吸を一つして、鞄から一冊の台本を取り出す。
演劇部が文化祭で披露する予定のそれを机の中にそっと忍ばせる。もちろん、誰の物かしっかりと名前の記入も忘れていない。
これで準備は完了。後は明日の放課後までバレずにいてくれれば……。
それにしても熱い。猛暑日とあって、何もしていなくても汗が自然と流れ落ちてくる。まぁ私の場合はそれだけじゃないけど。
「他に誰もいないしいいか」
堪らず頭部に手を伸ばす。痒みを軽減させるためボリボリと勢いよく掻く。
ポケットに入ったスマホから振動を感じて主の正体を確認する。
そこには、さっきまで一緒に稽古をしていた共犯者の名前が表示されていた。
恐らく、計画についての最終確認で電話を掛けてきたのだろう。
誰もいないことを再度確認して通話に出る。
「大丈夫なの?」
『かなり前に別れたから、周りには誰も居ないよ』
念の為、周囲に人はいないか確認したけど、杞憂みたいね。
『相変わらず用心深い所は変わってないんだね』
スマホ越しでも分かる憎たらしい言い方。
「当たり前でしょ。傷つける覚悟、傷つけられる覚悟を持って挑むのだから」
言葉と共に握る手に力が入る。
『センシティブな内容なのは理解している。けれど、お前がそこまでやる必要があるのか、それが疑問となって発言せずにはいられなかった』
なるほど。メールでも良かったのに、わざわざ電話をチョイスしたのはこの為。
「心配してるんだ。私のこと」
『そりゃあねぇ?』
どこか含みのある物言いではぐらかされる。可愛くないなぁ。
『問題無さそうだね……どうする? このまま最終確認しちゃう?』
かと思ったら、次は優しく問いかけてくる。ウザい、なんかうざい。
「そうね。いつ誰に聞かれるか分からないから手短にね」
『はいはい』
さっきまでのネガティブな感情はどこかへやら。いつの間にか落ち着きを取り戻していた。
気付かれていたのかな、私が躊躇っていたのを……だとすれば、そっちこそ昔と変わらず心配性ね。
うだるような暑さの中、笑みがこぼれる。
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