第202話 チョコレートフェスティバル
「きょうはーばれんたいんでー♪」
「……浮かれてるな」
「あ、柊喜! 遅いよもう」
「お前が早いんだよ」
体育館に顔を出すと、ウィンドブレーカーを着込んだあきらがよくわからない鼻歌を歌いながら一人で練習していた。
それもかなりの大音量だ。
確かにバレンタインは楽しいイベントかもしれないが、まぁそれはいい。
こいつは恥ずかしくないのだろうか。
隣のコートでは女子バレー部が練習しているのに。
準備中の女子バレー部たちに凝視されていることに気付いていないのだろうか。
痛い奴である。
終礼後すぐに体育館にやってきた俺だが、あきらは既に着替えを終えて練習を始めていた。
余程気合が入っているのだろう。
素晴らしい。
ちなみに他の部員は誰もいない。
「私も手作りの生チョコ用意したから期待しておいてっ」
「あぁ。あきらが料理で失敗する方が想像しにくいし」
「いやいや、それがね? 初めのうちは結構苦戦したんだよ。姫希は『もうこれでいいじゃない』とかテキトーな事言うんだけど、やっぱ好きな人にあげる物だし、完璧にしたいじゃん? わかってないよ~」
面倒くさそうに練習に付き合っていた姫希の顔が容易に想像できる。
他人の恋愛ほどどうでもいいモノもないしな。
「で、上手くできたのか?」
「うんっ。自信作」
「楽しみだな」
そんなことを話していると、足音が背後に近づいてきた。
「しゅうき、ハッピーバレンタイン」
「おう。なんかおめでとう」
「すず全力でチョコ作ってきた。クリスマスの時より練習して上手くなったから」
「そっか」
すずはニコニコ笑いながらくっついてくる。
それを見てあきらが頬を膨らませた。
「近い」
「あきらの気のせい」
「早く着替えてきなよ」
「気が短いね」
言われてすずは部室に上がっていった。
しかし、いつも準備の遅いあいつがこんなに早く部活に来るなんて、余程チョコの話がしたかったのだろう。
可愛い奴だ。
「ニヤニヤしてる」
「してません」
「嘘だ。でも絶対私の方がおいしくできたから」
「はいはい」
今日はいつにも増して対抗心が強いね。
バレンタインは戦場というわけだ。
と、再び二人きりになってあきらが聞いてくる。
「そういえば未来ちゃんからお菓子貰った?」
「あぁ」
「……食べた?」
「美味しかったよ」
「そうなんだっ! なんか途中で一回聞かれたんだよね。お菓子作りのコツ。私だってわからないのにさ」
あいつなりにそれだけ一生懸命だったというわけか。
仲の悪かった姫希を頼り、決して話しかけやすくはなかっただろうあきらに教えを請い……やはり未来の行動力は尊敬に値するな。
そして、改めて思うがすごい奴だ。
あんなに嫌っていた姫希や、怒っていたあきらとの仲を再構築するなんて。
良くも悪くも素直な奴だったし、人の気持ちを少しは考えるようになった今の未来なら、もっと色んな奴と上手くやっていけるのだろう。
◇
「じゃあ、早速始めましょうか」
部員が全員揃って、唯葉先輩が苦笑する。
六人の手にはそれぞれ箱や袋がある。
「じゃあ義理の私から、クリスマスとちょっとアレンジでチロルチョコにしたよ。いつもお疲れ様」
「ありがとうございます」
初めにくれたのは朝野先輩だった。
彼女はあとは好きにしろと言わんばかりに、渡し終えてすぐ部活の準備に戻る。
いつもありがとうございます。
「じゃあ次も義理のわたしから。はいどうぞ!」
「……手作り?」
「なんですかその危険物を見るような目は。心配しなくてもお姉ちゃんが手伝ってくれたのでわたしはチョコを溶かした程度です」
「じゃあ安心して食べられますね。彩華さんありがとうございます」
「酷い!」
声を出す唯葉先輩に俺はすぐ『冗談です』と伝える。
そっか、唯葉先輩も俺のために作ってくれたのか。
嬉しいな……。
続いて出てきたのは余裕そうな笑みを浮かべた凛子先輩だった。
「僕からも義理チョコだよ~」
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、本命が良かった?」
「……別に」
「そこの解釈は柊喜君に任せるよ。一生懸命作ったから味わって食べてね」
この先輩、やっぱり狂ってる。
みんなが聞いている前でよくこんな事言えるな。
本当は本命のくせに。
ジト目を向けると凛子先輩はどこ吹く風で横に逸れて行った。
「はい、あたしも義理よ」
「……え、なんかめちゃくちゃ凄くないか?」
姫希から渡されたのはみんなより一回り大きい紙袋だった。
中を見るといくつか小袋や箱が入っている。
え?
