第204話 優勝はついで

 何故その時だったのかはわからない。

 これと言ってきっかけになるような会話もなかったし、俺もそんな素振りは見せていなかったはずだ。

 だがしかし、重い雰囲気の中あきらが口を開く。


「ねぇ柊喜」

「……何?」


 聞くとあきらは一瞬躊躇うような顔で周りを見渡した。

 頷き返すすず、困ったように苦笑する凛子先輩、そっぽを向く姫希、優しく切ない表情を返す唯葉先輩。

 全員の反応を見て、あきらは俺に向き直った。


「好きな人できたでしょ」

「……」


 短い言葉を聞いて、俺は驚きはしなかった。

 重い雰囲気から発せられる言葉としては特に意外性がなかったからだろうか。

 それとも先月に未来の口から同じ言葉を聞いたからだろうか。

 理由はわからないが、とりあえず彼女の言葉に、俺は大して動揺しなかった。


「そういう話は部活が終わってからな」

「部活終わったらすぐ帰るくせに」

「……」


 あきらにピシャリと言われて、返す言葉を失った。

 その通りだ。

 その手の話に付き合う気なんてさらさらないから。


「誰が好きなの?」


 聞かれて、俺は何も答えない。

 ただそばに置いてあったバスケットボールを拾い上げただけだ。


「教えてよ」

「俺は誰かを好きだなんて一言も言ってない」

「見てればわかるもん」

「それは勘違いだろ」

「そんなわけないでしょ。みんな変だって言ってる」

「変ってなんだよ……」


 これもまた、この前元カノに言われた言葉と重なる。

 そんなに最近の俺はおかしいのか?

 特に何も変わりはないと思っていたのだが。


「いつになったら教えてくれるの?」


 あくまで俺に好きな人ができたという事実は確定事項らしい。

 堂々と聞いてきたあきらに、俺は頬を掻く。

 流石にこれ以上は、無理そうだ。


「仮に俺に好きな人ができてもそれをお前らに言う必要性ってあるのか?」

「……じゃあその人に告白する気ないって事?」

「……」


 あきらの若干睨むような目つきを正面から受け止める。


「ない」

「っ! ……チームが乱れるから?」

「そうだな」


 素っ気ない返事だった。

 思ったより冷たい声が出て自分でも驚いたが、判断が間違っているとも思えない。

 俺が任されたのは女子バスケ部のコーチであり、掲げた目標は県大会優勝。

 恋愛するためにこの部に入ったわけじゃない。

 少なくとも目標を達成するまでは隠し通さなければならないのだ。


 もっとも、俺だって自分に呆れている。

 散々その手の問題でチームがギクシャクしたのを目の当たりにしながら、当事者たる俺が誰かを好きになるなんて、本当に最悪だ。

 だけど、仕方ないだろ。

 どうしようもないんだから。

 俺にできるのは口を閉ざして気持ちも漏らさない事だけだ。

 まぁこうしてあきら達に誰かを思っていることがバレた以上、既に失敗しているかもしれないが。


「柊喜くん」

「はい」


 俺に声をかけたのはキャプテンだった。

 唯葉先輩は苦笑していた。


「あんまり気にする必要はありません。仮に柊喜くんがこの部の誰かと付き合い始めても、多分みんな祝福します。勿論泣いちゃう子も出てくると思いますが、だからと言ってあなたが我慢するのは違います」

「そうですかね」

「あはは。だってそうじゃないですか? ここで柊喜くんが我慢してたら、柊喜くん自身は勿論、選ばれるはずだった女の子も不幸になります」


 いつだったか、似たような話をされたことがある。

 あれは遠征合宿でできた男友達との話だったか。

 まぁ、一理あるかもしれない。


「みんなが幸せになる恋愛なんてありません。特にうちは取り合いになっちゃってる時点で、既にそういう運命が決まっていたんです。覚悟の上での恋愛だと思いますよ」


 言われてなんとなくすずとあきらの顔を見た。

 すずは真っ直ぐに俺を見ている。

 あきらは、少し視線をずらして自分の靴紐を弄っている。

 凛子先輩の顔を見る事はできないが、どんな顔をしているんだろうか。


「じゃあこうするのはどうでしょう。わたしたちが大会で優勝したら、柊喜くんは好きな子に告白するっていう」

「えっ?」


 明るく大きな声で言った唯葉先輩に俺は声を漏らす。

 そして同時にあきらが顔を上げた。


「それめっちゃいいかも」

「は?」

「だって柊喜が告白するの渋ってるのって私達のせいでしょ? どうせ柊喜の事だからバスケが中途半端なのに恋愛なんか言ってられない――とか思ってるんじゃない?」

「……」


 図星だった。

 どこまでも幼馴染には思考がバレている。

 いや違うな。

 多分ここにいる奴らは全員、俺の思考なんて読めているんだろう。


「だから、優勝すれば問題ないよねっ」


 立ち上がって拳を握り締めるあきらの顔はやる気に満ちていた。

 隣ですずも似たような顔を見せる。

 いやいや、嘘だろこいつら。


「なんで優勝がついでみたいになってるんだ。もうちょっと誠実にバスケに向き合えよ」

「いいんじゃないかしら。それに、この子たちにとっては一番やる気に繋がるんじゃないかしら」

「俺の好きな人を公表させたい奴にコーチとして助力していかなきゃいけない俺の身にもなれよ……」

「ふふ、あははっ。やっぱこのチーム最高だよ。僕もがんばろ」


 姫希と凛子先輩も笑いながら立ち上がり、練習に戻ろうと体を動かし始めた。

 そして最後に唯葉先輩が茶目っ気たっぷりに笑う。


「告白、待ってますからね」

「え……」


 まるで自分の事が好きなんだろと言わんばかりの唯葉先輩にみんな吹き出した。

 唯葉先輩が俺に好意を抱いてないからこそできるボケだ。

 言った本人も目元に涙を浮かべながら笑う。


「じゃあ、練習しましょうか。あと二週間しかないですし、本気で優勝目指すとなれば歯なんて見せる余裕ないですからね!」


 勝手にまとめ上げられて、俺は一人ぽつんと残された。

 色々と整理が間に合わない。


「負ける気しないね」

「ん。やっと正式に付き合えるってわかったら、どんな相手もぶっ飛ばせる」


 物騒な事を言っている二名に怯える。

 頼もしいようで、心配だ。

 というか、本当にこれで良いんだろうか。


「次ディフェンス練習だよね? 柊喜君早く~」

「は、はい」


 でもまぁ、部員がやる気になってくれればそれでいいよな。

 俺はコーチだ。

 こいつらに勝ちを掴ませるためにはどんなことだってしてやろう。


「よしっ!」


 俺は自身の両頬を叩いて、気合を入れた。

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