第155話 ホーム5


 大型レジの並ぶコーナーをすぎると、NIKEAの在庫品保管倉庫にたどり着いた。


しかし、倉庫といっても扉で仕切られた部屋があるわけではない。

レジコーナーから地続きになっているフロアの奥、そこには高い天井のすれすれまで巨大な鉄製の棚が立ち並び、まるで棚の森のようだ。


 今まで目にしたことの無い光景に圧倒されていると、倉庫を警備していた青年たちがこちらを見て一斉に挨拶をしてきた。


「「「お疲れさまです!!」」」


「おう。一鬼は奥か?」


「はい! いつもの場所でくつろがれています!」


 御法川の言葉に元気よく返事をした青年が棚の奥を指差す。


ようやく目標とご対面か。


 御法川は鷹揚な態度で青年たちの間を抜け、そびえたつ棚の森を進んでいく。

棚にはところどころ意図的に空間が開けられており、くぐり抜ければ隣の列に出られるようになっていた。


「まるで迷路みてぇだろ? 一応侵入者対策らしいんだが、本当は一鬼の趣味らしい」


普通逆じゃないのか……?


「もうすぐだ。いいか? 一鬼は面白ぇやつなんだが、基本的には馬鹿だ。それも俺とは少し違うタイプのな。気を使う必要はねぇが、『身内を馬鹿にする』発言にだけは気をつけろ。マジギレしやがるから」

割と重要そうなことをさらっと言うと、それについて質問するまもなく奥から声がかかった。



「実里、そいつ誰?」


 大きく空間の空いた棚の一角、そこに北欧デザインの大きなソファーが置かれている。

その中央に深く腰掛け、眼光鋭くこちらを見据えている青年。


 紹介されなくてもその佇まいだけで察する。

彼こそがN・Oの首魁、一鬼さんだろう。


 「おう、一鬼。新入りだ。元は俺の同級生でな。ちょっと紹介させてくれ」

御法川は応えながらずけずけとソファーに近づいていくが、途中で控えていた青年に進路を遮られてしまう。


 「御法川さん、たとえ副総長といえど新入りをいきなり一鬼さんに引き合わせるのはどうでしょう。奥羽会との緊張も高まってきているんです。もう少し慎重にならないと」


 「あん? 俺のダチが奥羽会の回しもんなわけねぇだろが! 馬鹿にしてっとぶち殺すぞ柄本えもとぉ!!」

冷静な青年とは裏腹に、御法川はそのまんまチンピラらしい反応を見せる。

内容的には100:0で向こうの言っていることが正しいのだが。


 「……そこまでは言ってません。ただ慎重になってくださいとお願いしているんです。迂闊な行動をして一鬼さんになにかあったらどうするつもりですか?」


 「何かってなんだよ! 谷々が一鬼を殺そうとでもしてるってか!? そんなわけねぇだろうが!」

僕のために御法川が怒ってくれている。

持つべきものは友達とはよくいったものだ。


「ふーん。お前谷々って言うのか。変な名前だな」


 2人のやりとりに介入するべきか悩んでいると、いつのまにか真隣に一鬼さんが立っていた。

腕を組み、しげしげと僕の全身を眺めている。


 「ちょっと一鬼さん! 勝手な行動をしないでくださいっていつも言ってるでしょ!」

僕の隣に立つ一鬼さんを見つけ、青年が金切り声で叫ぶ。

どうやら一鬼さんは奇抜な行動の常習犯らしい。


「……谷を重ねて谷々です。御法川と同じ吉祥寺学園の生徒で、高3です」

遠慮のない視線に居心地の悪さを感じつつ、簡単に自己紹介を行う。

しかし、当の一鬼さんはそんなこと聞いていないとでも言うふうに僕の目をじっと見つめたままだ。


「……谷々はさぁ。これまでにどれくらい殺してきた?」

無感情、というよりは無垢な声だ。

まるで朝ごはんがなんだったかを聞くような気軽さ。


「殺してきたって、ゾンビをですか? 多分数十体くらいでしょうか」

異世界でのことをカウントすると数百体だろうが、あまり警戒させるのはまずい。


ここは少なめに申告しておくべきだろう。

そんな思惑での回答だったが、一鬼さんから返ってきたのは予想外の一言だった。



「違う。ゾンビじゃねぇ。生きている人間のほうだ」

その言葉もやはり、無垢で純粋な心からの声に聞こえる。


……正直、そういう角度での質問が来るとは思っていなかった。


「……答えなければいけませんか?」


「いや、その答えで十分。それじゃ」

何が十分なのかわからないが、一鬼さんは一人で納得し、僕から数歩分距離をとって振り返った。



「やるか」

そう言うと一鬼さんはとっていた距離を一気に詰め、体ごとひねりを加えた強烈な蹴りを繰り出してきた。

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