第9話 異世界にて6
まず、この世界には魔法が存在する。
マッチ程度の火を起こすもの、飲水を生み出すもの、はたまた竜巻のような突風を生み出すものまで存在し、知識と経験を得れば誰にでも習得が可能らしい。
魔法は人々の生活に根付き、日々の生活から害獣の駆除、戦争の道具とありとあらゆるものに使われている。
そしてその魔法を行使するために必要なエネルギーが『マナ』と呼ばれるものらしい。
マナは目に見えないものの空気中に多量に存在している。
それをこの世界の人々は自らの内にある『器』に吸収、蓄積させて使用しているようだ。
その器から適切な量のマナを取り出し、変換するという過程を経て魔法は世界に顕現する。
……魔王はこのマナをどうやってか自らのもとにかき集めることができるらしく、それによって世界中にマナ不足が起き始めている、というのが現状のようだ。
マナが不足した状態で魔法を行使すると、足りない分のマナは自らの生命力を変換して魔法に使用するため、マナ不足とは命に直結する問題だ。
そのため、この世界に生きる人々が魔王と戦おうとしても必然的にマナ不足のまま戦わなければならない。
どれだけ強い魔法を使える人間でも、その強い魔法を使うために命を捨てることになる。
敵地でガソリンのわずかな戦車を乗り回すようなものだ。
そしてそんな大魔法を使える人間など一国の中でも僅かであり、当然貴重な人材のため玉砕覚悟の特攻も難しい。
魔王側としても黙っていれば勝手に人類が滅びていくため、目立った侵略などはせずほとんど動きがないらしい。
これだけ聞けば状況的に『詰んでいる』と感じる話だが、召喚された者は魔法以外にも特別に行使できる力がある。
それが【エゴ】と呼ばれる力だ。
これはこの世界に転移してきたものが得る特殊能力で、一つ一つが個人に固有の能力であり、【エゴ】こそが勇者を勇者たらしめている力のようだ。
曰く、姿を消す、空を飛ぶ、自らや物体を瞬間的に移動させる、など魔法とは少し異なる法則のもと顕現される力らしい。
もちろんエゴも特殊な力によって顕現される能力のため、使用にはマナが必要になる。
しかし、そのマナの使用量が魔法とは大いに異なり、燃費が恐ろしく良い。
食事のカロリーで例えるなら、この世界の人間が魔法でエゴと同じことをしようとすると、そのためにカツカレーを5杯はたいらげなければいけない。
しかし、転移者はチョコ一欠片ほどの食事で同じことができる。
この差はとんでもなく大きい。
特にマナ不足が必至の魔王戦においては生命線となる力だ。
こういった事情から、この世界の各国は囲った勇者を支援するという立場のみをとり、魔王戦では直接戦場に立つことすらしないという。
ティアラの話は概ねこんな内容だった。
まるでゲームのチュートリアル的説明だったが、転移してきたという話が現実である以上信じざるを得ない。
……しかし、急に自らに特殊な力が備わっていると言われても正直ピンとこない。
そんな表情を読み取ったのか、ティアラは
「エゴの行使に必要なのは、その力を自覚することのようです。大切なのは信じること、とでも言いましょうか。……とはいえ、マナや魔法の存在しない世界から来られた皆様にはにわかに信じられないお話しでしょう。そこで――」
視線を向けられた側仕えの者が、懐からトランプの束のようなものをとりだしてティアラに渡す。
「こちらをお使いください。これはエゴサーチと言います。……この通りこのままではなんの変哲もないただのカードです」
ティアラはこちらに近づいてカードを良くみえるようにしてくれる。
……たしかに見た目はトランプほどの大きさの、裏表ともに白紙のカードだ。
「しかし、このカードを召喚された方が手にすると」
そう言いながらティアラは一番の右手を取り、その掌に重ねるようカードの束を置いた。
「……!? 文字が……浮き出てきた……」
驚いた一番が自らの手にあるカードをマジマジと見つめる。
「それがあなたのエゴの名です。そしてその文字を認識した瞬間、そのエゴがどんな能力なのか理解できたはずです」
「あ……あぁ、確かに。これが僕のエゴ……」
「……よろしければその文字を読んでいただいてもよろしいでしょうか? 残念ながらそのカードに現れるのは召喚された方々の元いた世界の文字のようで、我々には読むことができないのです」
「……僕のエゴは【
その言葉を聞いて思わず吹き出しそうになった。
正義感て。
正に一番そのままだ。
「セイギカン、でございますか。それはどのような能力なのでしょう?」
「これは……使うと一定時間全ての攻撃、状態異常によるダメージを受けなくなる能力みたいです」
「なるほど、防御系の能力ですね! 全ての攻撃を無効化できるとは素晴らしい能力です!」
ティアラは胸の前で両手を合わせ微笑んだ。
大広間に集まっていた他の衛兵や側近達もザワザワと話しているのが聞こえる。
どうやら一番のエゴは強力なものらしい。
チラッと様子を伺うと、玉座に座る王がニヤリと笑いながらモーツァルトに耳打ちしていた。
「他の方々も是非ご自身の能力をお確かめください! それと、一番様」
「はい?」
「エゴは一つ一つが固有のものですが、一人に一つとはかぎりません。過去の勇者様には2つ、最大で3つまで同時にエゴを有する方もいらっしゃいました。ですので」
「引けるだけカードを引いた方が良いということですね。
「察しが早くて助かります。カードに文字が現れるうちはその数だけ能力を所有していることになりますので」
そういうとティアラはカードの束を一番に渡した。
「わかりました。……なぁ皆、どっちみち自分の身を守るためには情報も武器も大切だ。全員自分のアビリタを確認して共有しよう」
「……そうだね。家に帰るためにも今はできることをしなくちゃ。」
「けっ、最初っからこいつみてぇにあのジジイどもが話せりゃまともに聞いてやったんだ。さっさとカード渡せ」
「えー……あたしもカード引くの? 引いてもいいけど戦うとか絶対無理だからみんなで頑張ってよ……?」
みんなそれぞれに思いはありつつも一番からカードを受け取っていく。
「ほら、谷々も受け取ってくれ」
「あぁ、わかったよ」
差し出されたカードを一枚受け取る。
カードはトランプと言うよりはアルミのような軽金属を思わせる手触りだ。
白紙のカードを見つめていると、中央から黒いシミのようなモノが煙のように広がっていき、それが段々文字を浮かび上がらせる。
そこには
【一激】
という文字が示されていた。
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