第53話 五十嵐記念病院3



「なんや! 弟ちゃうんかい!」

女性が僕たちの怪我を確認する際中、簡単な自己紹介と騒動が起こってからの経緯を説明した。


「そんな大事そうに抱えてるからてっきり兄弟やと思ったわ!」

女性は「はっはっはっ!」と豪快に笑いながら手際よく深夜の検査を終える。


「僕にとっては本当のお兄ちゃんみたいなものです……」

女性の言い方が気に入らなかったのか、答える深夜の顔は不機嫌そうだ。


「ほぉ~随分懐かれとるなぁ。ほんならウチのことはお姉ちゃんて呼びや!」

ワシワシと乱暴に頭を撫でられた深夜が無言で顔をそむける。

年齢的にもあまり子ども扱いされるのは嫌なのだろう。


「はんっ! 元気やなぁ! そや、ウチの自己紹介がまだやったな。ウチは放出伊豆子はなてんいずこや。放出と書いて『はなてん』な。珍しいやろ?」


「放出さんですか。確かに珍しいお名前ですね」

放出さんの豪快な笑顔にならい、僕も精一杯の微笑みで応えたが。



「伊豆子でええで! ってか君笑顔ぎこちないなぁ!」

っと精一杯の努力も虚しく僕の笑顔は一蹴されてしまった。


「……よく言われます。ところで伊豆子さん、ここは地域の避難所に指定されていると深夜から聞いたんですが」


「そうやで。ご覧の通り建物の中は安全や。他にも生き残りがぎょうさんおるからみんなのいるとこに案内するわな。深夜のおかんも居てくれたらええんやけどな」

そう言って伊豆子さんは深夜に笑いかける。

横顔から見える八重歯がとても印象的だった。


「さ、こっちやで。そんなに広い病院でもないしすぐやわ」

クルッと方向を変えた伊豆子さんが廊下を歩きだす。

続いて歩き出そうとしたが、ふいに深夜が近よってきて僕の左手を握った。


その手は少し震えている。


「谷々兄ちゃん……さっきは……ごめんなさい……」

顔はうつむいたまま、暗い声だった。


「……いいんだよ。僕のほうこそごめん。守るって約束したのに、伊豆子さんが居なかったらどうなっていたか……」


「ううん。谷々兄ちゃんはかっこよかったよ。……ほんとのヒーローみたいだった。僕も頑張らなくちゃいけないのはわかってたんだけど……怖くて……なにもできなくて……うぅ……」

その声に小さな嗚咽が混じる。

足元に水滴が一つ落ちた。


「いいんだよ。あんな状況で最初からうまくできる人間なんてそうはいないさ」


「でも……こんな僕じゃきっとお母さんもがっかりしちゃう……会えてもやっぱりいらないって言われちゃうんじゃないかな……」


……今回の失敗がだいぶ堪えたようだ。

ネガティブな考えが渦巻き、悪い方へ悪い方へと向かっている。


「深夜、よく聞くんだよ。何回転んだっていいんだ。大事なのは失敗した傷から目を背けないことだよ。失敗することよりもいけないのは『自分なんか』と言って自分で自分を責めることなんだから」

腰を落としうつむいている深夜の顔を覗き込むと、これ以上涙がこぼれないように我慢している様子がよくわかった。


「置いてくでーーー!?」

廊下の先から伊豆子さんの声が聞こえ、ハッとした深夜が僕の手を離す。


「行こう! 谷々兄ちゃん」

顔をあげる際に一度手の甲で乱暴に顔を拭い、急いで伊豆子さんの元へと向かう深夜。



「なんやぁ? 泣いとったんかぁ? 寂しいんならお姉ちゃんのおっぱい吸うとくか?」

そんな深夜を伊豆子さんはケラケラと笑いながらからかう。



「いらないよ! そんな貧乳!」

からかわれたことにぷんすかと怒りつつ、伊豆子さんを追い越しずんずん先に進んでいく。


「誰が貧乳や! ってかお前どこ行くか知らんやろ! お~い!!」



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