第57話 五十嵐記念病院7


「……やっぱわかる?」

伊豆子さんは広げていた手のひらをたたみ、ニヤッと笑う。


「そりゃわかりますよ。病院に着いて早々の人間に『ここに来てよかったかはわからない』なんて、純粋なビッグマザー信者が言うわけないじゃないですか」


「そらそうやな。良かったわ。谷々が鈍い人間や無くて」

そう言うと伊豆子さんは頬杖をやめて座りなおした。

ここからが本題ということだろう。


実際、改めて考える必要もないくらい伊豆子さん言動は批判的だった。

ここまでの会話の端々も行動も、とても信者のそれではない。


「でもな? 誤解してほしないのはウチはあくまでこのやり方に懐疑的なだけであって、ではないってとこや。実際ビッグマザーには助けてもらったわけやし、あの人のおかげでここが成り立ってるのも事実や。それを忘れるほど恩知らずではないつもりやで」

演技くさい動きで人差し指を立てた伊豆子さんが目を細めて話す。


「えぇ。完全に反ビッグマザーならむしろ僕のエゴなんて真っ先に公表するでしょうからね」

神の奇跡を暴きたいなら、似たようなことができる人間を見せてやればいいのだから。


「そういうことや。……ウチはみんなみたいにビッグマザーのやり方を妄信的に認めることはでけへんねや。こんな格好してるのも、元は殊勝にも人の命を助けたいって思いがあったからなんやで? 団結のためとはいえ自分に従わんものを罰するなんてやり方は好かん」


伊豆子さんは苦々しい顔で言葉を続ける。

実際その胸中は複雑なものだろう。


「だからな。ウチはなるべくビッグマザーと距離を取るようにしてんねん。……元々知り合いっていうのもあって、熱心な信仰を示さんでもある程度お目溢ししてもらえる立場やしな。そうやって完全な信者にならんようにしとる。……そうでないといつか自分も染まってまいそうでな」

そういって力なく笑う伊豆子さんだが、その目には覚悟めいたものがある。


「……その考え方好きですよ。こんな世界なんです。せめて自分の価値観くらいは貫きたい」

たとえその結果、価値観に殉ずるとしても。


「はんっ! 歳の割に生きるってことをようわかっとるやん! 童貞にしておくには惜しいでほんま」


誰が童貞か。



「……話をまとめると、伊豆子さんは僕にも公平な目を持ってほしい、つまりは味方になってほしいからこの話をしたわけですね?」

伊豆子さんの軽口には触れないよう話の核心に入る。


「えらい直球な言い方やなぁ。女の子にそんなんしとったらモテへんで?」

触れてもらえなかったのが嫌だったのか、ニヤニヤとした笑顔を浮かべたまま僕の質問に答えない。

寂しがりやか。


「女の子にはおしゃれな言い回しをしますよ」


「誰がおっさんや! しばくで!」

仕方ないから軽口で返したところ、テレビでよく見た漫才の手で突っ込まれた。

自覚あるんじゃないか。


「全く! ……まぁ味方ってほどはっきり立場を示してほしいわけちゃうねん。ウチのことも含め、谷々には公平な目線でみんなの事をみて欲しいんや。そうやないとこの雰囲気は加速していくばかりやからな」


伊豆子さんは一通りのお約束は終わったとばかりに真面目な話で終わらせた。

大事な話だったと思うが、テンションの振り幅が大きすぎてちょっとついていけない。

関西の人って皆こうなんだろうか……?


「……わかりました。元々しゃに構えるのは得意でしたから、染まらずに物を見るのは望むところです。それに、伊豆子さんがビッグマザーの狂信的信者じゃなくてよかったです。みんながみんな信者だったら流石にここでやっていく自信がありません」


「はんっ! ウチも谷々が話のわかるやつで助かったわ! でも注意せなあかんで。さっきも言ったけどあからさまな反ビッグマザーは神隠しの対象になってまう。あくまで最低限の信仰は示しつつ、染まらんようにするんや」


「大丈夫です。元々仏壇を拝みながらクリスマスを祝う程度の宗教観ですから」

そう言って深夜の方にも目線で確認をとった。


「さて、事前に知っとくべき話はこれで全部や。早速深夜のおかん探しにいくか? 案内するで?」

パン、と胸の前で手を打った伊豆子さんが提案してくれる。


しかし。


「いえ、まずは自分たちで病院の中を見て回りますよ。伊豆子さんもお忙しいようですし」

好意を断り、視線を伊豆子さんの後方へと送る。


「あん?」

視線に気づいた伊豆子さんが振り返ると、そこには入り口ドアの前でたたずむ枚方さんが居た。



「……お話中失礼するよ。伊豆子さん、ビッグマザーがお呼びです。急ぎ礼拝室に来てください」

仏頂面の枚方さんが淡々と話しかける。


「あー、わかりました。すぐ行きます」

呼びかけに対し伊豆子さんは一瞬だけ面倒くさそうな雰囲気をだしたが、すぐに気を取り直し椅子から立ち上がる。


「ほんならすまんけどウチは行ってくるわな」

八重歯の光る顔で笑いかけドアへと向かう伊豆子さん。


その途中、一度だけ振りかえり「深夜! オカン、見つかるとええな!」と優しく微笑んだ。



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