第133話 補給
「……こ、こっちにはいません」
「こちらも大丈夫です」
「……よし、予定より少し遅れている。さっさと詰め込んで次に行くぞ」
肩に金属バットを担ぎ、もう片方の手に銃を持った『第五班班長』の長嶋さんが手短に指示を出す。
支給されたリュックを手早く下ろし、中に薬局内の薬や生活必需品を詰め込んでいく。
「……谷々君、なるべく小さくてかさばらない錠剤なんかがおすすめだよ。買取の単価も高いから一回の補給でかなり稼げるんだ」
となりの棚で同じようにリュックを降ろす池田さんが教えてくれた。
「ありがとうございます。……池田さんはこれまでに何回くらい補給に参加されているんですか?」
言われた通り錠剤の薬品を中心に詰めていきながら小声で話しかける。
「これが5回目だね。最初のころは補給自体大した頻度じゃなかったんだけど、近頃はほとんど毎日さ。正直生きた心地はしないけど家族のためだからね……」
池田さんは諦めたような顔で笑い、慣れた手つきでリュックに物資を詰め込んでいく。
5回という数字が多いのかどうかはわからない。
しかし、毎回二度と帰れないかもしれない覚悟で出発した回数と思えば充分多いほうなのだろう。
今朝目が覚め、朝食の配給が終わると早速補給班の元へ案内された。
集合場所は立体歩道の行き止まりにある雑居ビルで、中にはすでに30人ほどの人間が集まってなにやら話し合っていた。
よく見るとその集団はさらに何人かで固まっているようだ。
ここまで案内してくれた黒服の男が集団の中へ消え、帰ってきた時には傍らにもう一人ガタイの良いスキンヘッドの男を連れていた。
男はぶっきらぼうに「第5班班長、
曰く。
補給班は班長1人に4人の部下を付ける5人組方式で行動している。
班長には銃が支給されており、危険を感じた場合、または班員が命令に従わなかった場合はその場で発砲が許可されている。
班員には1人に1つ大型のリュックサックが支給され、一度の補給でそれを満杯にして帰ってくることがノルマとなっている。
リュックの中の物は帰還時にすべて奥羽会に渡さなければならないが、リュックの内容量以上に物資を集めた場合は個人の取得物として占有を許可される。
取得物は帰還後に査定所へ持ち込めば鑑定してもらうことができ、相応の金額に換金することも可能である。
補給班は『専属』と『遊撃』に分かれており、専属の者は招集があった際必ず参加しなければならないが、遊撃の者は補給に参加したいときのみの参加が認められている。
ということだった。
説明が終わると早速5班のもとへ案内され、簡単な自己紹介のあと今日の補給地点について説明を受けた。
どうも立体歩道に隣接するビルの物資はあらかた回収してしまったらしく、最近は補給に向かう先が徐々に遠くなっているようだ。
今回は北口から少し歩かなければならない『ドンキ・ホーテ』周辺が補給地点に決まったようで、何人かの班員は嫌そうな顔でその説明を受けていた。
会議が終わると集まっていた人々は班ごとに行動が開始され、僕の配属された第5班も立体歩道の階段から地上へ向かう。
その途中、階段を封鎖している警備隊とすれ違い「ははっ! 何人生きて帰れっかな!?」と野次を飛ばされた。
「……ひどい言い方をするもんだ。補給班がいなければ自分たちだって今の生活ができないっていうのに……」
周囲の確認をして進む中、空のリュックを背負っているだけで息切れしているおじさんが声をかけてきた。
眼鏡をかけ、かなり寂しくなった頭髪でギリギリ耐えている50代くらいの男性だ。
「私は
「えぇ、高3の歳です。僕は谷々と言います」
久しぶりに降りた地上は避難所に比べて随分と腐臭が強く、あちこちに銃殺されたゾンビの死体が転がっている。
避難所の近くや階段付近のゾンビはすぐに撃ち殺すようにしているそうなので、地上に降りてもしばらくは襲われる危険が少ないようだ。
「高3か。うちの上の娘と同い年だね。立川には最近来たのかい?」
