第55話 五十嵐記念病院5



「伊豆子さん、流石にあれは先に言っておいて欲しかったです」


ビッグマザーとのエンカウント後、僕らは伊豆子さんによって多目的ホールからほど近い402号室へと通された。

ちょうどお昼の配給時間だったこともあり、使からもらった冷たいレトルトカレーを食べつつ愚痴を漏らす。


「いや~ごめんてぇ。あんなんなんて説明したらいいかわかれへんやん。下手な説明してウチの頭がおかしい思われんのもいややし」

プラスチックの白いスプーンを持ちながら片手でごめんのポーズをとる伊豆子さん。

その顔は全く悪びれていない。


本当ならもう少し文句の一つや二つ言いたいところだが、あの後伊豆子さんが僕とビッグマザーの間に入って事情を説明してくれたおかげでつつがなく避難民として受け入れてもらえたのだ。


文句ばかり言っても仕方ないだろう。


「でもすごい空間だったよね。なんていうか……みんな熱心でさ」

スプーンでカレーを口に運びつつ、深夜が自分の中にある語彙でなんとかあの光景を表現する。


「僕もだよ。伊豆子さん、結局あれはどういうことなんですか?」

自分の分をさっさと食べ終え、空になった容器を捨てながら聞いた。


「そうやなぁ。わかりやすいように最初から話そか。ちょい長い話になるで?」


「お願いします」


「さっきこの病院で感染が広がった時、現場を仕切って事態を収めた人がいるって話はしたな? それがビッグマザーやねん」


「へぇ、あのヒキガエ……女性がそうだったんですか。すごいですね」

思わずヒキガエルと言いそうになりそれとなく修正する。


「今なんかカットインせんかった? ……まぁ、ええわ。もともとビッグマザーはこの病院の看護師でな。師長を務めとったんや。だからウチにとっては元上司やな」


「師長というと看護師のトップですか。元々有能な人だったんですね。ならその現場能力によって危機を脱したということですか」

普段から院内の看護師をまとめあげていたからこそ、いざという場面でリーダーシップが発揮されたということだろう。


「せやな。普段の仕事もそこそこに有能な人やったよ。でもな、ちゃうねん。看護師としての能力や統率力みたいなもんだけならビッグマザーより優れた人が他におったからな」

伊豆子さんの語気が強まる。


「? なら他に何か理由があるということですか?」

その若干演技がかった小芝居にノリ、続きを喋りやすいよう間をとる。


「そういうことや。これほんまやで? ビッグマザーはな……」

伊豆子さんは1段声を小さくし、口元に人差し指を当てて僕らにもっと近づくよう目で合図した。

そのやり口は完全に某怪談士のものだ。


僕は半ば覚悟しつつ、深夜はゴクッと喉を鳴らしながら伊豆子さんに近づく。


すると案の定


「なんと超能力が使えるんや!!」


突然の大声。

キーン、という甲高い音が耳の奥から聞こえる。


「もう! 真面目にやってよ!」

まともにその声を食らった深夜が耳を抑えながら怒った。


「たはは! ごめんて! でも超能力は嘘ちゃうで。ビッグマザーはほんまに超能力が使えるんや」

謝りながらも興奮した様子で伊豆子さんは続ける。


……超能力か。


「それはどんな能力なんですか?」

ケラケラと笑う伊豆子さんに真剣な表情で問いかける。


「なんや谷々。ウチが言うのもなんやけど、疑わんねやな」

逆に驚いたという表情の伊豆子さんが問い返す。


「嘘なんですか?」


「嘘ちゃうよ! ビッグマザーはな。神の力で念力ねんりきを使うことができるんや」


「念力……ですか?」

これはまた随分とザ・超能力という名前が出てきた。


「谷々兄ちゃん念力ってなに?」


「念力ってのはな。英語でサイコキネシスって言うんやが、手を使わずに物体を動かす能力のことや」

伊豆子さんが答えながら片手をスプーンにかざしてみせる。

いや、今の子には通じないよそのネタ。


「へー、なんでも動かすことができるの?」


「なんでも、や。実際うちが見たのはとんでもない光景やったで。ビッグマザーは封鎖前で混乱するエントランスのど真ん中、そこで目の前に迫ってきた感染者を吹き飛ばして病院の封鎖をやり遂げたんや! あんなん見させられたら流石に信じざるをえんて!」



