第34話:畏怖恐怖懇願

 優子は伊勢山田奉行とお伊勢様の上級神職を集め、お伊勢様から神託を下さないようにするというお告げを受けたと報告した。


「それはいったいどういう事なのだ、優子殿!?」


「お伊勢様は人々に軽々しく頼るなと申されているのでしょう。

 或いは、あいを襲おうとした者がいた事で、人を見捨てられたのかもしれません」


 優子は詰め寄る伊勢山田奉行に冷たく言い放った。

 役小角に釘を刺された優子は、逆らう事なく神託を放棄する事にした。


 神託に頼らなくても、体の不自由な者を助けられるだけの名声と権力を得ていたから、簡単に放棄することができた。


 それに、役小角から許可された方法も有効だと分かった。

 今までのように隠れて色々しなくてもいい。

 幕府やお伊勢様の力に頼ることなく神隠しで始末できるようになった。


「そんな、お伊勢様は人を見捨てられたのですか?!」


 だが、優子はよくてもお伊勢様の信者達には大問題だった。

 これまで間違いを正してくれていたお伊勢様に見捨てられたと言われて、平気でいられるわけがない。


 特に幕府からお伊勢様の管理と監視を命じられている、伊勢山田奉行には聞き捨てならない大問題だった。

 お伊勢様を信じる人々が、一斉に反幕府を掲げて蜂起したら目も当てられない。


「そうですね、そうとしか思えない事が起きたのです。

 あいではなく私ごときにお告げを下された事でもお伊勢様のお怒りが分かります。

 何と言っても、お伊勢様の御意思を伝えていたあいを、幕府が認めた藩主が殺そうとしたのですから、見捨てられても仕方がないでしょう」


「あれは幕府の命令ではありません!

 乱心者が勝手にやった事です」


 伊勢山田奉行ともあろう者が、17歳の小娘に敬語を使っていた。

 それほどお伊勢様の神罰を恐れていた。


 実際、人々が見ている前で馬鹿殿達が忽然と消えているのだ。

 お伊勢様の逆鱗に触れたら、自分も消し去られるかもしれない。


 いや、自分どころか上様まで消し去られてしまうかもしれないのだ。

 優子を畏れ敬語を使うのも当然だと言える。


「ですが、幕府はあの者を藩主と認めて家臣としていたではありませんか。

 密かに幕府がお伊勢様の巫女を害そうとしていたかもしれません。

 まあ、そのような事は、お伊勢様はお見通しでようから、僅かでもお伊勢様に敵意を持っていた方は、現世から消えていなくなる事でしょう」


「それは、お伊勢様に敵意を持っていた方々が神隠しに会うと申されるのか?!」


「それは、私ごときに解かる事ではありません。

 お伊勢様におたずねしたくても、もうお答え願えません。

 私達にはお伊勢様に祈りお願いするしか道がありません」


「祈りお願いすればお伊勢様に許して頂けるでしょうか?」


「さあ、それは私には分からない事です。

 下手な事を口にして、あいのように刺客を向けられるのも嫌です。

 そのような事は、お伊勢様を支配し監視しておられる、お奉行様が考えられる事ではありませんか?」


 優子に冷たく突き放されては、もう伊勢山田奉行には何も言えなかった。

 実際優子からは、馬鹿殿があいを妓楼に呼びつけたので何とかして欲しいと、使者を送って貰っていた。


 それなのに、直接自分で妓楼に行って止めもしなければ、配下の与力同心を送って止める事もしなかった。


 まさか藩士を送ってあいを殺そうとするなんて思いもしなかったのだが、そんな事を口にしても言い訳にしかならない。


 優子に言わせれば、それも幕府の策略で、馬鹿殿と評判の藩主にあいを殺させるために、何も手を打たなかった事になる。


 伊勢山田奉行の檜垣常行は、自分が神罰で神隠しに会う覚悟はしていた。

 だが、上様だけは護らなければいけないと思っていた。


「優子殿、全ては私の不徳不明が原因だ。

 幕閣の方々はもちろん、上様は無関係なのだ。

 私が愚かで、乱心者の行いを軽く考えていたのが原因なのだ。

 どうかお伊勢様にその事を伝えていただけないだろうか?」


 檜垣奉行は、1番お伊勢様の寵愛を受けているのは優子だと思っていた。 

 あいも寵愛を受けてはいるのだろうが、優子ほどではないと思っていた。


 檜垣も伊勢山田奉行を任されるほどの切れ者だ。

 全ての中心にいて、権力と富を手に入れているのが優子だと見抜いていた。

 あいが神託する内容も、全て優子に利がある事を理解していた。


「私ごときに無理無体な事を言われても困ります。

 お伊勢様が御神託を止められた事でお察しください。

 我々神職は、お伊勢様に祈り願いおすがりするしか方法がありません」


 地下家権禰宜の役目を受けている優子がそう言うと、本来上役であるはずの大宮司も祭主も禰宜達も、言葉もなく頷くだけだった。


 これまでのように、神鶏が無礼者に直接神罰を与える程度ではないのだ。

 人々が見ている前で、忽然と消えてしまうのだ。


 誰も知らないうちに神隠しに会う程度ではないのだ。

 どれほどお伊勢様がお怒りになっているのか、想像もつかない。


 もっとも、それを許可したのは役小角で、やらせたのは優子だ。

 本当にお伊勢様がやらせたわけではない。

 まあ、お伊勢様が止める事も邪魔する事もないのだが。


「上様が祈り願われたら、お伊勢様は許してくださるだろうか?」


「何度聞かれてもお答えできる事などありません。

 そもそもそれは、私のような小娘に聞くような事ではありませんわ。

 全ては式年遷宮を差配し、お伊勢様を監視しているお奉行様の責任だと」


 優子は突き放すだけでなく、恐怖を与えるように話した。


「お願いだ、頼む、この通りだ、どうか教えてくれ。

 どうすればお伊勢様のお怒りを鎮めることができる?

 その方法を教えてくれるのなら、この命にかけて実現させてみせる。

 だからどうか助言してくれ、この通りだ!」


 檜垣奉行は人目もはばからず頭を下げた。

 伊勢山田の奉行ともあろう者が、支配地の民が見ている前で頭を下げるなど、普通なら絶対にありえない事だ。


「御神託ができない、単なる権禰宜でしかない私が、お伊勢様の大御心を代弁するなど不可能ですが、神職として感じる事はお伝え出来ます」


 最初は何も言う心算のなかった優子だが、この機会を利用してもいいと考えを改め、何をどう言うべきか考えた。


「それでいい、いや、教えていただければ助かります」


「私が感じたのは、お伊勢様の望まれる世の中です。

 お伊勢様が御神託をされてまで成し遂げたかった世の中を、邪魔する者には容赦されないのだと思ったのです」


「お伊勢様の望まれる世ですか?」


「はい、これまでのお伊勢様の御神託は、全て体の不自由な者を助けるものでした。

 神隠しが行われたのも、お伊勢様が体の不自由な者を治されたあいを害そうとする者に対してです。

 お伊勢様に本気で詫びる気があるのなら、お伊勢様の望まれる世の中にする事だと思っただけです」

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