第61話 五十嵐記念病院11
「……以上がこの2階フロアにおけるルールとなります。あなた方の役割については追って通達いたしますので、それまではご自由にお過ごしください。ビッグマザーの加護があらんことを」
「はい。ありがとうございました」
ガチャ
ドアが閉まったことを確認し、隣の深夜に声をかける。
「さて、次は3階に行こうか。」
「うん。なんていうか……すごい人だったね」
3階に続く階段へ向かいながら深夜が問いかける。
「そうだね。まさに正しい信者の姿って感じだった」
皮肉を込めた言葉だったが、深夜は気に留めなかったようでそのまま歩いていく。
本来は隣の202号室に住む女性に挨拶しようと思っていたのだが、どこかにでかけているらしく留守だった。
それで先に201号室に来たのだが、出てきたのは死んだような笑顔の青年だったのだ。
青年は工藤涼と名乗り、枚方さんから任じられて2階の責任者をしていると語った。
どうやら規範維持や役割なんかを取りまとめているそうだ。
工藤さんは団体の幹部として相応しい話し方や表情を
正直その話し方にはドン引きだったが、ここで暮らす上で最低限必要なルールを教えてもらうことはできた。
門脇さんから教えられたトイレルールの他に、ゴミ出しや食事のルールなどもあったため細かめに確認した。
特に食事の方はここならではのルールがあった。
食事は配給制で、基本的に1日2回。
配給は礼拝の後に各階の責任者から受け取るのがルールとなっている。
つまり、礼拝に参加しないものには食事を与えないということだ。
しかも1日2食なのは2階の住人だけで、3階以上の住人は朝昼晩と3食用意されるとのこと。
あからさまな格差だが、誰もそれに異を唱えることはしないらしい。
食料や水は避難所として備蓄されていた物を枚方さんが管理しているし、避難民はいざという時ビッグマザーの力で守ってもらわなければいけない。
従わざるを得ないのだろう。
無論、僕らの場合は従わなくても収納から食料を出せば自分たちの分くらいなんとでもなるのだが、伊豆子さんとの約束がある以上簡単にその手段を取るわけにもいかない。
配給無しでもぴんぴんしている奴らがいるなんて不自然極まりないのだから。
「ここにいる間は大人しく従うしかないね」
階段を登りながら後ろの深夜に話しかける。
「うん。谷々兄ちゃんがそうしろっていうなら僕頑張るよ。ただ……」
深夜の声が暗くなり、その先の言葉が続かない。
振り返ると深夜は階段の踊り場でうつむき立ち止まっていた。
「深夜? どうしたの?」
「……2階にはおかあさんいなかったなと思ってさ。お母さん……ここにいるよね?」
2階が空振りに終わったため不安が大きくなったのだろう。
地域の避難所がここに指定されている以上、院内にお母さんがいなかった場合深夜にはもう近場でのあてが無い。
会うのが怖いという感情も残っているようだが、母親への愛は相当に大きい。
なるべく考えないようにしていても『ここに居なければもう会えないかもしれない』という不安が徐々に大きくなっているのだろう。
「それは……わからない。けど深夜はもう一度お母さんに会ってずっとすれ違いだったことや心配かけたことを謝りたいんだよね?」
「うん……」
「それなら会えなかった時のことじゃなくて会えた時のことを考えておこうよ。そんな顔のままいきなりお母さんに会ったら、お母さん心配しちゃうかもよ?」
「……会えた時のこと」
「そう。なんでも楽観的に考えろとは言わないけどさ、ダメだった時のことはダメだった時に考えるのも大事だよ」
「……うん。……そうだよね。確かにこんなんじゃまたお母さんに心配かけちゃうや」
弱気な自分に多少はケリをつけられたようだが、どうしても不安は無くならないのだろう。
その顔には影のある笑顔が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます