「父親だよ。だから寝たの。私、この街で生きてくわ。いつか、この保育所にもお世話になると思う。」

 鮮やかに、制服姿の少女は笑っていた。そこにはなんの悲壮感もなく、ごく当たり前のことをごく当たり前に答えているだけといった落ち着きすらあった。

 父親だから寝た。

 とんでもないセリフだ。

 それでも祐一には、彼女の進路を正そうとか、まともな職に就くよう勧めようとか、そんな考えは浮かんでこなかった。だってもう、彼女は覚悟を決めている。自分の親とでも寝る覚悟で、彼女は観音通りの街娼になるのだ。

 「……そっか。」

 辛うじて祐一がそう応じると、少女たちは顔を見合わせて少し笑った。

 「私は一回ここを出ます。それで、保育士になる。後藤先生の跡は、私が継ぐから。」

 そう言ったのは渚だった。彼女はいつもの無表情より、ずっと穏やかな顔をしていた。

 「……そう。」

 やはり祐一には、そう答えるしかなかった。

 眩しかったのだ。自分たちの意思でこの通りに留まると決めた少女たちが。

 かつての自分たちも、同じように眩しかったのだろうか。

 ふとそんなことを思っても、もちろん答えは分からない。ただ、中学を卒業し、各々の道に進んで行ったとき、多分祐一たちは誰も笑ってはいなかった。

 だから、せめて今は、と、祐一は笑った。 きっと、上手く笑えていたと思う。

 「渚ちゃんが戻って来るまで、俺も頑張って保育所つづけとかないとね。」

 うん、そうして、と、渚が華奢な体全体を使うみたいにして頷いた。

 じゃあね、と、今度こそ渚と夕佳はドアを開け、うす暗闇の観音通りへと消えて行った。

 父親。

 祐一はぼんやりと、さっきの夕佳の言葉を思い出していた。

 父親。

 驚くべきことだが、青井は正しく父親業をやってのけていたらしい。なにが正しい父親で、なにが間違った父親なのか、それすら分からない身の上だというのに。

 夕佳の言葉を伝えてやろうか、と一瞬思ったが、すぐにその考えは打ち消した。本当に伝えたいことならば、夕佳本人が青井に言うだろう。

 ぴんぽんぴんぽん、と、続けざまにインターフォンが鳴る。祐一は慌ててドアを開け、子供たちを迎え入れる。

 「こんばんは。」

 祐一の腰ほどの背丈しかない女の子は、ぺこりと礼儀正しく頭を下げた。

 その姿は祐一に、昔の渚を思い出させた。彼女にもそういう、おしゃまな礼儀正しさがあった。

 そうするとなぜだか涙腺が緩くなってきて、俺も年かな、などと思いながらこっそり目じりを指先で拭った。

 「はい、こんばんは。」

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