じっとりとした気温のせいもあり、池田さんの額には脂汗が滲んでいる。
なるべく小声で話していることもあってか、ふぅふぅと少し辛そうな息遣いだ。
「そうなんですね。立川には昨日ついたところです」
「昨日!? それで翌日には補給に参加だなんて随分じゃないか。……訳アリってことかな?」
驚いた様子の池田さんが一瞬眉をひそめ、すぐに何かを察したような顔になった。
「えぇ、まぁ……」
初対面の人間に詳しい事情を話すわけにもいかず、あいまいな返事で応える。
「そうだよねぇ。高校生がわざわざ命の危険を冒してまで補給班にはいったんだ。何か事情があって当然だろう。いや、深くは聞かないよ。人にはそれぞれ事情ってものがあるからね」
うんうん、とうなづきながら進む池田さん。
何か誤解されているような気もするが、納得したのなら良しとしよう。
「かくいう私も事情があってね。あの騒動の時、なんとか家族を失わずに済んだのは良かったんだけど、妻が以前から持病を患っていてね。高額な薬代を捻出しなきゃならないし、娘2人の生活もある。まともに働けるのが私一人である以上、避難所にある普通の仕事じゃやっていけなくてね。高給かつ薬が直接手に入る可能性のある補給班に入ったわけさ」
池田さんは額に汗をかきながらもどこか嬉しそうな顔でそんなことを話す。
現状は大変なのかもしれないが、家族を支えなければという使命感が池田さんを満たしているのだろう。
「……すごいですね。世界が終わった時、池田さんのように家族を守ろうとする人がどれだけいたかわかりませんが、きっと当たり前ではなかったと思います。それだけあのパンデミックは凄惨なものでしたから」
ビルの影を確認しつつ池田さんに応える。
遠くにふらふらと歩くゾンビの姿は確認できるが、いまのところ襲われる範囲にゾンビの姿は無い。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。なにせ上の子がまだ反抗期真っ盛りでね。感謝どころかこんな状況でもなかなか口をきいてくれないんだ。見返りなんて求めているわけじゃないんだけど、せめてきちんと会話くらいしてくれると」
「おい、静かにしろ。……標的だ」
鈴木さんが照れながら話している最中、先頭を進んでいた長嶋さんから声がかかった。
どうやら進行ルート上にゾンビがいるらしい。
「……3体だ。同時にやるぞ。池田と谷々は後方で援護、藤島と後藤は俺の合図に合わせて一息にやれ」
「了解」
「は、はいぃ」
金属バットを持った長嶋さんの合図に、スラっとしたスタイルにバールを装備した藤島さんと、根元の黒くなった茶髪にアイスピックをもった後藤さんが応えた。
どうやら1人1体で確実に仕留める構えらしい。
「……よし、私たちは後ろで待機だ。あの3人はゾンビを何体か殺した経験があるし、いざとなったら銃もある。だ、大丈夫だよ」
池田さんが体勢を低くして話す。
その顔には緊迫感があり、僕に話しているというよりも自分に言い聞かせているようだった。
「3でいくぞ。頭を狙うのを忘れるな。……1、2、3!」
長嶋さんの合図で3人が一斉にゾンビへ襲い掛かる。
背後を取った長嶋さん、藤島さんの一撃は綺麗にゾンビの後頭部を砕き、声をあげさせる間もなく倒すことができた。
しかし
「ぁあ、ひぃいい! な、長嶋さああぁん!」
残る一体に襲い掛かった後藤さんがゾンビを殺し損ねた。
脳幹を狙ったナイフはゾンビの肩に深々と突き刺さってしまい、後藤さんは丸腰の状態で腰を抜かしている。
「っ!! 藤島!」
悲鳴に反応し、長嶋さんが近くにいた藤島さんへ合図を送る。
しかし、いかんせん個々のゾンビに散らばって対応したため、前線の人が援護するには距離がありすぎる。
「あぁ、やめろぉ! く、来るなあぁあ!!」
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