「……吹き飛ばすとはとんでもないですね。でも、そんなすごい力があるなら他人の協力なんか得ず一人で皆を助けることだってできたんじゃないですか?」

確か伊豆子さんの話では騒動の際、犠牲者をたくさん出しながら病院を封鎖したという話だったが。


「それがな。ビッグマザーの能力も万能ではなかってん」


「と言いますと?」


「ビッグマザーの能力はな、その力を信じる者の数によって行使できる回数が変わるらしいねん」


「信じる者……」

つまりは信者か。


「それってどういうこと?」

話についていけない深夜が僕と伊豆子さんを見比べる。


「つまりな、ビッグマザーが本当に神のような存在で、奇跡を起こせると信じる人間が多いほど何度も力を行使できんねん。これは本人がそう言うとる」


「なるほど、発動条件のついた能力ですか」


……伊豆子さんの言うビッグマザーの超能力とは恐らくエゴのことだろう。

教頭の例がある以上、他にも大人のエゴ保持者がいたっておかしくない。


「なんやえらい物分かりがええな……? それにな、条件はそれだけやないんよ。なんと信者の多さが力の強さにまで影響するらしいんやわ!」


「すごいじゃん! じゃぁたくさんの人がビッグマザーのことを信じたらもうゾンビなんか怖くないんだ!」


「そういうこと! なんや深夜は見かけの割によぉ頭回るやないか! ご褒美にこれでおいしいもんでも食べや!」

そういって伊豆子さんは看護服の中から白い封筒を取り出し深夜に渡す。

親戚のおじさんみたいなことするなこの人。


「え! いいの!? ありがとう!」

無邪気な様子でそれを受け取る深夜。

お金をもらったところで使うところなんか無いだろうに……。


満面の笑みで封筒を開け中身を取り出す。

しかし、入っていたのはお金ではなく『お手元』と書かれた割りばしだけだった。


「ぷふっ……い、いっぱい食べるんやでぇ」

深夜の唖然とした表情に堪えきれず噴き出す伊豆子さん。

これが関西人か。


そこからしばらくはキレた深夜が伊豆子さんを追いかけまわし、どたばたとした音が部屋に響いた。

その様子はあの日以来初めて見た平和な光景で、少しだけ懐かしい思いが胸のうちに膨らんだ。


「ぜぇ、ぜぇ……す、すまんかった。やりすぎたわ……」

深夜にいいだけ叩かれた伊豆子さんが息を切らして戻ってくる。

その隣にまだ叩きたりないという様子の深夜が座った。


「あんまりからかったらだめですよ。深夜は来年中学生になる年なんですし、半分以上大人として見てあげないと」

伊豆子さんを窘めつつペットボトルの水を差しだす。


「はんっ、中坊なんてまだ毛ぇも生えとらんやろ? 大人ってのは毛が生えたり抜けたりしてなるもんや」

水を受け取り、一口含んだ伊豆子さんが深夜を一瞥しながら話す。

この人全然懲りないな。


「ん!? てかこの水何!? どっから持ってきたん!?」

ごくごくと半分以上飲んでから、今気づいたように伊豆子さんが問いかける。


「それは学校の保管庫で手に入れたものですよ。ここの物を勝手にとってきたわけじゃないから安心してください」


「あぁ、そうなんや。っていや、そういうことやなくて! 今手ぶらやったやろ?」


「えぇ、手ぶらです。でも持ち物はたくさんあるんですよ」

そういって、右手を差し出し収納から更に水のペットボトルを2本ほど取り出してみせる。


一連の動作を驚愕の顔で見守る伊豆子さん。

流石にこれは本当に驚いているようだ。


取り出したペットボトルの水をポンポンと片手で弄びつつ、伊豆子さんにならいドヤ顔で告げた。



「僕も起こせるんですよ。奇跡」



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