もしかして作り過ぎたから全部俺に渡した?
女子に配ろうとしたけど、友達がいなくて渡す勇気が出ず、俺に渡すことで誤魔化そうとしてる……?
じっと見つめると姫希はきまり悪そうに目を逸らした。
「クリスマスにあたしだけつまんない物あげて後悔したから」
「気にしなくていいのに」
「そういう事だからッ!」
怒鳴りながら後ろに下がる姫希。
どういう感情なんだよ。
次はどっちが渡してくれるのかと残り二人を見ると、残った二人は何やら揉めていた。
「すずが最後に渡す。トリの方が記憶に残る」
「それ言われて、はいそうですかってなるわけないじゃんっ」
「じゃあじゃんけん」
「最初はグー、じゃんけん――」
渡す順番なんかで何が決まるのだろうか。
永遠にあいこを繰り返す仲の良い二人を見ながら、俺達は苦笑した。
結局あきらが勝ったらしく、すずが悲しそうな顔で出てきた。
「はい」
「ありがとう……」
大した説明もなくクリスマスの時と同じような紙袋を渡される。
じゃんけんに負けたのがショックなのかもしれない。
「はーい、最後は私だねっ。ホントに柊喜のためだけに時間かけて作ったんだから味わって食べて」
「勿論」
「……あと、自分のために作り忘れたから後でちょっとください」
「はは、なんだよそれ。別にいいけど」
と、俺は話を受けて一つ疑問に思った。
「みんなで交換とかしないのか?」
「あ」
俺の質問に誰かが声を漏らし、女子連中は顔を見合わせる。
「やば、忘れてたっ」
「なんで僕ら、こんな当たり前のこと忘れてたんだろう」
「最悪ね。本来ならみんなのチョコいっぱい食べられたのに」
「わたしもみんなのチョコ食べたかったです!」
「すずはさっきからずっと良い匂い漂ってるから、お腹空いてきてた」
変な人たちである。
あきらとすずと凛子先輩はまだ、俺に気を取られ過ぎたのかと思うが、姫希と唯葉先輩は気付くだろ。
そもそも教室で交換会してただろうに。
いや、姫希は例外か。
友達いなさそうだし。
みんなの視線が俺に集まったので、俺はため息を吐く。
「後で部室で俺が貰った奴分ける?」
提案に対し、複雑そうな顔を見合わせる部員達。
しかしすぐに苦笑しながら答えた。
「お願いします」
「わかりました」
やはり、どこか締まらないな。
と、今にも部室に行こうとする五人に俺は首を傾げる。
「どこに行ってるんだお前ら。今から練習するぞ」
「……チョコレートフェスティバルするんじゃないの?」
「なんだそれ。練習の方が大事に決まってんだろ」
「ほーんと柊喜君ってバスケ大好きだよね」
「もはや狂気だよ。なんでこんなに色んな女の子にチョコ貰って浮かれないの?」
「嬉しくないんなら返して欲しいわね」
「あれ?」
なんで俺が文句を言われているのだろうか。
いつの間にか俺が悪者みたいになっている。
部活に来て練習しようと言うのは普通なのに。
ちょっとむかついてきたぞ。
「今日の練習テキトーにやってたらチョコ分けてやらないからな」
「チョコレートフェスティバルなのに?」
「すず、さっきからお前は何を言ってるんだ」
「ってか分けるも何も私達が渡したやつじゃんっ」
「もう受け取ったから俺の物だ」
「あはは、まぁ頑張りましょう」
俺達は、その日もみっちり練習をした。
最後に全員のチョコをみんなで食べたが、どれも美味しかった。
みんなに一番はどれ?と聞かれたが、優劣なんてつけられない。
最高のバレンタインデーだった事だけは確かだ。
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